☆
8時ちょっと前に起動して支度開始。
9時ちょっとすぎにホテルを出る。
☆
創成小学校前のバス停から乗りこんで、北海学園大学まで。
ハイテクリサーチセンターへ行って、おいらの指導教官だった先生へ部屋へ行ったときに、その前の廊下で後ろから声をかけられてびっくり。
☆
それから10時過ぎから16時過ぎまで延々と話相手をしてもらう。
なんだかだんでやっぱり話しやすいというのはあるな。
いろいろと困ったことがあったときに、メイルで質問したこともあったし、自分の心理状態が不安定になったときに相談に乗ってもらったこともあったし。
あと、おいらの心の中の甘えと逃げの心理をとっぱらってくれてるような感じもあるね。
ということで、今の自分の状態とか、心理状態とかそういうことを話できる人って、そうそうはいないから、貴重な存在だと思うわ。
新しいPDAの話とか、私立大の話とか、今の教育の話とか、講座に在籍していた人の話とか、おいらの研究のその後とか、おいらの心理状態とか、おいらの父の話とかそういうことを延々とという感じ。
おまけに今回もお昼までご馳走になってしまった。
感謝。
☆
16時すぎて、指導教官から講座のボスのところへ。
うちの会社の現状を聞かれたりとか、日本の会社、教職、ベンチャーの話とか、アメリカの大学の話とか、研究者は安定を考えてはならないとか、企業の駒となることであきらめてしまうのも手ではあるとか、アメリカの大学に行かれた青色半導体レーザで有名な中村さんの話とか、関連して日本の事情とか。
もともと、アメリカの大学でマスターを取得して、世界を相手に研究を行おうと考えて指導していたお方なので、話の内容もらしいと感じたし、おいらに言い聞かせてくれたところもあったのだと思う。
あと、過程ドクターを取ること自体を怖がっちゃいけないとおっしゃられた。
確かに、企業に行こうと思ったきっかけはうちの財力と、講座にいた二人のドクターの姿を見ていたことだから、おいらには無理だと逃げと恐怖があったのは間違いないと思う。
それでも今のおいらにはドクターをとる能力と財力はなかったりするから、どうしようもないけど(苦笑)。
夕食もご馳走になり、帰る途中だからと、ホテルの前まで送ってもらう。
☆
この時点で19時頃だったから、どっかで遊んでるかなぁと思い、なるさんに電波とばすも自宅とのことで、おいらは明日の朝食買ってホテルに戻る。
ベッドに横になりながら、NHK英会話を聞いていたら、いつのまにか寝てしまっていた(苦笑)ふと目覚めたら、21時半を回っていた。
ちょっとボーっとしたところあるけど、日記れつくンで日記書き。
あとは、またNHK英会話を聞いたり、入浴したり。
☆
今回、北海学園でボスと指導教官と会って話をして思ったのが、新人フォローアップ研修で上司からも書かれていたが、ドクターに上がるのあきらめた時点で、すでに高専時代にようなチャレンジスピリットが失せて、守りに入っていたんだなぁと思った。
おいらの話からその点を見つけて、ボスがいろいろと日本の企業とか、講座の卒業生の話とかしてくれたのだと思う。
そういう意味では、心理的な原点は札幌かもしれないが、本当の自分の原点は、中学、高専時代に持っていたチャレンジスピリットなのかもしれない。
それをどうやって取り戻すか。
これが自分の現在の課題として与えてくれたのだと思ったし、ボスが指摘してくれたのだと思った。
あと、よき指導者が自分のそばにいるかどうか。
ということもおっしゃられた。
学校にいるときは、中学の時の先生、高専の現校長、おいらの指導教官、講座のボス、施設の助教授、現キャノンに勤めている某講座にいたお方とちゃんとおいらの前に存在してくれていた。
けど、どう考えても、今の会社の自分の回りには、存在していないように思う。
プロジェクトリーダーにしろ、去年おいらを指導した先輩にしろ、上司にしろ、他のプロジェクトの人にしろ。
その意味では、今の会社においらの未来を見つけるのは辛い作業かもしれない。
- 自分が昔、持っていたチャレンジスピリットを取り戻す。
- 自分の今後の人生の舵取りをどう取るか考える。
- おいらが自分の指導者と認められる人がいる職場を探す。
今回、ボスからおいらに課せられた課題だろう。
なにせ、指導者は他人には進むべき道を見つける役目と、その方向にベクトルを持たせることしかできないし、自分の道は自分で進むしかないのだから。