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夢目記


日記鯖システム管理者からのお知らせ

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2003/03/02 退職&an unlimited partnership femmelets

無職に戻った。
金縛りふうの夢のなかで本を読みつづけている。
最後のページが真っ白なのでこれはおかしいと思う。
でも読みつづけている。

ホームページをつくった。


2003/03/03 ハリー・スタック・サリヴァン Harry Stack Sullivan &「かくも単純な悦び」

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:現代精神医学の概念
Creater:ハリー・スタック・サリヴァン Harry Stack Sullivan
Subject:引用, 医学, 自殺 対人関係 夢想
Description:

(sub1)

 自殺という行為は文化を構成するものの中でも非常に不思議なものの一つである。人間以外の霊長類にも、ましてやそれ以下の動物にも、わずかなりとも自殺類似の現象はわれわれの知る限り全くない。これは正に人間だけがすることなのだ。非常に謎めかしい行為だと思う人もいるだろう。しかし、すべての自殺ではないにしても、多くの自殺は、私がさきに述べた命題の意味を理解してもらえればその意味がわかってくるはずである。──〈他人に対して示す態度は自分自身に対して示すはずの態度を忠実に反映する〉という命題である。あとはただ時間の問題である。つまり普段は外部世界に向けられている、おとしめの意味合いをもつ敵対的な態度が、いつ、その全力を挙げて〈自己〉に向うか、である。

(p35、43字)

(sub2)

 それと関係あることであるが、実際自殺は非常な憎しみの感情のたぎる中で着想され実行されることが少くない。自殺事件をどれか一つ調べられたことのある方にはわざわざ私などが言うまでもないことだ。無論、それは新聞記事からは汲みとれない。けれども自殺の発生したあとの家族状況をみられるならば、必ずや自殺がそこに悪影響を残している事実を認められて深い感銘を抱かれるであろう。自分以外の特定の人々に対して悪影響が長く尾を引くようにと計算した上で自殺がなされたかもしれないことが、大いに考えられる。これは文字通り奇蹟、教育の賜物であるところの解離が生み出した奇蹟である。そもそも、われわれの未来の可能性はいつも多数個存在しているけれども大概はいざとなるとどう転ぶかわからないのに、敢えてそれに挑むのは、われわれに生の衝動があるためである。また、われわれが予見できない事態に対して希望をもちつつ眼を向けてみつめることができるのは、〔われわれの中にある〕楽観主義の賜物である。自殺者の場合、これらの生の衝動と楽観主義とが消滅してしまうのは、解離のなせる業である。これらを消滅させるものは、いくつかの衝動の結合によってつくられた、憎悪をはらんだ構造体であり、その結果、特定の他者に打撃を加えるためには自分をほろぼすのも辞さない心境にまで行き着いてしまうのである。

(p35、606字)

(sub3)

 自殺は現在再び流行となってきた。もっとも私が流行という場合、別に何かの指数や統計、つまり人口十万当り本年度かくかくの自殺者が出た、などという数字に拠っているのではない。私の論拠は、私の生涯という実に短期間のあいだにも自殺者の数が幾度も周期的に──周期性はないかもしれぬが──急増し、ついで減少するという波動をくり返していることである。この変化は経済的要因や人口の変動、国民をさわがせた大事件などとは無関係であった。自殺を考える人の数は自殺を試みる人の数よりもはるかに多い。人間なら誰でもそのことくらいは知っていよう。自分が自殺した場合を考えてみること、自分自身の死を一つの局面とするような夢想の筋書を辿ってみることは決して稀なことではない。何度もそれを考えてみたことのある人が多いはずである。もっとも、蛇足ながら、一部の人々には自殺を思うなど到底考えられないことらしい。

(p35-36、410字)

(sub4)

 自殺をテーマとする夢想は自殺そのものを考えてみるだけでは終らない。それは更にその先まで進む。すなわち、自殺はこの夢想の過程の目標ではない。ここで夢想とは白日夢あるいは〈私的な象徴操作〉と言いかえてもよい。とにかく、目標は別のところにある。この種の夢想をきわめて率直に語ってくれた人が何人かいたが、それによると、はじめはたしかに〈人生は実に生きる値打ちのないものである〉とか、〈人生におさらばするのは実にうれしいことだ〉などと考えているのだが、いつの間にか考えはそこから離れて、自分が自殺したあと、自分以外の人々の状況がどう変るかを考えるようになってしまうとのことである。

(p36、304字)

(sub5)

 これはよく人のする夢想である。それは実にしばしば、自殺の衝動を放電させて解消してしまう働きをする。ひとりひそかに自殺を考えるのも、われわれにいわせればやはり一つの夢想に耽ることであるから、その後では自殺をやめてしまう。自殺をやめるのは、自殺の夢想も、夢想というものがすべてそうであるように、建設的な方向へ動くものであって、事件のおおよその結果や、目的を達成する見込みの大きい方法を発見するように計算をおこなうものだからである。この見方からすれば、くり返し自殺を心の中で思い浮べ、終りまで考えぬくことは、自殺という目的を達成する手段ではないことがわかる。

(p36、295字)

(sub6)

 夢想は、自殺に伴う危険、自分が失敗する確率を周到に吟味する。この吟味には全く非意図的な目的がある。自殺の幻想に浸っている当人には全く意識されないけれども、真の目的は実に自殺という行為そのものの防止である。意図されず意識もされないが、敵意をはらんだ破壊的行為の予防こそ自殺の夢想という過程の目標である。自殺の夢想は原則としておのれの破壊に終る幻想ではない。自殺の夢想の中で、ひとは自殺に伴うさまざまな結果を考察し、その挙句、いわば、自殺をしても本来の目的は果たせそうもない、という結論に達する。そこで本来の目的が〈敵意をはらみ、おとしめの意味合いをもつ態度を外在化する〉ことにあるのが明白となるだろう。この態度は、そのひとが幼小児期とくに小児期において身につけ、〈自己組織〉のもつ〈焦点をしぼる作用〉のためにこれまで温存され、他人に向って発揮されつづけてきたものである。

(p36-37、409字)

(sub7)

 ほとんど偶然の一致のようにみえるが、この種の自殺幻想を持つと、必ず、自殺への衝動を呼び起したもとの対人的な場が解消する。そうして、そのひとは、建設的な、とゆかないまでも、破壊性のはるかに少い目標に向う夢想の方に重心を移してゆく。

(p37、115字)

Publisher:みすず書房
Contributor:中井久夫 山口隆(翻訳)
Date:1976-4-30
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-622-02191-0
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:


「二次資料」

No:
subNo:
Title:自殺とその夢想
Creater:攝津正
Subject:批評, 医学, 自殺 対人関係 夢想
Description:

 破壊的な夢想には養生の効果がある。実行行為の先送り、時間稼ぎという効果が。

 時間を稼いで何をするのか。戦略を練り直すのだ。どんな自殺も小さな自爆攻撃、誰かに宛てられた届かない手紙であって、まずい戦術である。目的を達するもっと別の手段があるはずだ。つまり、対抗運動が。

 群発自殺はボイコットである。但し、最悪の戦略としてのボイコットである。群発自殺は、9.11の自爆攻撃と同じように、対抗運動の無能力の結果━━絶望の表現なのだ。真の自殺防止、テロ抑止とは、有効な対抗運動の構築、あるいはサヴァイヴァルのためのカタログの実現にほかならない。

(292字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-2-27
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source: 4-622-02191-0
Relation: http://www.haverford.edu/psych/ddavis/sullivan.html
Relation: http://www.dango.ne.jp/nofuture/judgement.html
Relation: http://www1.ocn.ne.jp/~hokutan/musou.htm
Relation:
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神医学は対人関係論である
Creater:ハリー・スタック・サリヴァン Harry Stack Sullivan
Subject:引用, 医学, 対人関係 妄想
Description:

(sub1)

 幻覚は必ずしも急性分裂病に雪崩れ込むとは限らないが、そうなることも決して少なくない。今からは、すでに短期間の急性分裂病状態が発生し、それに続いて──時にはあれよあれよという間に──私のいう「人格の類妄想症的転換」a paranoid transformation of personality が起こるとどうなるかを手短かに論じよう。このような状況においては、人格の中の以前解離した傾向性の適度の解離が維持困難になる。だがこの傾向性はなお「擬人的自己」から離れた位置に存在している。その結果、解離された状態にあったもの、「自分でないもの」not-me と何らかの関連があったものは、今や決定的に「自分でないもの」すなわち「自分ではない者たち」(他者)others として擬人存在化される。自分の持っているさまざまな人間的可能性のうちで耐えがたいものだとして解離状態で維持されていたものは、この「自分ではない者たち」のせいにされる。

(p406、440字)

(sub2)

 この変換が開始された時点の人間を見てどういう印象を受けるかというと、それはただもう、驚愕恐怖にとらえられた人間、不気味な壊滅的打撃によって夢にも思わなかった圧倒的脅威下に置かれた人間という感じである。しかし、この過程によって完全に破壊されなかった人は「悪意の権化」evil creatures という擬人存在を急いで練り上げはじめるだろう。特別の悪を擬人存在化するというこの過程が始まると、人格の類妄想症的変換も急速に進行を開始する。変換によって──ある一面から見れば──驚くほどものごとがうまくゆくようになるからだ。それはかつては自分の欠陥、非難されるべき弱点などとはっきり意識的に言語化されていたものを、あの他者たち、自分の外側にいる者たち、すなわち「敵」に転嫁する。この過程が進行するにつれて、自分の人格にあるよくない面──実際にそうであることも想像上のこともあるが──の一切から絶縁しはじめる。このような状況下に彼は「類妄想状態」a paranoid state というかなり治癒困難な状態に到達する。

(p406、486字)

(sub3)

 分裂病性の前奏曲(プレリュード)が目立たないものであれば、その後の展開はいっそう不吉であるといえそうである。この場合、類妄想状態の始まりは私のいう「”啓示”の瞬間」moments of 'illumination' と奇妙な関係にある。
 非常に幸運な場合には、この”啓示”が起こるのは、その時まで「選択的非注意」によって見えなかった現実的状況をほんとうに見た時である。こうであれば、生き方の方向づけは以前よりもよくなる。
 ところが、そういう幸運な”啓示”よりもはるかに多いのは、人格の類妄想症的変換──非難問責の(他者への)移転──の激流の中で突如”全部が見えてしまう”ことである。この過程の開始は、文字どおり、疑惑の対象だったものの正体を「看破」insight することである。それとともに驚愕恐怖が突き上げてくる。この疑惑の対象は、突然の正体看破よりも前にすでに漂っていただろう。すでにいくらかは「不気味感」の標しを持っていたかもしれない。しかし、突然の正体看破と同時にその人の住む世界は「自分でないもの」が擬人存在としてきわめて活発に動き、自分の弱点をよく吸収してくれる世界と化する。

(p407、530字)

Publisher:みすず書房
Contributor:中井久夫 宮崎隆吉 高木敬三 鑪幹八郎(翻訳)
Date:1990-3-30
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-622-04082-4
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

***
「一次資料」


No:
subNo:
Title:精神医学は対人関係論である
Creater:ハリー・スタック・サリヴァン Harry Stack Sullivan
Subject:引用, 医学, 対人関係 マッピング
Description:

(sub1)

 精神科医の行う仕事が建設的であればそれはいずれも、今日では、対人的な場の作戦(操作)の戦略のどれか一つになっているはずである。患者と患者以外の人との有効な協力関係を遮断する破断力の存在領域の地誌作成(マッピング)を行う方策も一つの戦略である。患者の意識の範囲を拡大させてこの余計な封印を解いてしまう方策もまた一つの戦略である。
 諸人民の精神医学を打ち樹てるには、複数の人間が意味のある集まり方をしている場合、つまり家族から始めて地域社会、政治団体、州組織、国家組織を経て大国を中心とする世界的ブロックに至るまでのすべてに、まったく同一の戦略を適用するべきである。すなわち、共同の福祉を追求するために集団と集団とがかかわり合いをつくろうとすることを遮断する結合破断力の介入状況の地誌作成を試みるべきであり、同時に、それぞれの集団の持つ文化、下位文化の特性とそれら文化・下位文化を若者に押しつけて建設的な方向への成長の自由度を制限する方法とを調べ上げるべきである。

(p423、442字)

(sub2)

 マイナスを背負った人間に対する精神科医の治療実践における「普遍的な力を持つ戦術(マスター・タクティックス)」は、第一に、先行きのよくない行為が繰り返し行われている具体的な場の構造を明らかにすることで、そうすれば障害のパターンもはっきりみえてくるものである。第二は、この不適切無効な生き方のうちそれほどはっきり目立たない枝葉の部分を、現在および近い将来の、問題となっていない面をくまなくさぐってできるだけ多く発見することである。そのような現在および近い将来の面とは医師‐患者関係とこの関係に対する患者の期待もふくむものである。第三に、正しくない発達の問題点を明確に定式化することである。この際、患者の持つ人間特有の諸能力をできるだけ活用してこの問題点の起源を患者の重要人物体験にもとめて探るようにする。
 留意しておくべきことがある。医者と患者が同一の歪み方をした生き方をしておれば、以上のような形態の探究は、非常に無理をしてやっとできるのが関の山ということである。医者も患者も、問題を起こしているパターンが”見え”ない。双方とも、自分たちの生きる上での困難さを、自分たちのあまり先行きのよくない対人関係に関与している別の人々がありがたくない変なところを持っているせいだとしがちになる。双方とも相手の中の自分と同じ限界を尊重しあい、お互いにどうでもいい問題や内容のない問題に努力を集中しがちになる。挙句の果てに双方ともが以前よりもさらにやる気をなくしてしまう。さもなければ前よりもいっそう強くごまかしのある人生観を持つようになってしまう。

(p423-424、670字)

(sub3)

 諸人民の精神医学をつくるには、ただしい治療──それはただしい研究でもある──のために要求されているこれらの前提条件を拡大適用しなければならない。すなわち、第一に、当の集団における比較的適切妥当な生き方とは、どのような緊張とエネルギー変換を特徴としているのか、その具体的な主要パターンをあらかじめ発見しておくことである。これを背景として初めて例外、つまりその人々の中に起こる精神障害、が見えてくる。むやみに精神障害だけを調べても道に迷うだけであろう。第二に、これと同時に、われわれ自身の個人発達的背景に由来するさまざまの限界の及ぼす影響を補正する腕をみがいてゆくことである。それは第三の戦術を実施可能とするためである。第三には、われわれの対象とする人たちの対人的なかかわり合いの輪を拡げようとする指向性に具体的に逆らう因子が何であるかがよく見えてくることである。そうなれば、われわれが対象とする人々は、その人たちと比較的疎遠であった集団の代表者たちをも仲間に入れるようになるであろう。その先行試行(パイロット・テスト)はわれわれが自分自身とうまくかかわりあいをつくってみることである。さて第四はこのようにして集団と集団との間の生き方がどういうものでありうるかを予見しつつ現実の問題点がどこにあるかを探し出すことである。集団間の生き方は、その源をさぐれば、われわれが対象としている人たちがどのような人生教育を受けてきたかというところまで辿ることができるはずである。

(p424-425、661字)

Publisher:みすず書房
Contributor:中井久夫 宮崎隆吉 高木敬三 鑪幹八郎(翻訳)
Date:1990-3-30
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-622-04082-4
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:同性愛と生存の美学
Creater:ミシェル・フーコー Michel Foucault
Subject:引用, 哲学, 自殺 美学 生活様式 匿名性
Description:

(sub1)

 少し自殺の味方になって話してみよう。自殺の味方になって話すとはいっても、多くの人々があまたの立派なことを言いすぎるほど言った自殺の権利についてではなく、現実に人々が自殺に対する際の狭量さに対抗してであり、人々が自殺に強要する諸々の屈辱、偽瞞、いかがわしい行動に対抗してである。すなわち、こっそりと何箱もの錠剤を集めたり、昔の頑丈な剃刀を見つけたり、武器販売業者のウィンドーを覗き込み、できるだけ何くわぬ顔をして店に入ったりしなければならないということである。私は、むしろ迷惑である慇懃な配慮ではなく、厳粛で有能な気遣いを受ける権利があると思うのだが。ひとがそれぞれの武器の長所、およびその効果について話すことができるようにすべきであり、店員は経験が豊富で、微笑みを浮かべ、勇気づけはするがあまり多弁すぎないほうが望ましいだろう。店員は、実行する意志はあるが、他人に銃口を向けることを考えたことがなかったために勝手が分からぬ人間を相手にしているのだと、しかと理解して欲しい。店員の熱心さが、諸君のあり方に一層適した手段を勧めるのを妨げなければよいと思う。こうした商売とやりとりの方が、死骸を前にしての葬儀社の社員とのおしゃべりよりは千倍もましなのである。

(p184-185、527字)

(sub2)

 死に方を教えると約束する知恵、またいかに死を想うべきかを語る哲学は、私を少しいらいらさせる。われわれに「その支度」を教えると主張するものは、私を無関心なままにする。死は、ひとつひとつ準備し、整え、作り出されなければならないものであり、それは生の最も微小な一秒間だけ私のみのために存在する、観る者のない作品とするために、最もよい要素を見つけ、想像し、選択し、忠告を求め、加工しなければならないものである。私はよく知っているが、生きている者たちは自殺をめぐって惨めな痕跡、孤独、不器用さ、応えのない訴えしか見ない。彼らは、自殺についてしていけない唯一の問いだというのに、「なぜ」という問いを問わずにはいられない。

(p186-187、323字)

(sub3)

 「なぜだって? 単に、私が望んだからだ」。自殺が意欲を失わせる痕跡を残すというのは、事実である。しかし、それは誰のせいだというのだろうか? 自分の台所で首を吊って、真っ青な舌を出すのが、それほど面白いとお考えだろうか? あるいは、浴室に籠もってガス栓を開くことが? あるいは、犬が嗅ぎにくるであろう脳の小さな端切れを歩道に残すことが? 私は、自殺の螺旋運動を信じている。私は、自殺の候補者が強いられているすべての狭量な態度に(しかもここでは、警察、消防車、女管理人、解剖等々の手にわたる自殺者自身のことを話しているのではない)落胆して、かくも多くの人々が自殺を考え続けるよりも命を絶つ方を好むのだと確信している。

(p187、325字)

(sub4)

 博愛主義者たちへ忠告がある。本当に自殺の件数が減ることをお望みならば、十分に反省された、平静な、不確実さから解放された意志をもって命を絶つ者しか出ないようにしたまえ。自殺を損ない、惨めな出来事にしてしまう恐れのある不幸な人々に自殺を任せていてはいけないのだ。いずれにせよ、不幸な者のほうが、幸福な者よりも遥かにたくさん存在するのだから。

(p187-188、178字)

(sub5)

 ひとがこういうのは、私には常に奇妙に思われた。すなわち、生と虚無の間にあって、死そのものは要するに何でもないのだから、死を恐れるにはあたらないと。しかしそのわずかなものは、賭けられるべきものではないだろうか? 何事かにすべきもの、しかも善き何ごとかにすべきものではないだろうか?

(p188、140字)

(sub6)

 多分われわれは、かなりの数の悦びを逸してきたのだろう。つまらない悦びも味わってきた。不注意から、怠惰から、想像力のなさから、また熱心さの不足から手に入れられなかった悦びもあった。まったく単調な悦びもあまたあった。ところが、運よくこの絶対的に特異な瞬間を意のままに持つことができるのである。あらゆる瞬間のうちで、これは最も顧慮に値する瞬間である。心配したり安心したりするためだというのではない。そうではなく、その瞬間の辛抱強く、絶え間ない、そして悲劇的でもない支度が生涯を照らすであろう途方もない悦びに、その瞬間をするためである。祝祭としての自殺、大饗宴(オルジー)としての自殺は定式でしかなく、より巧みでより反省された自殺の形式が存在するのだ。

(p188-189、344字)

(sub7)

 アメリカの都市の通りで「葬儀屋」を見るとき、死は一切の想像の努力を摘み取ってしまうとでも言いたげな、ぞっとする凡庸さに悲しまされるばかりでなく、私はそれが死体と、まだ生きていることを喜ぶ家族のためにだけ役立っていることを残念に思う。あまり資力のない者たち、あるいは長すぎた反省に倦み、出来合いの方策に身を任せる気になっている者たちのために、日本人が性のために設け、「ラブ・ホテル」と呼んでいるような幻想的な迷宮がなぜ存在しないのだろうか? もっとも、日本人の方がわれわれよりも自殺に通じているというのは事実だが。

(p189、257字)

(sub8)

 諸君に東京にシャンティイー〔パリ北方にある美しい城館〕に行く機会があれば、私の言いたいことが分かるだろう。そこでは、ありうべき最も不条理なインテリアに囲まれ、名前のない相手とともに一切の身分(アイデンティティ)から自由になって死ぬ機会を求めて入るような、地理も日付もない場所の可能性が予感されるのだ。そこでひとは、何秒、何週間、あるいは何か月におよぶかもしれない不確定の時間を過ごすだろう。逸することができないと直ちに分かるであろう機会が、絶対的な自明さをもって現れるまで。その機会は、絶対的に単純な悦びという、形なき形を持っているだろう。

(p189-190、271字)

Publisher:哲学書房
Contributor:増田一夫(翻訳)
Date:1987-5-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-88679-012-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


「二次資料」

No:
subNo:
Title:絶対的に単純な悦びを増殖させなければならない
Creater:攝津正
Subject:批評, 哲学, 自殺 生活様式 アイデンティティ
Description:

 ギベールの小説に露骨にフーコーを思わせる哲学者が登場し、自殺者のための幻想的なラブホテルを語る。しかしそこで人は死ぬのではない。死んだということにして、名前や身元━━アイデンティティのない存在として裏口からそっと出てくるのだ。スーツケースひとつを持って。

 フーコーのエッセイとギベールの小説の一節を読み併せるとき、重要なのは実際に死ぬことではなく、絶対的に単純な悦び━━形なき形を増殖させる技術と通路を発明することにあるのが分かる。「懸命にゲイにならなければならない」のと同じように「絶対的に単純な悦びを増殖させなければならない」。新たな倫理的格率━━悦ばしい報せが脳に、身体に刻み込まれる。

(301字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-2-27
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:4-88679-012-7
Relation: http://www.arsvi.com/0p/sd-sc.htm
Relation: http://www.fine.lett.hiroshima-u.ac.jp/ethica/1gotto.html
Relation: http://w_passage.tripod.co.jp/kaleido/kaleido16.htm
Relation: http://www.criticalspace.org/special/asada/techo03.html
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 「精神−神経症的な病気の不在はおそらく健康といえるのだろうが、それは生きているということではないということ、このことを公然と認めることが、われわれにとって何にもまして重要なことである」。
 医師としての役割をはたすなかから必然的に精神分析家となった小児科医ウィニコットは、こういう言葉ですべての精神科医に呼びかける。われわれは何をなすべきか? 「精神−神経症」をなくすことだろうか? そうした症状を消すことだろうか? 精神安定剤の製造元は「広告」用に巨大な消しゴム(13センチ×7センチ×1センチ)をつくり、それを持って訪れる派遣員はこう言う――「あなたの患者さんの不安を消すために」……。
 彼は訪問先を間違えたのだ。私は症状を消すための精神科医でもなければ、患者を復帰させたり回復させたり再社会化するための精神科医でもない。

(p281-282、388字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 「生きるということは本当はどのように成り立っているのだろうか?」精神病患者、神経症患者、不安に苛まされる人、あるいは単に人間である人、そういった人たちが私に投げかける根本的問題はこのことにほかならない。
 今朝――べつに普通の朝となんらかわりのない朝だが――、そういった人たちのなかの4人が、口をそろえて私にこういった。「私は死ぬ理由よりもたくさんの生きる理由をもっていない」。
 世間では「狂人」とされる彼ら、「障害をもった大人」、「欠陥人間」とされ、病院に収容されている彼らは、少なくともそう口にすることができる。私は医者であるが、このセリフを心のなかで言い返してみる。すると私はリラックスすることができる。少なくとも「彼ら」は、生きているための理由よりもたくさんの死ぬ理由をもっていない(まだ?)のだ……。
 彼らの話を聞いていると、ならず者や暴力など、社会学者が「社会現象」と名づけているもののことが、よりよく分かるような気がする……彼らは他者の生がなんの価値ももっていない人びとなのだ。なぜそうなのかというと、彼らの生そのものが彼らの目から見てなんの価値ももっていないからだ。彼らは、彼らの行為によって、「生きるということは本当はどのように成り立っているのだろうか?」という発問をわれわれに投げかけているのだ。彼らもまた、「生きる理由」ではなくて、生が生きるに値するという気持ちそのものを失っているのである。

(p282-283、646字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 こうした「社会問題」の解決をたとえしかるべき国家の後ろ楯を得た社会−心理学的な「決定権保有者」あるいは「研究者」に託してはいても、われわれはみなこのことを知っている。しかし、知ってはいても、それは些細な事柄でしかないことになってしまうのだ。それは目にみえないほど小さく、ほとんど言葉にもならない問題、そしてわれわれの生きる消費社会の耳には奇妙な音としてしか感受されない問題になってしまうのだ……《生が生きるに値するものであるという気持ちを個人に与える「もの」》、ジャン・ウリならこれを《欲望》というだろう。
 国の社会保障金庫や厚生省あるいは「常識」といったものによってまだ耳を塞がれていない精神科医たちがいて、彼らがこの問題をみずからの問いとしている。哲学者たちについていうなら、1995年まではまだこのことに関心をもつ人が少しは残っていたが、それもいまはない。彼らはどういう立場をとるべきかという課題と紛争が多すぎて、ひとつの大義に熱中するわけにはいかなくなったのだ。

(p283-284、465字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 かくして、私もその一員である「マージナルな」精神科医たちには選択の余地がなくなったのである。私にはこの問題にかかわる最近の法令が理解できない。精神科医の仕事が患者を「再社会化」することであるとか、不安を苦悩を「もう一度組み込む」ための闘いに帰着させることであるなどということが、私には理解できない……何のなかに「もう一度組み込む」というのだろうか? 「労働生活のなかに」と当局はいうだろう。しかし、失業とこれは別問題である。彼らは狂人であるからといって阿呆であるわけではない。彼らは、それが枢要な問題であるとわれわれが知りながら聞かないでおこうとする問題に執着しているだけのことである。《生が生きるに値するものであるという気持ちを個人に与える「もの」》とは何かという問題である……この《生が生きるに値するものであるという気持ちを個人に与える「もの」》が何から成り立っているかということ、それは私には分からない。この「もの」を多分私は私のなかにもっているだろう。しかし、この気持ちを与えるこの「もの」が不明確になる時がよくある。すると、感覚が衰弱して、私は地下鉄のなかで呆然自失してしまったりする……彼らは私の前にいる。そして彼らのこの「生は何から成り立っているかという問い」に耳をかたむけるかぎりにおいてしか私は精神科医ではない。「私は死ぬ理由よりもたくさんの生きる理由をもっていない」という発話を聞くことができるということ、これが精神科医の特殊性にほかならないのである。
 そして、《生が生きるに値するものであるという気持ちを個人に与える「もの」》を名づけたり他者のなかに投影したりすることができない私にとって、精神科医の仕事とは、われわれが仲間うちの言葉で《転移》と呼ぶものを確立することにほかならない。つまり、転移がとりあえず――必要な時間だけ――生が生きるに値するものである気持ちを与える「もの」の場所を占めることになるのである。

(p284-285、875字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 狂人、失業者、外国人、あらゆる種類の社会的に排除された者たち、そこをつらぬいているのは同一の問題である。それは私の問題であり、あなたの問題でもある。目下のところ、精神科医は患者を社会復帰させるのが「当たり前」とされている。しかしそれは精神科医にとってこの問いをなるべく押し黙らせることでしかない。そして私はこの問いにほんのささやかな診察のなかでも突き当たってしまい、それに対して返答をすることができない。しかし、私にとってだけでなく、彼らにとっても、それでいいのかもしれない。なぜなら、彼らが私に話しつづけるのは、彼らの問いが私を問題に付しているからである。返答がないからである。答えはあるか、ないかのいずれかなのだ。私がこの仕事をしつづけるのは、私が答えることができないということが彼らの助けになるかもしれないと私が信じているからである。そしてまた、彼らの問いがつねに私を問題に付すからである。
 そうすると、危機の核心はどこにあるかというと、疑いもなくこの問いを排除するところにあるだろう。単に「病気」の人に対してだけでなくて、一世代全体に対してもこの問いを排除すること、そして一人ひとりの人間のもっとも奥深い部分からこの問いを排除することが危機を招いている、ということである。 しかし、この問題がすべての個人の問題であることはたしかだとして、この問いをもちこたえられない人びとがいる。それを説明するのに、フロイトの「クリスタル理論」が役に立つ……クリスタルは弱い線にそって壊れるのだが、しかしその線はクリスタルの構造を支える線でもある、というのだ。ところが、興奮状態、攻撃性、人格喪失、錯乱等々――われわれ精神科医がわれわれのポケットのなかに入れて上からハンカチで覆ってしまった(私が彼らの話に耳をかたむけているときだけは別だが)この問いに、こういった決めつけで答えることができると信じ込まれている。そしてそのとき用いられるハンカチは、ユーゴスラヴィア、ルアンダ、ラテンアメリカ、パレスチナから、人種差別、ドグマティズム、原理主義、そして「情けないフランス」にいたるまで、世界の出来事に涙するときに使うのと同じハンカチなのである……。

(p285-286、979字) 

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
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Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
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Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 この問いから私は逃れることはできない。それは私に特別の勇気があるからではない。そうではなくて、「彼ら」がこの問いを私に忘れさせてくれないからである。35歳のBは、15年の入院生活ののち「治癒」し、もはや錯乱もせず、入院させられることもなく、自分のアパートをもつようになった。しかし、彼はこう言うのだ。「私の生活は、光明もなければ、出口もなく、陰鬱なものだ……以前だったら、何か光のようなものが私にあたっていると感じていたのだが……いまは、まるでその光が消えてしまったかのようだ。」……大学教授なら、彼は自分の錯乱の喪の作業をしているのだ、と言うことだろう……「私が錯乱するのをやめてからというもの、その光はもう存在しない。しかし、私の調子は悪くはない。私はひとりの人物であるという感じをもはやもっていないのだが、ただ私はずっと私であるという感じをもってはいる」……いい仕上がり、ということなのだろうか? 私はするべきことをするにはした。そして、それは実際、簡単ではないうえに、制度を吟味しながらしか遂行できない精神療法の、3年がかりの――10日ではない――仕事の成果ではあった。しかし、いま、私は、またしてもあの壁にぶちあたっている。つまり、生が生きるに値するものであるという、あの愚直な気持ちを、どのようにして彼に取り戻させることができるか、ということである。退院し、社会復帰し、正常化してすぐ、Bは自殺を試みた。「自分がくすんでいるように感じる」……錯乱なき生が生の意味を失わせたのだ。しかし、彼が錯乱したのは生が意味をもっていなかったからにほかならないのだ。結局、私の仕事は、彼がまだ言い表すことができないでいるあの問い、すなわち「何が人を生きさせるのか」という問いに、彼をみちびくことだったのだ。Bは、私が彼に神についてばかりか無神論についても語らないことをよく心得ている。Bはまた、この問いが私のなかに存在することをよく知ってもいる。もちろん、なんらかの宗教セクトか政治党派――この2つはしばしば同じものである――に入れば、彼の苦悩はやわらぐだろう。去勢不安からの逃避、と精神分析家なら言うだろう。

(p287-288、965字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
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Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
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Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 Bは10年にわたってあらゆる種類の入院(デイケア、ナイトケア、24時間ケア)、強制収容の経験をもつが、そのもとにあるのは、さまざまな侵害行為、「犯罪」、アルコール、麻薬、失踪、病理的幻覚(超越体験を得ようとしての)、警察署の破壊、正真正銘の放火をふくむさまざまな襲撃行為、といったものである。いわば「発作のセンター」のようなものである。10年にわたる錯乱ののち、Bは「廃人」になったように思われた。少なくとも10日で彼を奪還できたわけではない。しかし、彼は良くなってはいる。そして、彼は私に――彼自身はそうと知らずにだが――根源的な問いを「提出してくれて」いる。もう少しで、Bは私に、何を大義として私が彼を「治療した」のかとたずねるだろう……このくすんだ気持ちに達するために? 「たしかに私は脱出したが、それで、どうなったというの?」という希望のない状態に達するために?

(p288、412字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
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Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
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Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 ウィニコットは、ある遺稿のなかで、ひとりの若い女性の分裂病患者が――彼によると、この女性は自殺したのだが――彼に次のように繰り返し言っていたという話を語っている。「私があなたにお願いしたいことはひとつだけ、私が偽りの理由ではなくて本当の理由で自殺するために私に手をかしてほしいということです」……「私にはそれができなかった」、「そして彼女はつにやむをえず自殺した」と、ウィニコットは言っている。自殺するための「本当の理由」とは何か? 生きるための「本当の理由」とは何か?

(p288-289、253字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
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Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
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Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 さて、ならず者、暴力をふるう者、アルキ〔アルジェリア独立戦争時にフランス軍に組み入れられて戦ったアルジェリア人。その後、二重の差別の対象となる〕の二世たち、亡命者の二世たち、この世の生きにくさを告白する勇気をまだもっている人びと、都市郊外の腕白者たち――彼らにとって失業問題はわれわれが彼らの無秩序ぶりを説明するための「理由」でしかなく、それ自体の無秩序の原因であるわけではない――、もはや話すこともできずに絶望を「行動する」だけの人びと、いったい誰が彼らのために話すことができるのだろうか?
 テクノロジー機械によって軽蔑されたわれわれの世代の精神科医の中には、われわれに患者の「社会復帰」しかもとめない官許の思想から距離をとり、われわれの仕事の核心は、苦悩を病んでいるがゆえにわれわれに言葉を差し向ける人たち――フェルナンド・カモンが「人間病」と呼んだ人びと――によって絶えず繰り返されるこの問いのなかにこそあると深く確信している者がいる。日々、身体を通して苦悩を生きる者たち、風景をかたちづくる線が突然ねじれて、空虚になった頭のなかで、無表情な木の人形のように映じるまわりの人びと――友人、家族、看護人、医師といった――に囲まれて苦悩を生きる人たち、彼らは多分飾り気を落とした人間、というよりも深く人間的な人間であり、われわれ自身がもつ孤独を生きる困難、愛するがゆえの苦悩、愛せないがゆえの苦悩、何かに対する服従による自己解体、何かに対するちっぽけな抵抗、といったものを生きることの困難の最前線にいる人たちかもしれないのである。

(p289-290、711字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:精神の管理社会をどう超えるか?
Creater:フェリックス・ガタリ ジャン・ウリ フランソワ・トスケル 高江洲義英 菅原道哉 ダニエル・ルロ
Subject:引用, 精神医学, 政治 生
Description:

 さて、それで、精神医学の特殊性とは何か? もはやいうまでもあるまい。精神医学の特殊性とは、その非−特殊性そのものなのだ。私は「心的現象主義者(psychiste)」だ、とF.トスケルは言っていた。しかしながら、「心的現象主義者」たらんとする者にはひとつの責務がある。すなわち、私が繰り返し述べてきたこの問題から決して逃げないことである。
 それは容易なことではない。それはまず自己自身についての作業を要求される――ジャン・ウリが言うように、それはわれわれの偏見、良識、「自明に思われること」を廃棄することである。つねに開かれていること。病者を治療する前に、われわれはわれわれ自身を「治療」しなければならない。治療チーム全体を治療しなければならない。われわれ一人ひとりが防衛線を張りすぎて、われわれのなすべきことから遠ざからないためにである。
 これがわれわれがみずからを養成するということであろう。

ダニエル・ルロ (Danielle Roulot)

   1995年5月、ラボルド

(p290、472字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭 三脇康生 村澤真保呂(翻訳者・解説) 市川信也(写真)
Date:2000-4-7
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-87984-211-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:<ネット集団自殺>複数のサイトで自殺公募 埼玉・入間市の男性
Creater:高島博之(毎日新聞)
Subject:引用, 社会, 自殺 インターネット
Description:

 埼玉県入間市の男女3人による集団自殺で、自殺を呼び掛けたとみられる同市の無職男性(26)が、自殺志望者らが集まる複数のインターネットのホームページ(HP)で一緒に自殺する人を募っていたことが12日、狭山署の調べで分かった。1月中旬に東京都内で志望者が集まった際には、自殺した3人と遺体を発見した栃木県の高校生の少女(17)以外にも集まっていたという。同署は、3人の遺族にネットへの書き込みに使ったパソコンの任意提出を求め、動機などを調べる。

 調べでは、自殺した川崎市の無職女性(24)、千葉県船橋市の無職女性(24)、少女は男性のHP上の書き込みを読み、その後男性とメールのやり取りなどをしていたという。少女によると、1月中旬に東京・渋谷駅の近くの喫茶店やカラオケ店に集まった際には、自殺した3人と少女以外に、1、2人が相談に参加していたらしい。川崎市の女性は病気を苦にし、家族に「自殺したい」などと話し、2日に家出したという。船橋市の女性は都内の会社に勤めていたが、退職後、家族に「死にたい」と漏らしていたという。

Publisher:毎日新聞
Contributor:高島博之(記者)
Date:2003-2-12
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation: http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030212-00001051-mai-soci
Identifier:
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:テント生活の女高生ら、ホームレス殺害容疑で逮捕
Creater:読売新聞
Subject:引用, 社会, 野宿者

Description:

 11日午前10時15分ごろ、水戸市中央の桜川に男性の死体が浮いているのが見つかり、水戸署は同日夜、水戸市内の私立高校3年女子生徒(18)と、いずれもホームレスで住所不定、無職の平野直也(32)、弟の英雄(30)、中野芳弘(21)の計4容疑者を殺人の疑いで緊急逮捕した。

 女子生徒は高校に籍を置いているが、昨年暮れから約2か月登校しておらず、平野直也、中野容疑者と共に、桜川にかかる橋の下のテントで生活していた。女子生徒は中野容疑者と交際しており、直也容疑者のテントに住みつくようになったという。

 調べによると、4人は10日午後11時半ごろ、桜川にかかる美都里橋下の河川敷で、ホームレスの住所不定、無職海老根治さん(34)の頭をけるなどし、殺害した疑い。4人は犯行後、海老根さんを川に投げ込んだことを認めている。

 10日夜、別の場所に住む平野英雄容疑者が遊びに来てテント近くで一緒に酒を飲んでいるうち、英雄容疑者と海老根さんが口論となり、4人で海老根さんに暴行を加えたらしい。

 11日午前、殺害現場から約100メートル下流の桜川に浮かんでいる海老根さんの遺体を、河川敷で清掃活動中の男性公務員(33)らが見つけ、近くの交番に通報した。

 現場はJR水戸駅から南西に約500メートルの地点。休日や朝夕には両側の土手を散歩する人が絶えない憩いの場となっている。

Publisher:読売新聞
Contributor:
Date:2003-2-12
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation: http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030211-00000314-yom-soci
Identifier:
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

「二次資料」

No:
subNo:
Title:野宿か死か
Creater:攝津正
Subject:批評(時評), 社会, 自殺 インターネット 野宿者
Description:

 ネットで知り合い心中した三人がいずれも「無職」だったこと、そしてそのうち二人は職が見つからないのを苦にしていたことは、ある呪いの力が社会総体に波及しつつあることの指標ではないか。今後、十代であろうと二十代であろうと、「野宿か死か」という究極の選択を迫られるときがくるのかもしれない。建築労働を経験した高齢の男性を中心にしてきた野宿者の年齢・性別の構成比が今後変わってくるかもしれないし、不審で異様な死の報せをきくのが日常茶飯になるかもしれない。

 暗鬱な報せが次々に舞い込んでくるなか、何に備え、何をどのように用意しておけばいいのだろう。自ら働く場をつくる技術を学んでおくことか、それともむしろ、野宿生活を快適に送るマニュアルの習得か。「こころの散歩道」の管理人はいっている。「あなたも一人ではないし、あなたも愛されているのですから。」しかし、人は愛のみによって生きるのではない。技術、および生を生きるに値するものにするいわく言い難い何かによって生きるのだ。

(433字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-2-12
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source: http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030212-00001051-mai-soci
Relation: http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030211-00000314-yom-socis
Relation: http://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/news/jisatu/netsinjyu.html
Relation: http://deadline.no-ip.com/
Relation: http://www.jca.ax.apc.org/nojukusha/nojiren/
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:名古屋刑務所乙丸容疑者逮捕 内部告発が端緒 昨年末 法務当局、調査怠る
Creater:東京新聞
Subject:引用, 社会, 監獄 人権 内部告発
Description:

 名古屋刑務所(愛媛県三好町)で一昨年十二月、男性受刑者=当時(四三)=に暴行を加えて死亡させたとして特別公務員陵虐致死容疑で副看守長乙丸幹夫容疑者(四六)が名古屋地検特捜部に逮捕された事件で、暴行の事実を訴える内部告発が昨年末、刑務所内から法務当局にあったことが十二日、分かった。
 死亡当時は異常な内容の報告が法務省に伝わっていながら同省は調査していなかった。特捜部はこの告発などを端緒に捜査を進めていた。
 調べでは、乙丸容疑者は一昨年十二月十四日、消防用ホースを使って受刑者の肛門(こうもん)部に加圧した水を放つ暴行を加え、翌十五日に直腸裂開などによる細菌性ショックで死亡させた疑い。
 関係者によると、告発は昨年十一月に刑務官五人が逮捕された後、法務省が結成した特別調査チームに行われた。同刑務所内部から乙丸容疑者の暴行について匿名の告発があり、消防用ホースを使った手口などの情報が寄せられたという。
 法務省矯正局によると、受刑者の死亡直後の報告は「心不全で死亡」だったが、約一カ月後の二〇〇二年一月十六日の報告では「本人が肛門から指を入れたことによる直腸裂傷での汎発性(はんぱつせい)腹膜炎」という内容が加わった。二度にわたって虚偽の報告が行われたことになるが、その異常な内容の報告にも同省は「事件性なし」とみて当時は刑務所への問い合わせもしなかった。
 乙丸容疑者は保護房内で放水したことは認めているが「受刑者には向けていない」などと容疑を否認しているもようだ。事件現場には容疑者以外にも刑務官数人がいたとされ、特捜部では慎重に捜査を進めている。

(728字)

Publisher:東京新聞
Contributor:
Date:2003-2-13
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:(未詳)
Creater:原昌平(大阪読売新聞)
Subject:引用, 社会, 精神病院 人権 動物
Description:

 「ポチ」と呼ばれていた男性(59)に会った。様々な人権侵害が明るみに出た大阪府箕面市の精神病院「箕面ヶ丘病院」に入院していた患者だ。大勢が出入りするデイルームの一角に、ひもでつながれたまま寝起きし、用を足すのもポータブル便器。そんな違法拘束を10年近く受け、昨年8月に府の抜き打ち調査で問題が発覚、ようやく転院した。同病院は患者全員の転退院が終わり、1日、保険医療機関の指定取り消し処分を受けたが、奪われた歳月と人間の尊厳には何の償いもない。(科学部 原昌平)
◆半径2メートルの生活
 窓の鉄さくから腰に延びた二メートルほどの白い布ひも。その届く範囲が男性の動ける空間のすべてだった。リノリウムの床に畳一枚と布団が敷かれ、食事は便器のふたの上で食べた。ひもが外されるのは、たまの入浴と行政の立ち入り調査の時ぐらい。それでも温和な男性に、他の患者は「ポチ、元気か」と冗談半分で声をかけた。
 入院は二十数年前。精神分裂病との診断だった。法的には退院も外出も自由な任意入院なのに、「乾電池や鉛筆など目についた物を口に入れる」という理由でつながれていた。両腕が動かせない拘束衣を着せられた時期もあったという。
 拘束には、精神保健指定医の診察とカルテ記載が法律上欠かせないが、何の記録も残っていない。だから違法拘束の期間も正確にはつかめないが、関係者によると、10年前に異物を飲んで開腹手術を受けたあとは続いていたという。

(652字)

Publisher:大阪読売新聞(夕刊)
Contributor:
Date:2002-2-4
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 資料2003年12月3日衆議院厚生法務連合審査会長野英子参考人意見
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:


「二次資料」

No:
subNo:
Title:すぐ隣りにある拉致
Creater:攝津正
Subject:批評, 社会, 拉致 動物 内部告発
Description:

 犬のディオゲネスは、大部分の人間はほんの指一本の差で気がふれているとされるものだ、中指を突き出して歩いて行けば気がふれていると思われるだろうが、人さし指を突き出していく場合にはそうは思われないだろうから、といった。いまの日本にあっても、「ほんの指一本の差」、ちょっとした不運で、人としての尊厳を剥ぎ取られた監禁の空間に拉致される。倒錯者を待つまでもなく、国家という怪物が人さらいをするのだ。フーコーがいったように、さらわれた先で人は権力と短い会話を交わしたあと、死蔵される文書のなかのインクの染みとして消えていく。

 のちに誰かが起きたことを掘りかえしたとして、何になるだろう。「奪われた歳月と人間の尊厳には何の償いもない」ならば。わたしたちが他者のために何かをするとしたら、それは自分の自由と尊厳のためではないのか。死者も動物も口をきかない。「ポチ」と呼ばれていた男性が話をしたかどうかはわからない。

(429字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-2-14
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source: 資料2003年12月3日衆議院厚生法務連合審査会長野英子参考人意見
Relation: http://www.jca.ax.apc.org/cpr/
Relation: http://www.geocities.jp/jngmdp/
Relation: http://kyuen.infoseek.livedoor.com/
Relation: http://ssko.tripod.com/
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:昭島の女性餓死 友人と心中図る? 食事とらず生存放棄
Creater:東京新聞
Subject:引用, 社会, 自殺
Description:

 東京都昭島市のマンションで無職の女性(三二)が餓死して見つかった事件で、警視庁昭島署は二十日、この女性は、衰弱して一緒に見つかった同居の友人女性(三〇)と、心中を図った可能性が高いとの見方を強めた。遺書などは見つかっていないが、食事をとらないまま生きる意思を放棄した「不作為の心中」だったとみて動機を調べている。
 調べによると二人は、発見者の管理人が訪ねた際、一つの布団の中に並んで横たわっていた。無職の女性は死後一日以内。友人の女性も衰弱が激しく、発見があと一日遅れれば命の危険があったという。部屋の中には食料はなく、電気やガスの供給も止められていた。
 関係者によると、このマンションは亡くなった無職女性が昨年一月から借りており、その翌月ごろから友人女性と同居を始めた。二人は十年ほど前、宗教活動を通じて知り合ったという。連絡が取れなくなったことを心配した友人女性の母親がたびたび部屋を訪ねてきたが、「開けて」とドアを何度たたいても、二人は決して開けなかったという。
 助かった友人女性は救急隊員にもうろうとして意識で「(彼女は)どこにいるんですか」と尋ね、相手を気遣ったという。また、「一月中旬ごろから、ほとんど食事をしていなかった」と話した。
 なぜ二人は肉親を拒絶してまで衰弱を待っていたのか、同署は友人女性の回復を待って詳しい事情を聴く。

(614字)

Publisher:東京新聞
Contributor:
Date:2003-2-21
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:昭島の女性餓死 友人と心中図る? 食事とらず生存放棄
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:1
Title:完全自殺マニュアル
Creater:鶴見済
Subject:引用, 社会, 自殺
Description:

東京都足立区の都営団地で餓死自殺した姉妹

 85年8月、東京都足立区の都営団地の一室で、腐敗したふたりの女性の死体が発見された。ふたりはそれぞれ25歳、23歳の姉妹で、死因は餓死だった。死亡推定時刻は84年の暮れから85年2月ごろとされた。遺体のそばには姉の字で「死んでやる」とだけ書かれた古い封筒があった。
 この姉は65年に両親と妹とともにこの団地に移り住んだが、母親は病弱、父親は事業に手を出し、ほとんど家に戻らず、母子家庭同然の状態で生活保護を受けていた。もともと自閉症気味だった妹は中学に入ると手ひどいいじめにあい、学校を休みがちになった。姉は母親の看病をし、妹を励ましつつ、自分は商業高校に進学。しかし高3のとき父親が莫大な借金を抱えて帰ってきて、翌年にガンで死んだ。同時期に妹はパセドー氏病にかかり、姉の就職を機会に生活保護も打ち切られた。
 姉は妹と母親の医療費の支払いと父親の残した借金の返済に追われた。その仕事熱心さは職場でも評判だったが、11万円の月収では賄いきれず、サラ金に手を出す。やがて返済金額は300万にも膨れ上がり、職場には催促の電話がかかった。しかしそれでも姉は熱心に仕事を続けた。

(p178-179、369字)

Publisher:太田出版
Contributor:
Date:1993-7-2
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-87233-126-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:2
Title:完全自殺マニュアル
Creater:鶴見済
Subject:引用, 社会, 自殺
Description:

 母親は83年についに病死。しかし遺骨の受け取りは親戚から拒否され、このころから徐々に姉も生活に嫌気がさしてきた。部屋のベランダにはゴミ袋を放置し、サラ金の催促の電話にも耐え切れず、84年の6月ごろから無断欠勤するようになり9月には退社。この9月には料金の未払いから電気とガスが、翌年1月には水道が止まった。サラ金の催促は連日のように団地に押しかけ、ふたりはゴミも出さずに不在を装った。10月には隣室に食物を恵んでもらいに行ったが、しばらくして近所の人が心配して声をかけたときには「もう構わないで」と答えた。この時点で自殺の意志は固まっていたのかもしれない。団地のすぐそばには地区の福祉事務所があったが、相談に行くこともなかった。
 そしておそらく妹がまず死に、そして姉も死んでいった。春になっていっせいに蠅がわき異臭が漂ったため発見されたときには、妹はTシャツにスラックスをはいて姉にしがみつくようにしていたが、姉はなぜか素肌にカーディガンをはおり、下半身は裸のままだった。
 部屋はゴミやふとん、衣類で埋まり、そのなかに雑誌『ぴあ』や『セブンティーン』、赤川次郎の小説などが埋もれていた。壁には大島弓子のファンタジーマンガ『綿の国星』のポスターが大きく貼られていた。

(p179-180、558字)

Publisher:太田出版
Contributor:
Date:1993-7-2
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-87233-126-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:3
Title:完全自殺マニュアル
Creater:鶴見済
Subject:引用, 社会, 自殺
Description:

チェック!

 唖然とさせられるほどの不幸である。餓死という自殺手段は、このくらい悲惨なことが続いてはじめて選べるものだ。疲れ果ててしまって、心中する気力すらないのである。
 ちなみに成人なら、個人差が著しいが水すら飲まなければ1〜2週間、水だけ飲めば30〜40日で餓死すると言われる。エネルギーの蓄積量も大きなファクターになるが、この姉妹はかなり太っていたようなので、普通よりは死ぬまでに長く時間がかかったと思われる。
 それにしても家族4人がそれぞれみな不幸なのだが、特に姉の不幸ぶりが凄まじい。母親の病気、父親の借金、妹のいじめと病気、あらゆる不幸が彼女の肩にのしかかってくる。どんなに精一杯努力しても、決して報われない。むしろ努力すればするほど、ますます悪くなる。
 彼女の人生は、自殺を肯定するか否かの踏み絵のようなものだ。無論生きようと思えばそれも可能だったはずだが、彼女は助けを拒んで死を選んだ。この人生を前にしてもまだ「生きていればいいことがある」「死ぬ気になればなんでもできる」「自殺は弱い者のすることだ」といったたわ言を吐ける者がいるのか? 彼女の「死んでやる」の一言に対して切り返す言葉は、たぶんない。

(p180-181、535字)

Publisher:太田出版
Contributor:
Date:1993-7-2
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-87233-126-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神科治療の覚書
Creater:中井久夫
Subject:引用, 医学, 技術
Description:

(sub1)

 一方、時間的パターンともいえるリズムについては、精神科臨床ではあまり開拓されていないのが実状であろう。これは、ひとつには、現在の医学教育や医師の訓練が発病や回復のリズムの会得を軽視しているせいでもある。回復過程の中には加速できない過程、加速してはならない過程もある。回復の最適の進度というものがあって、それ以下でもそれ以上でも結局慢性化したり再発したりする。そういう会得は、肺炎や結核などの感染症への対処が重要であった時代──抗生物質以前の時代──には医師の、おそらく中核的技術であった。
 患者にとってもおそらく事情は同じだったので、回復のリズムを巧みにとらえ、いわばその波長に生活を波長合わせできた人がもっともよく治癒したにちがいない。たとえば、経済的な理由にせよ思春期の心性によるにせよ、自らの焦りあるいは焦らせる周囲からの要請にまきこまれた結核患者が数年の療養の成果を一夜で空しくしてしまうことは少なくなかった。落ちついて待ち、タイミングをはかって次第に積極的な生き方に出て行った人がいちばん良い治り方をした。強迫的に規則を守っても、内心の焦りに身を任せていた人がそれ以上良く治ったわけではないと思う。こういう意味で結核の療養はきわめてメンタルなものであった。結核の発病もおそらくメンタルな要素が少なくなかったのだろう。感染だけならば、大部分の人が感染していたのだから。最良の事情の下では青春期に必要な、成熟をひそかに準備する猶予期間を療養の時期が与えてくれた場合もあったと思う。

(p44-45、688字)

(sub2)

 今日、結核がすっかり影をひそめたわけではないが、青春期における結核の位置は精神的危機あるいは端的に精神病といわれる状態に置き換わったと思う。そして精神病の予後を決める上で、結核の予後を決めるのと同じメンタルな要因が重要な決め手になっていると私は考えている。
 結核も端的に「宣告」される病気だったのであり、この宣告に抵抗して疾病否認を行なう人も少なくなかった。それは差別を伴うレッテルであり、伝染性のあらわなだけに、かつては精神病に比して決して軽いとはいえないスティグマ(烙印)であった。就職の困難も、第二級の人間として生涯を送らされる見込みも──。
 結核もまた、病識のもちにくいものであった。しかも奇妙な疲れやすさと同時にふしぎな頭の冴えの訪れる病気であった。知的高揚と無力感が共存し、不眠と焦躁の夜々訪れる疾患であった。再発のない保証はなく、それは分裂病と同じく増悪と呼ばれた。情緒的にも充足感と欲求不満との落差が大きくなり、周囲の人は自分に奉仕する限りにおいて重要視され感謝さるべき存在とされがちであり、患者と患者の(たとえば)母親はファウストとメフェストフェレス、ドンキホーテとサンチョ・パンサのごとき関係になることが多かった。これはマイクル・バリントならば「基底欠損」患者といわれる状態であろう。バリントはこの型の患者をエディプス水準の患者と対立させつつ抽出して、精神疾患だけでなく身体疾患の領域にも及んでいるとしているが、これを認めるなら、まず挙げられる一つとして結核があると思う。そして、そこに、結核だけが他のほとんどあらゆる疾患と異なって分裂病親和的であるとい、結核全盛時に確認された事実のもつ秘密があるだろう。ともに焦慮に身を任せれば、それはほとんど確実に負の結果を生むのであり、そして、分裂病あるいは結核ほどはげしい焦りと結びついた病的状態はあまりないだろうと思われる。しかしそれは宿命的にそうなのではない。病も一つの経験である。そして精神科の病の場合も、その経験から学ぶ人は決して少なくはないように思う。

(p45-46、921字)

(sub)

 患者の音調に二種類あることを書いたことがあるが、サリヴァンがよく患者自身に告げていたことだったのを最近になって知った。(中略)彼は「君の訓練(トレーニング)の声と希み(デザイア)の声とがある」といっていたそうである。おそらく「訓練の声」とは、音域の狭い、平板な声だろう。私は、妄想を語る時、音調がそのように変ること、逆にそのような音調は、妄想を語っていることを教えてくれる場合があることを述べた。一般に論弁的になる時、人間の声はそうなりがちである。数学の証明を読み上げる時、上司に問われて答える時、等々。それは防衛の声であり、緊張の声である。これに対して「希みの声」は音域の幅のひろい、ふくらみのある声だろう。患者にせよ、患者でないにせよ、自分の心の動きを自然に表現する時はそうなるものであろう。ただ、妄想と一般にみなされるものの中にも、「希みの声」で語られるものがあることに最近気づいた。しかし、そういう場合は、ほとんど患者の希みあるいは感情そのものが何かに仮託されていると考えてよいことがわかってきた。その時は、たとえば「私にはまるで君の心が叫んでいるように聞こえたが……」といっても差し支えないようである(これは普通解釈ということになり、”妄想”には軽々にすべきでないことを私はわきまえているが)。患者とただちに、そのことの発生した時、患者がおかれていた状況の話に入ることができたし、患者の「叫び」はまさにその状況をみごとに要約したものだったからである。

(p139、673字)

(sub)

 「終りよければすべてよし」とは、多くの場合は真実であろうが、慢性の病いについて、そういうのはシニシズムにすぎるだろう。
 なるほど、分裂病についても「晩期寛解」が注目されており、笠原嘉は分裂病を説明する理論が満すべき条件の一つに「晩期寛解」を算えている。
 たしかに向精神薬の導入以前から知られていたように、数十年間もの間、精神病院に入院していた患者が、死の床に就くと、にわかに長年の夢からさめたごとく、家族に長年の労苦を謝し、医師にも(医師が痛み入るような)謝辞を述べ、従容と他界することが少なくない。私自身もまさにそういう老分裂病者をみてきた。
 一般に分裂病者の自然死は、襟を正さしめるほどの崇高さがある。かつてある高名な精神科医は座談で私に話してくれた。「分裂病の人、分裂気質の人は、死を前にして、何かしらほっとするようですね。それに対して躁うつ病者の人、循環気質の人の方がもだえ苦しむようですね。一生他人のために尽くしてきたつもりが何だったのか、自分の一生は何だったのか、と」

(p162、453字)

(sub)

 サリヴァンは、たしか、いくら合理的な、立派な理由が揃っていて、そうすべきだ、と思っても、何かいやーな気がしたら、やめておいた方がいい、と患者にすすめている。私はこれにつけ加えて、その時限が近づくにつれて、そのいやーな気がますます強まるならば、といいたい。むろん、やってみれば案外──つまり「案ずるより産むが易し」ということもある。しかし、この感じが一種の薄氷感あるいは無重力感を伴って、──つまりすらすらと行きすぎて自分でもふしぎに思う──、まんざら自分も捨てたものでないという気が次第につのるならば、これはくせものである。思わぬ伏兵に出あう確率が高いからだ。
 病気に入り込む時は、こういう心理が働いていることが多い。太平洋にむかって泳ぎ出すような何か途方もないことをしている、という不吉な予感と「なんのこれしき」「なんだ、こんなやさしいことだったのか」という一種あなどる感じと、なにか「ついにその時がきた」という成就感と。
 いわば地上につなぎとめてこの一種の無重力状態から救ってくれるのが、身体性のずっしりとした厚味である、と思う。身体的な快不快などぼんやりした感覚が残れば残るほど、あるいはすみやかに再生してくればくるほど、プラスである。このことは、そして、どうやら、治療者が患者の身体にしかるべき注意をむけることによって強化されるようだ。患者はどちらかといえば身体を二の次にして飛び立とうとする。医者までがそうであってはなるまい。

(p284-285、659字)

(sub)

 結局、十年もたつと、医者と患者との距離があいまいになり、医者患者関係の輪廓がぼやけがちになる。医者は患者に許容的となる。たとえば、緊急でなくとも、自宅への電話を大幅に許すようになる。医者が金を患者に払うことはないようにみえるが、これは、一種の贖罪金を時間の形で患者に支払っていることだ。時は金である。(逆に診療費の安さを待ち時間で患者が支払ってきたのが日本の医療の形である。)患者のほうも妙に時間を医者からねだりとりたくなる。この事態の不健康な点は、医者も患者も、そこで消費される──患者も時間を消費していることを医者は忘れがちであるが──時間が死物であることをあらかじめ承知だからだ。緊急ベッドおよびその側で過ごされる時間のようには生きないのである。患者のほうでも、甘えるでもなく恨むでもない時間を医者のところで空費して帰ることが日課のなかに組み入れられる。これは「本職患者」への不幸な第一歩だ。

(p331-332、427字)

Publisher:日本評論社
Contributor:滝川一広 中里均 向井巧(共同執筆)
Date:1982-4-20
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-535-80403-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:


「二次資料」

No:
subNo:
Title:時は賭けなり
Creater:攝津正
Subject:批評, 医学, 時間
Description:

 区切りに向けて時を紡ぐ技術がすべてである。結核あるいは精神疾患では、「焦り」というかたちであらわれてくる内的な時間性をどう適切にリズム化するかが問われた。思考、感情、あるいは「妄想」を語るとは声という唯物的なかたちで時間を形象化することである。死の受容は、最終的なものとされる区切りの前で、自分を時間化することである。

 自分を時間化すること、区切ること、リズムをつくることは、賭けである。その区切りが好機(カイロス)となるか荒廃化━━死物となった時間の支配━━の契機となるかは、勘といわれる曖昧な識別技術によってしか、わからない。ゆえに病者であろうとなかろうと、生きることはひとつの賭けなのである。

(322字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-3-2
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:4-535-80403-6
Relation:
Relation:
Relation:
Relation:
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:(不明)
Creater:蓮池透
Subject:引用, 政治, 拉致
Description:

「弟の口から『将軍様』という言葉が出たらどうすればよいのか」

Publisher:朝日新聞
Contributor:
Date:2002-11-2
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:(不明)
Creater:蓮池透
Subject:引用, 政治, 拉致
Description:

「私は『家族会』事務局長としても、薫から聞き出さなければならないことがたくさんあるので、私と目を合わせようとしない薫を見つめながら、これは長期戦になるな、と考えました」「隣に寝ていても、こいつは一体誰なんだろう、と思いました。嫌悪感さえ覚えたほどです。日本語を話していても朝鮮語特有の語尾を上げるクセが抜けない。政治の話しを持ちかけると、すごい目つきで威嚇しながら話されました」 

Publisher:産経新聞社
Contributor:『正論』2003年1月号
Date:2003-1-
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:


「二次資料」

No:
subNo:
Title:世界は充分じゃない?
Creater:攝津正
Subject:批評, 政治, 拉致 裏切り
Description:

 2003年3月2日、『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』がテレビ朝日系列で放映された。意図があるのかないのか、露骨に拉致問題━━裏切りconversionの倫理を問い直す出来事だった。

 筋書きはこうだ。アナーキストが石油王の娘を誘拐するが、石油王に相談されたイギリス諜報部はテロリストには屈しないことを決める。娘はそれを知った時点でアナーキスト側に寝返り(文字通り性交し)、自分を見棄てた父親を爆殺し、イギリス諜報部の部長も殺そうとする。ボンドがそれを阻み、娘とアナーキストを射殺する。

 この映画の「教訓」は「ストックホルム症候群」に罹ってはならない━━何があっても資本制国民国家を裏切ってはならない(その代償は死)、ということなのだろうか。裏切りの禁止が状況を出口のないものとし、主人公によるヒロインの射殺といったきわめて居心地の悪い結末を呼びおこした。或いは逆なのかもしれない。悲惨な結末を避けるためには積極的に裏切りを奨励し肯定すべきだというのが(反語的に示された)真のメッセージなのかもしれない。そう思いたいところだが。

(500字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-3-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:
Relation: http://www.ne.jp/asahi/anarchy/anarchy/
Relation: http://cinema.media.iis.u-tokyo.ac.jp/movie.cgi?mid=6834
Relation: http://www.amonon.net/bond/
Relation: http://www.asahi-net.or.jp/~lj7k-ark/
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

2003/03/04 人間讃歌━━風俗時評のための序言

***
「二次資料」

No:
subNo:
Title:人間讃歌━━風俗時評のための序言
Creater:攝津正
Subject:批評, 風俗習慣, 人間 不思議 不気味
Description:

 風俗時評は、新聞の三面記事から出来事(関心━━脱関心)を抽き出す。二十代の無職男女が自殺系サイトで知り合って心中、女子高生野宿者が野宿者殺人、闇金融の被害総額が過去最高、クローン人間誕生、予防拘禁法案が衆議院通過……などの雑多な記事は、人間という不思議で不気味なモノが繰りひろげる変態のスナップ写真である。「不思議なものは数あるうちに、人間以上の不思議はない」。そのとおりだ。

 北朝鮮への拉致におびえているみなさんは、大阪のとある私立精神病院で、大勢の人間が出入りする食堂の窓の鉄柵に二メートルの紐をつけて患者を犬のように縛り「ポチ」と呼ぶ、というような状態が発覚まで十年も続いていたという事件をご存知か。用を足すのもポータブル便器、食事は便器のふたの上でとる。拉致は異界にのみあるのではなく、すぐそこ、隣にある(あった)のに、これまで気づいていなかっただけではないか。

 暴力団の抗争が一般市民を巻き添えにしたことにいきどおるみなさんは、アメリカ大使館に反戦アピールに出かけるとタダで貰えるイラクのこどもたちの写真集を開いたことがあるだろうか。劣化ウラン弾の被害で無脳症で生まれた赤ん坊や顔中体中が皮膚癌でおおわれた男の子、空爆で足を失い骨肉腫で余命いくばくもない青年の写真が見えるのだが、このひとたちは一般市民とはちがうのか。やくざが日本の市民をころすのは極悪なのに、アメリカ国家がイラクの市民をころすのは必要悪か。

 風俗時評は、暗鬱な報せがたえず舞い込む日々の只中から精神の糧を抽き出すささやかな人間讃歌である。何度でもやり直せる(ゆえに必ず穴だらけの最善世界━━偶然世界に通じる)籤引きであり、宿命を笑い飛ばす譫言の花束である。

(793字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-2-13
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source: 4-00-321051-4
Relation:
Relation:
Relation:
Relation:
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

「一次資料」

No:
subNo:
Title:アンティゴネー
Creater:ソポクレース
Subject:引用, 文学, 人間 不思議 不気味
Description:

コロス 不思議なものは数あるうちに、
  人間以上の不思議はない、
  波白ぐ海原をさえ、吹き荒れる南風を凌いで、
  渡ってゆくもの、四辺に轟ろく
  高いうねりも乗り越えて。

(p27-28、93字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:呉茂一(翻訳)
Date:1961-9-5
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-00-321051-4
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:1
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

 「無気味なものはいろいろあるが、
 人間以上に無気味に、ぬきんでて活動するものはあるまい。」
 この最初の二句の中で既に、あとに続くこの歌の全体に先だって一つのことが投げ与えられている。そして、後に続く部分は、この一つのことを個々の言の形で再び持ち出そうと試み、それを語の脈絡の中へ組みこんで固定しなければならないことになっている。すなわち、人間はただ一つの語でいえば、to deinotaton最も無気味なものであるということである。人間についてのこの言は、人間存在の最もきわどい限界と険しくそそり立った深淵とに即して人間を捉えている。この険しい、ぎりぎりの局面は、眼の前に既にあるものをただ記述したり確認したりするだけの眼には決して見えるようにならない。人間の性状や状態を探し求める眼がたとえ何千あろうとも、そういう眼にはこの局面は決して見えるようにならない。詩人的‐哲人的態度でこれを見て、これを描こうとする者にのみ、このような存在は自己を開示するのである。人間が最も無気味なものだというこのことをわれわれは、眼の前に既にある人間の実例の一つの描写だなどとは全く考えないし、ましてやこれは人間が優越性を持っていないので、是非ともそれを手に入れようとして、満たされないいらだたしさから、人間の本質を低い所からやみくもに高い所へまつり上げたものだなどとも考えないし、さらにはこれは或る一つの人格の卓越している面を言い表わしているのだなどとも考えない。ギリシア人の間には、いまだ人格というものはなかった(したがってまた超‐人格的なものもなかった)。人間はto deinotaton、すなわち無気味なものの中でも最も無気味なものである。deinonというギリシア語とこれに対するわれわれの訳語は、ここであらかじめ一つの説明を必要とする。が、その説明は、この歌の全体をあらかじめ行間まで読み取って概観することによってしか与えられえない。この歌の全体そのものが、そしてそれのみが最初の二句に対する適切な解釈なのであるから。deinonというギリシア語は、ギリシア人の言が存在の対向的な相互‐抗‐争を推し測るときのあの無気味な両義性の意味で両義的である。

(p244-246、983字)

Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:2
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

 まず第一に、deinonはすごいものを意味する。しかしそれは、小さな恐怖とか、まして今日わが国で「すごくかわいらしい」などと言われるときに使われる、すごいという語の、あの退落した、愚劣な、ろくでもない意味でのすごいものを言うのではない。deinonは制圧的な支配という意味ですごいものであり、これは突然の驚愕、真の不安を無理にも起こさせるとともに、取り乱すことのない、均斉のとれた沈黙の畏怖をも喚び起こす。強力なもの、制圧的なものが支配そのものの本質性格である。支配の来襲にさいしては、それは自分の制圧的な勢力を制御することができる。けれども、そのことによってその支配が無邪気なものになるということはない。むしろ反対にそれはますますすごく、広範になるばかりである。

(p246、335字)

Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:3
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

 だが第二に、deinonは力を使用する者という意味での強力なものを意味する。しかも、その強力なものというのは、単に力を具備しているというだけのことではなく、力の使用ということがその者の行為のみならず、その者の現存在の根本の動向であるという意味で暴力‐行為的であるような、そんな強力なものなのである。われわれはここで暴力‐行為性という語に、単なる粗暴とかわがままとかを意味するこの語の普通の意味を根本的に超え出てしまっている一つの本質的な意味を与える。この語の普通の意味に従えば、和解と相互扶助とを目的とする協定が現存在の尺度をなし、したがって当然どんな力も単に妨害と損傷として見下げられるというような、そんな領域内で力が見られることになる。

(p246-247、321字)

Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:4
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

 全体としての存在者は、支配することとして制圧的なもの、つまり第一の意味でのdeitonである。しかし、人間はまず第一に、人間が本質的に存在に属しているがゆえに、この制圧的なもののただ中へ曝し置かれているというかぎりでdeitonであるとともに、第二に、人間は特別の意味で暴力‐行為的な者であるゆえにdeitonである(人間は、支配しているものを寄せ集めて、それを開明性へと入らしめる)。人間は暴力‐行為的な者であるとはいっても、人間はほかにもいろいろな性質を持っているが、それらと並んでさらにそのうえ人間は暴力‐行為的でもあるという意味で暴力‐行為的な者であるのではなくて、人間は自分の暴力‐行為性に基づき、またその暴力‐行為性において、制圧的なものに対抗して力を使用するという意味においてもっぱら暴力‐行為的な者なのである。人間がこのように根源的には一重であるという意味において二重にdeinonであるがゆえに、人間はto deinotaton最も強力なものなのである。すなわち、制圧的なもののただ中で暴力‐行為的なのである。

(p247、495字)

Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:5
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

 だがわれわれはなぜdeinonを無‐気味と訳すのか? それは決して強力なもの、つまり制圧的なものと暴力‐行為的な者との意味を覆い隠したり、ましてそれを弱めたりするためにではない。全く反対である。deinonという語は、人間の存在を最高度に高め、最高度に複雑に重ね合わしたうえで言われているのだから、この語を聞けば、そのように規定された存在の本質が直ちに決定的な観点から見えてくるのでなければならない。しかし、いまの場合、強力なものを無気味なものと解することは、deinonがそれ自身においていかにあり、また何であるかを理解することこそまず第一に肝要なことであるのに、それをおろそかにしておいて、強力なものがわれわれに作用するその仕方という第二義的な面でそれを規定することではないだろうか? なるほどそういう疑問もあるだろうが、実はわれわれは無気味なものという語を、われわれの感情状態への印象という意味で使っているのではないのである。

(p248、444字)

Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:6
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

 無‐気味なものという語をわれわれは「故郷的なもの」から、すなわち土着のもの、住み慣れたもの、普通のもの、危なげのないもの、そういうものからわれわれを投げ出すものと解する。土着的でないものはわれわれを居心地よくしてくれない。そこには制‐圧的なものがある。だが、人間が最も無気味なものであるのは、人間がいま述べたような意味での非‐故郷的なものの真っただ中で自分の本質に即して生きてゆくからだけではなく、人間は初めは自分の領界を住み慣れて土着的なものと思っていても、しまいにはその限界から歩み出し、そこから出て行ってしまうからであり、人間が暴力‐行為的な者として土着的なものの限界を踏み越えるからであり、しかもそれを踏み越えてどこへ向かうのかと言えば、ほかならぬ制圧的なものという意味での無気味なものの方向へと向かうからである。

(p248-249、386字)

Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

すなわち、pantoporos apros ep, ouden erchetai「到るところを駆けずり廻っているうちに、経験したこともなく、逃げ道もなく、人間は無へとやって来る」と言うのである。本質的な語句はpantoporos aporosである。porosという語は……を貫く通路、……へと越えていく道、軌道を意味する。到る所へ人間は自分のために軌道をつけ、存在するもののあらゆる領域、制圧的な支配のあらゆる領域へ人間はあえて進み入り、しかも進み入ると同時にすべての軌道からはじき出される。このことによって初めて、この最も無気皆ものの無‐気味さの全体が開示される。人間は全体としての存在者を、その無‐気味さにおいて吟味するばかりでなく、またそうしながら人間は暴力‐行為的な者として自分の土着の地を越えてはみ出てしまうだけでもなく、すべてこれらのことに先立って、人間はいまやすべての途上で逃げ道を絶たれたものとして土着の地へのあらゆる関連から投げ出されており、ate破滅が、わざわいが人間に襲いかかってくるというかぎりにおいて人間は最も無気味なものとなるのである。

(p250、483字)


Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

 言葉、理解、造形、建設などにおける力の使用が、周囲を支配している存在者に至る道を拓く暴力‐行為をともに‐創造する(ともに‐創造するとはいつも、出‐来‐させることを意味する)ということを把握して初めて、われわれはすべての暴力‐行為的なものの無気味さを理解する。というのは、人間はあの歌に歌われているように、到る所を駆けずり廻るが、外的な柵に突きあたってそれ以上進めないというような外的な意味で逃げ道がなくなるのではないからである。たとえ外的な柵に突きあたっても、人間はむしろそういう場合にこそますます遠く進むことができる。逃げ道がないということは、むしろ人間が絶えず自分で拓いた道へと投げ返され、自分の軌道の上で立ち往生し、自分が拓いたものにからみつかれ、この自縄自縛の状態で自分の世界の範囲内をさ迷い、仮象の中にまきこまれて、結局存在から締め出されるという点にある。こんなふうにして人間は自分だけの範囲内で多方向的にぐるぐる回る。人間はこの回転の円周に逆らうすべてのものの方向を変えてそらしてしまうことができる。人間は適材を適所にさし向けることができる。もともと暴力‐行為性が軌道を創造したのであるが、これが自分の中に多方向性という固有の無秩序を生み出す。この多方向性は実は逃げ道のないことにほかならず、しかもそれは、自分は仮象の中を放浪しているのにその仮象について熟慮する道から自分で自分を締め出すほど、それほどひどく逃げ道がないことである。

(p259-260、665字)


Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:形而上学入門
Creater:マルティン・ハイデッガー
Subject:引用, 哲学, 人間 無気味なもの
Description:

 ただ一つのことですべての暴力‐行為性は直接難破する。その一つのことというのは死である。死はあらゆる完結を越えて‐終わり、あらゆる限界を越えて‐限界づける。ここには船出も掘り起こしも捕獲も征服もない。だが端的に、しかも究極的にすべての土着的なものから締め出してしまうこの無‐気味なものは、これも結局は生じ来たるものなのだから他の多くの特殊な出来事と同列に扱われるべき一つの特殊な出来事であるというふうには言えないものである。人間が逃げ道なく死に対しているのは、なにも人間が死ぬようになったとき初めてそうなるわけではなく、人間は絶えず、そして本質的に逃げ道なく死に対しているのである。人間があるかぎり人間は死という逃げ道のないものの中に立っている。このように、現‐存在とは生起する無‐気味さそのものなのである(この生起する無‐気味さはわれわれにとっては現‐存在として元初的に根拠づけられねばならない)。

(p260、427字)

Publisher:平凡社(平凡社ライブラリー 70)
Contributor:川原栄峰(翻訳)
Date:1994-9-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-582-76070-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

***
内奥

Date: Tue, 04 Mar 2003 03:31:55 +0900
Subject: Re:

****さん
こんばんは

(中略)

カミングアウトというけれど、
ゲイだとか人格障害だとかいうことじゃなく、
別のことを匿しています。

オカマだとか精神病院に通っているとか、
そういうことは知れていいのですが、
もっと内奥の、誰にも伝えがたい経験があります。

わたしはいつも怯えています、
何に怯えているのでしょう、
排除されることにたいしてです。
***では排除されないために、ありとあらゆる工夫をしました。
最後には機能しなくなったけど、
見せかけ、欺瞞、罠を張りめぐらせたのです。
それほどに集団━━他人というものを恐れていました。

わたしは*********の原理主義者として
最も「紅衛兵的」な振る舞いに終始しましたが、
それは正体が顕わになればいつ排除されるかわからない
不安定な存在であるがゆえの自己防衛反応、
組織内での生き残りの自爆的な戦略(半ば無意識的な)
だったのかもしれません。


> もっと内奥の、伝えがたい経験

文字どおり伝えがたいのですが、
伝えようとすることはできます。

******にいた頃、合宿の飲み会で、
****さんが前に座っていて、
わたしが「宦官に興味がある」という話をしたら、
****さんが当惑したような奇妙な表情をした記憶があります。

何らかの理由で、わたしは、ごく普通に
ひとを愛するというのができにくかった、
サディスティックな幻想なしに端的に男の子を愛したのは、
***で出会った****さんの後輩が初めてでした。

今日も彼はわたしに電話をかけてくれたけれど、
彼はヘテロなので恋愛関係が成立することはなくても、
確かに「人格的(人間的)な交流」のかけらのようなものが
かろうじて成り立っていた、それがわたしにとっては、
きわめてまれで貴重な経験だったのです。


小学生のころ、暗記するほど読み返していた本が数冊ありました。
中公新書の川喜田二郎『発想法』と三田村泰助『宦官』です。
特に後者は幼少期のわたしの性的な幻想の源泉でした。

14歳(性のめざめ)のとき、
このままでは犯罪者になるのではないかと強く惧れました。
なぜならわたしの衝動は激しく攻撃的でサディスティックであり、
人を傷つける幻想場面だけが性的な興奮を呼び起こしていたからです。

14歳のとき以来15年間自己分析をつづけてきましたが、
なぜそうなのかの理由はわかりません。
凡庸な言い方ですが、幼少期の家庭環境に著しい問題があったのでしょう。
しかし記憶も欠けているし、過去はかえられません。

攻撃衝動を他人ではなく自分(内部)に向けることで、
そして暴力を現実のものではなく象徴的なものとすることで、
要するに神経症になることで、犯罪者など反社会的存在になることを
免れてきたと感じています。十数年にわたる苦行のような過程です。

それが内奥━━秘密の一端であり、
その経験がごく普通にひとを愛することからわたしを遠ざけてきました。
******をやめるかやめないかの頃から、数人の男性と性行為をともにしたけれど、
強い意味でマイナスの、たいへんつらい経験でした。

ひとを愛する、というとても単純な行為の意味は、
ここ1年半ほどの間にようやく学びかけたばかりです。


こうしたことをなぜ(あまり深い連帯関係にあるとはいえない)
****さんに打ち明けるのかじぶんでもわかりませんが、
******にいたあいだの、
そして******をやめるときの奇矯な振る舞いの背景や意味を、
誰かに理解してもらいたいということなのかもしれません。


それでは

***
Date: Tue, 04 Mar 2003 02:18:58 +0900
Subject: ありがとう

****さん

今日は電話ありがとう。

coming outというけれど、
ゲイだとか人格障害だとかいうことじゃなく、
もっと別のことを匿しています。

またあらたにページを増やしたりしたけれど、
それは***の人、特に****さんや****さんには見せていいけど、
****さんや****さんには見せたくない、そんな感じです。

言いたいこと、わかるかしら?
なんというか、裸体なのよ。
***の(一部の)ひとには見せていいけど、
****さんや****さんには見せられない。

彼らにも、わたしがオカマだとか精神病院に通っているとか、
そういうことは知れていいわけ。
でも、もっと内奥の、匿されている宝物━━糞塊がある。

「********」のひとたちには見られたくない。
あるいはレインボーリングのひとたちは?
Chance! のひとたちは?
amlのひとたちは?

わたしはいつも怯えています、
何に怯えているのでしょう、
排除されることにたいしてです。
***では排除されないために、ありとあらゆる工夫をしました。
最後には機能しなくなったけど、
見せかけ、欺瞞、罠を張りめぐらせたのです。
それほどに集団━━他人というものを恐れていました。

秘密にしているのは、
オカマだとかきちがいだとかいう一般的なことではなく、
具体的なこと━━声です。

たとえば:

> いつかどこかで誰かがそれをする、
> わたしたちは待っている、
> 醒めた夢のなかで、いつまでも。
> 粘膜の表面で生まれては消える、泡立つ〈わたし〉の群れが、
> いつの日かヘンタイ━━変態/編隊━━して、
> 本物の旅ができるようになるそのときまで。

これは内奥であって、匿されなければならない、
さもなければ排除されるかもしれない、そうした暗号です。
特定のひとにしか意味が理解できない徴しなのです。
15年間独りでしてきた経験を暗示しているから、
同じような経験をしてきたひとにしか、
分からないかもしれません。
道徳的なひとたちはわたしをどう扱うか?
とても恐ろしいのです。
にも関わらず、自己を顕示してしまうところに、
業の深さがあります。


ひとつだけ指摘すれば、
「本物の旅」というのは、分裂病の過程を「旅」としている
R.D.レインへの示唆です。
わたしは贋物の旅、内的〈過程〉としての旅だけをしてきたのだから、
いつの日か自己組織が正常に形成された日
(「泡立つ〈わたし〉の群れが」「ヘンタイ━━変態/編隊━━」する日)
にこそ「本物の旅」━━実際の旅行ができるようになるだろう、
という意味です。

もうひとついえば、

> 粘膜の表面で生まれては消える、泡立つ〈わたし〉の群れ

これはドゥルーズの『意味の論理学』での「表面」への言及と
ベルサーニの『直腸は墓穴か?』というエッセイを暗示しています。


でも多くのひとにはこの暗号はわかりません。
だから匿さないといけない。
さもなければひどい目に遭うかもしれない。
にもかかわらず、それを顕示したい。


時間が解決するでしょう。
それでは。



--
Tadashi Settsu
nutty queer associationist
http://sapporo.cool.ne.jp/hommelets/
http://chiba.cool.ne.jp/femmelets/
http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/realitas/
http://www.kanshin.com/index.php3?mode=home&id=10522

***
Date: Fri, 28 Feb 2003 18:01:40 +0900
Subject: Re:

****さん

○an unlimited partnership femmelets
http://chiba.cool.ne.jp/femmelets/

またひとつホームページをつくりました。
ホームページをつくるたびに、
神秘的な恍惚というか類精神病的な発作というか、
独特な感じに襲われます。

シュレーバーのいう「基本語」、
ユングの患者━━じぶんをソクラテスだと思い込んでいた女洋裁師のいう「強力語」、
あるいは暗号で、長年の内密の経験を露わにしてしまった、という
一種の達成感━━苦痛と寂寥を伴う奇妙な満足感が生じるからです。

それは作品や自己表現として、ということではなく、
何かもっと神秘的な━━うまくいえないけど、
運命の暗号を顕示することに成功した、という感じなのです。

an unlimited partnership、というのは、たとえば単に
「合名会社」のことですが、それが暗号しているのは、
制約のないパートナーシップ、果てしのない愛です。
さらに「合名会社」というのも、固有名と固有名が
「合わさる」━━掛け算されるという、不可能な算術を
暗号しています。

懸命にソクラテスになることを通じて、任意(不定)の誰かの
心身の内奥で固有名━━出来事が受肉し花開くように、
わたしたちの内臓の奥深く、直腸の奥深く━━どんな自我〈わたし〉も
溶けさり、かわりに幽霊たちが生まれでる場所で、
特異な出来事が花開きます。
それは、密やかな大饗宴ないしは乱交━━ORGIEであり、
そこでは責苦も悦楽も生も死も、直腸の襞々のうちで、
溶けていってしまうのです。ちょうど、エリック・ドルフィーが、
音楽が終わるとき音は空中に消え去ってしまう、といっていたのと
同じように、性交が終わるとき苦痛も快楽も襞のうちに消えていってしまいます。


そのような不可能な体験を共有するコミュニズムの場が、
an unlimited partnership femmelets なのです。

わたしはこういったことを誰にも伝えることができない、
この世の中ではひとつの電波として、混信として、
処理され忘れ去られていくよりほかないのだ、という気がしています。
わたしは不可能なものの巫女であり、
しかし仕えるべき神々や従うべき宗教がないため、
影絵━━この世の中では病人や不審者として隠れて生きるよりほかありません。

とりとめがなくなりましたが、
メールをいただいたことには感謝しています。
昨晩の状況では、****さんの言葉を読んだだけでも気持ちが楽になりました。
薬のおかげで、寝起きは少し気分がよかったけど、
いまはまた亢奮状態にあります。明日出かけて、以前の******の知り合い
━━****さんとも知り合いの人━━と会って、ほんの少し
トランス状態からこの世に戻り、現実感覚を取り戻す訓練をしてみよう、
と思っています。

それでは。

***
Date: Thu, 27 Feb 2003 15:08:08 +0900
Subject: Re:

****さん

具合が悪いといっても、病院やアフガニスタン女性の講演会に出かけられないくらい
のものですから、たいしたことはありません。いまは晴れています。だからこれから
病院に出かけようかなと思っています。ただ病院にいっても無意味ではないかという
気持ちが強くあります。薬をもらうだけです。

このところ夢見がひどく悪く、目が醒めてからしばらくの間、ランダムに映像や語や
観念が融合したり分離したり、不思議な光景や音を目にすることが多いです。夢の一
次過程を二次的加工抜きでそのまま、醒めた自己が見つめている━━強制的に目撃し
ている、というような不思議な感じです。そのときに出てくる語や映像や音の連合は
とても奇妙なものですが、事後に再生するのは容易ではありません。

KJ法は連想を秩序づけ生産的にするひとつの技法です。わたしも小学生の頃、『発
想法』や『続発想法』に━━オカルト的な瞑想や夢見法などの実践とともに━━のめ
り込みました。わたしがそれらを断念し、精神分析に向かったのは、中学生か高校生
のころです。それは生産ではなく治癒を目的にするようになったからでしょう。発明
や技術で自分の生を変えることができるかもしれないということに、いったんは懐疑
的になったのです。

しかしその後夢の解釈などを10年ほども続けて、症状は良くなるよりも悪化したと
思わざるを得ません。だから、今は精神分析には懐疑的で、神田橋のいうような養生、
ベイトソンのいうような精神のエコロジー、ガタリのいうようなスキゾ分析に向かっ
ています。

連想実験をやってみてわかったのは、連想はひとつの鋳型に嵌まっていて、それを演
じているのだということです。覚醒後に続く、ランダムな音と映像と言葉の戯れ━━
分離結合━━には、いっさいの鋳型はありません。それはなんとなく「みてはいけな
いもの」のようにも思えます。いろいろなものが見え、聞こえてきます。金縛りとい
うのに近いのかもしれないけど、意識ははっきりしていて、動こうとすれば動くこと
もできます。2週間くらいまえまでは、きわめて明晰な快感充足夢が続いていたので
すが、その後悪夢が続くようになり、ちょっと前からは本当に「無意味」で「支離滅
裂」な映像や語や音の流れを見ています。わたしはこうしたことは、10年も前から、
あるいはもっと前から経験してきているので、慣れています。ひとつには、***や*と
の関係の切断、また退職などの環境の変化に心身がついていっていないということだ
と思います。

わたしは***の会合のあと、ちょっと抑鬱的です。わたしが***に期待していたのは、
本当に<<生を変える>>ような何かなのに、ひとが求めているのは文化階級の生き
残りなのです。わたしは、理念を文字通りにとるプラトン主義者です。わたしにとっ
て本当にリアルなのは理念のほうであって、個物は影のようなものに過ぎません。

もちろんそれはひとつの病気です。とても根深い魂の鎧、鋳型です。わたしはどこで
も必要とされないで、まるで無能な移民労働者のようです。シャリーアティーがいっ
ていたように、魂の移民です。歓待してくれるひとが何人かいるけど、あとのひとた
ちはわたしを敵視しています。わたしは、あちこちを遷っていくことに疲れています。
すこしひきこもっていようと思っています。それでも、生活は不安です。自分の靴の
紐も結べない、もろもろの理念が分離━結合する世界で生きている倒錯したプラトン
主義者(わたしは自分のことをnutty associationist, queer communist, nutty
queer anarchist or perverted platonistと思っています)なのだから、この影のよ
うな世界で生きていくのはとてもむずかしいでしょう。わたしはとても不安です。

それでは

***
Date: Fri, 28 Feb 2003 03:54:32 +0900
Subject: Re:

****さん

病院から帰り、ホームページを作りました。

○nutty queer associationist
http://sapporo.cool.ne.jp/hommelets/

つらいです。

家で母親に「死にたい」と言ったら、
「おかあさんには分からないから、病院で診てもらうしかないわね」と言われ、
病院に行って医者に「死にたい」と言ったら、
「そういうときには、思いとどまって」と軽く言われました。

それで、発作を起こしてしまいました。

対話精神療法━━精神分析にアクセスできないので、
自己分析を15年も続けてきましたが、効果がありません。

わたしが求めているのは、たぶん生の価値なのでしょう。
それがないと感じている、ということなのでしょう。

どうすればいいのかしら。

明日、図書館で、ひさびさにKJ法の本でも借りてみようかなと思っています。
でも、人生の問題をKJ法で解こうとしたことは、実は過去にあります。
それでだめだったから、KJ法を放棄したのです。
しかし今やれば、結果はちがうかもしれません。

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:伝記集
Creater:ボルヘス
Subject:引用, 文学, 籤 偶然 (非)決定
Description:

現実にはくじ引きの回数は無限である。いかなる決定も最終的ではなく、すべてがべつの決定へと分岐していく。無知な連中は、無限のくじ引きには無限の時間が必要だと予測する。実際には、「亀との競争」という有名なたとえ話が教えるとおりで、時間が無限に細分できればそれでたりるのだ。

(p89、140字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:鼓直(翻訳)
Date:1993-11-16
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 4-00-327921-2
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:不安の概念
Creater:キェルケゴール
Subject:引用, 哲学, 運命 不安
Description:

運命を解き明かすべきものは、運命それ自身と同じように二義的なものでなければならない。神託の場合がちょうどそれであった。神託もまた相反するもののいずれをも同様に意味しえたのである。かくして神託に対する異教徒の関係はまたしても不安であった。ここに異教世界における言い難く深刻に悲劇的なるものが存する。悲劇的だといっても、神託の言葉が二義的であることがそれなのではなくて、むしろ異教徒がそれにも拘らず神託に助言を求めることをやめることができなかったということがそれなのである。

(p172、250字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:斎藤信治(翻訳)
Date:1951-7-5
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336352-3
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

「二次資料」

No:
subNo:
Title:籤と神託
Creater:攝津正
Subject:批評, 倫理, 運命 ゲーム
Description:

 不確定な籤引きと多義的な神託は、人間の条件を「不安」として規定する。それを逃れるためには、どうすればいいのだろうか。ドゥルーズが『意味の論理学』でいうような、人間的な賭けでも神的な遊びでもないいっさいの道徳的規定から解放された理念的な戯れ(ゲーム)、一言でいえば「肯定」につくしかないのではあるまいか。

 そこでは籤引きは無限回となり、曖昧な信託の言葉は鞄語や舌語りからなる炸裂した言語体に変態する。「肯定」の別名は、「意味の生産」である。一回かぎりの籤引きや神託の言葉がさししめす運命━━超越的な意味からの逃走は、表層での意味の生産過程に参加することにほかならない。「男よ、自己自身を犯し享楽せよ」という箴言は、自分で自分の尾を咬むこのゲームへの参加を呼びかけているのではないだろうか。

(369字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-2-11
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:4-00-327921-2
Relation:
Relation:
Relation:
Relation:
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 犬のディオゲネス 通貨偽造=習慣の組み換え ユーモア(人を食った態度)
Description:

 ディオゲネスは両替商ヒケシアスの子で、シノペの人。さて、ディオクレスの伝えるところによると、彼の父親は市の公金を扱う両替業を営んでいたが、通貨を改鋳してこれを粗悪なものにつくり変えたので、彼は追放されることになったということである。しかしエウブゥリデスは『ディオゲネス論』のなかで、それを行なったのはディオゲネス自身であって、彼は父親とともに亡命することになったのだと言っている。のみならず、彼自身もまた、『ポルダロス』という書物のなかで、自らのことについて語りながら、自分が通貨を改鋳したのだというふうに述べているのである。しかしまた、ある人によると、彼は職人たちを監督する立場にあったとき、彼らから勧められたので、デルポイに──あるいは、彼の祖国のデーリオン(アポロンの神殿)に──赴いて、彼らから勧められたようなことを行なったものかどうか、アポロンの神にお伺いを立てた。ところでアポロンは、国のなかで広く通用しているもの(制度習慣、ポリティコン・ノミスマ)を変えることを許したのだが、彼はその意味を理解しないで、通貨の方を粗悪なものに造り変えたのである。そしてそのことが露見したとき、ある人たちによれば、彼は追放されたということであるし、また別の人たちによれば、後のことを恐れて自分から国外へ退去したということである。

(p127-128、599字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 食人 犬のディオゲネス 人を食った態度 ユーモア
Description:

 メニッポスが『ディオゲネスの売却』のなかで述べているところによると、彼が捕えられて売りに出されたとき、お前はどんな仕事ができるかと訊ねられた。すると彼は、「人びとを支配することだ」と答えた。そして触れ役に向かっては、「誰か、自分のために主人を買おうとしている人はいるかと、そう触れ廻ってくれ」と言ったということである。

(p134、169字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 食人 犬のディオゲネス 人を食った態度 ユーモア
Description:

 大部分の人間は、ほんの指一本の差で気がふれているとされるものだと彼は語っていた。とにかく、ひとが中指を突き出して歩いて行けば、気がふれていると思われるだろうが、人さし指を突き出していく場合には、もはやそうは思われないだろうからと。

(p139、116字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 食人 犬のディオゲネス 人を食った態度 ユーモア
Description:

 彼の周りに立っていた少年たちが、「咬みつかれないように用心しようね」と言ったのに対して、「心配するな、小僧ども、犬はビート(青二才)を食べはしないよ」と彼は言った。

(p147、86字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 食人 犬のディオゲネス 人を食った態度 ユーモア

Description:

 彼は金に困ると、友人たちに、貸してくれとは言わないで、(返すべきものを)返してくれと言ったものだった。

(p147、52字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 食人 犬のディオゲネス 人を食った態度 ユーモア
Description:

 あるとき彼は、広場で手淫に耽りながら、「ああ、お腹もこんなぐあいに、こすりさえすれば、ひもじくなくなるというのならいいのになあ」と言ったのであった。

(p147-148、75字)

 また彼は、デメテルのこと(飲食のこと)も、アプロディテのこと(性交のこと)も、何でもすべて人前で公然と行なうのを常としていた。そしてそれについては、何かこんなふうな議論を持ち出していたのであった。──もし食事をとることが何らおかしなことではないとすれば、広場でとってもおかしくはない。しかるに、食事をとるのはおかしなことではない。それゆえ、広場でとってもおかしくはない。
 また彼は、人の見ているなかで、しばしば手淫に耽りながら、こう言っていたのである。「お腹のほうもこんなふうにこするだけで、ひもじさがやむとよいのになあ。」

(p167、265字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
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Format:(未記入)
Source:(未記入)
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Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
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No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 食人 犬のディオゲネス 人を食った態度 ユーモア
Description:

 アレクサンドロス大王があるとき彼の前に立って、「余は、大王のアレクサンドロスだ」と名乗ったら、「そして俺は、犬のディオゲネスだ」と彼は応じた。
 どんな振舞いをするから犬と呼ばれているのかと訊かれたら、「ものを与えてくれる人たちには尾をふり、与えてくれない人たちには吠えたて、悪者どもには咬みつくからだ」と彼は答えた。

(p160、161字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 犬のディオゲネス 鍛錬
Description:

 ところで彼は、鍛錬(アスケーシス)には、魂(精神)の鍛錬と身体の鍛錬との二種類があると言っていた。そして後者は、それによって訓練しているうちに、徳の実践へと向かう動きを容易にしてくれるような表象が絶えず生じてくる鍛錬のことであり、またもう一方の鍛錬は、身体の鍛錬を欠けば、完全なものとはならないもののことである。というのは、好調さや強さは、魂にかかわるものであれ、身体にかかわるものであれ、同じように、それらに本来ふさわしいもののなかに生ずるからであると。
 そして彼は、訓練をつむことによって、人がいかにやすやすと徳(卓越した状態)に達するかということの例証となるものを提示していたのであった。すなわち、手仕事の技でも、その他の技術においても、職人たちは練習によって並々ならぬ手ぎわのよさを身につけているのが見られるし、さらに笛吹きや競技選手にしても、彼らはそれぞれに、みずからの不断の労苦によって、どれほど他を凌ぐほどの者になっているか、そしてもしこの人たちがそういった鍛錬を魂にまでも移し及ぼしたならば、彼らの骨折りは、無益なものにも無効なものにもならなかったであろうことが見てとれる、というわけである。

(p167-168、548字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 犬のディオゲネス 鍛錬 通貨偽造=習慣の組み換え
Description:

 とにかく、事実として、人生においては何ごとも、鍛錬なしには決してうまく行くことはないのであって、この鍛錬こそが万事を克服して行く力をもっているのだと彼は言っていたのである。だからして、人は無用な労苦ではなしに、自然にかなった労苦を選んで、幸福に生きるようにすべきであり、不幸な生を送るのは愚かさのせいなのである。というのは、快楽そのものに関しても、これを軽蔑することを前もって練習しておけば、そのことが最も快適なことになるからである。つまりそれは、ちょうど享楽的な生活を送ることに慣れている人たちが、それと反対の生活に向かうときには不快を感ずるように、快楽と反対のもので鍛えられた人たちは、快楽そのものを軽蔑することに、むしろよりいっそうの快適さを感ずるからだというわけである。
 以上のようなことを彼は語りかけていたのであり、またその通りに実行していたことも明らかである。つまり、彼はまさしく通貨(ノミスマ)を偽造していたのであって、法律習慣(ノモス)によることには、自然本来(ピュシス)にもとづくことに与えたような価値を少しも与えようとはしなかったのである。そしてこのことは、彼に言わせれば、自由にまさるものは何もないとして、まさにヘラクレスが送ったのと同じ型の生活を送り通すことだったのである。

(p169、585字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 食人 犬のディオゲネス コミュニズム ユーモア(人を食った態度)
Description:

 また彼は、すべてのものが賢者の所有であると言い、そしてわれわれが先に述べたような議論を持ち出していた。すなわち、すべてのものが神々の所有である。ところで、神々は賢者と親しいもの(友)である。しかるに、友のものはみんな(に共通)のものである。それゆえ、すべてのものが賢者の所有である、というわけである。
 また法に関しては、それがなければ、(文明化した)市民生活を送ること(ポリテウエスタイ)は不可能であると彼は言っていた。なぜなら、彼の主張では、市民国家(ポリス)が存在するのでなければ、文明化していて(アステイオン)も何の益にもならない。しかるに、市民国家は文明化をもたらすものであるし、また市民国家が存在するのでなければ、法は何の役にも立たない。したがって法は、文明化をもたらすものなのだ、というわけである。
 また彼は、高貴な生まれとか、名声とか、すべてそのようなものは、悪徳を目立たせる飾りであると言って、冷笑していた。
 また、唯一の正しい国家は世界的な規模のものであると。
 さらにまた、婦人は共有であるべきだと言い、そして結婚という言葉も使わないで、口説き落した男が口説かれた女と一緒になればいいのだと語っていた。そしてそれゆえに、子供もまた共有であるべきだと。
 また、神殿から何かを持ち去るとか、あるいは、ある種の動物の肉を味わうとかすることは、少しも異様なことではないし、さらに、人肉を食べることさえも、異国の風習から明らかなように、不敬なことではないとした。
 また、正しい言い方をすれば、あらゆるものがあらゆるもののなかに含まれ、あらゆるものを貫いて行きわたっているのだと彼は言っていた。すなわち、(身体の構成要素である)肉(の一部)はパンのなかにも含まれているし、パン(の一部)はまた野菜のなかに含まれているのである。というのは、その他の物質についても、そのいたるところにおいて、目に見えぬ孔を通して、微粒子が中に入ったり、また蒸気となって外へ出たりしているからである、と。──この説は、悲劇『テュエステス』のなかで彼が明らかにしているものである。

(p169-171、894字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:ギリシア哲学者列伝(中)
Creater:ディオゲネス・ラエルティオス
Subject:引用, 哲学, 食人 クリュシッポス
Description:

 また彼は、『国制について』のなかでは、母や娘や息子たちとの性の交わりを認めているのである。そしてそれと同じ見解を、彼はまた、『それ自体のゆえに選択されるべきではないものについて』という書物の開巻冒頭のところでも述べている。さらに、『正義について』第三巻のなかでは、その千行目あたりのところで、死者たちの肉を食べることさえも勧めているのである。

(p363、181字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:加来彰俊(翻訳)
Date:1989-9-18
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336632-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
subNo:
Title:人倫の形而上学(『世界の名著.39 カント』所収)
Creater:カント Immanuel Kant
Subject:引用, 哲学, 食人
Description:

男が女をさながら物件として享楽するために、すなわち彼女との間に単に動物的な肉体交渉における直接的な満足を感ずるために彼女を欲すること、またこうした目的のために女が男に身を任せること、これらのことは男女双方がその人格性を放棄することなしには起こりえない〔肉的もしくは獣的同棲〕。言いかえれば、婚姻という条件、つまり、お互いが自分の人格そのものを相手方の占有下へと与えあうものとして、一方の者が相手方についてなす肉体的使用によって相手を人間でなくすることがないように、前もって締結されておらねばならないところの婚姻という条件に従うことなしには、右の交渉はなされることを得ないのである。
 この条件を欠くならば、肉の享楽は、その原則から言って〔結果から言えばかならずしも常にそうであるとはかぎらないとしても〕、食人的である。食い尽くされるのが口と歯とによってであるか、それとも女性の場合のように、妊娠およびその結果としておそらく生ずるであろう彼女にとり致命的な分娩によって、また男性の場合のように、その性的能力に対する女性の過度の要求によってもたらされる疲労困憊によってであるかは、単に享楽の仕方における区別であるにすぎない。そして、こうした生殖器の交互的使用にあたっては、一方の者は他方との関係において実際にも消耗品[res fungibilis]となるのであり、それゆえに、契約によって自分をそうした消耗品にするとすれば、その契約は(人間性の)法則に反する契約〔恥ずべき契約pactum turpe〕であるだろう。

(p506-7、700字)

Publisher:中央公論社(中公バックス)
Contributor:野田又夫(責任編集)、加藤新平(翻訳)
Date:1979-4-1
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-12-400649-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)

Title:家族の死
Creater:デーヴィッド・クーパー David Graham Cooper
Subject:引用, 精神医学, 食人
Description:

最近「自閉症的引きこもり」のため分裂病的と診断されたある子供が、私に会いに連れて来られた。この8歳になる可愛らしい子供は私の部屋に両親に連れて来られたのだが、彼は「人間を食べるのはいけないことです」と書いたバッジをつけていた。彼は顔をしかめたりいろいろな身ぶりをしたりするのだが、1ヵ所に坐って話しあいに加わることができなかった(あるいはおそらくもっと適切に表現すれば、そうしたくはなかったのである)。母親は明らかに一種の食べ過ぎという楽しみをもっており、彼の「幸福」のために自分の「心」と「身体」のすべてを捧げることにより、子供を食べ尽くしつつあった──たとえば学校の乱暴な友達から彼を守ったり、「悪い子供」をかぎ出してひどく罰したりする校長先生から彼を守ったりしていたのである。しかし彼女はロンドン西部の大学で教鞭をとっていた夫に、性的な面以外では飢えていたのでこんなことをしていたのである。夫の方はまた、アカデミックな官僚主義によって、他者との真の交渉をすべて奪われていたために、妻を満たしてやれなかったのであった。このアカデミックな官僚主義は彼と第一世界の飢餓状況との間に介在するものであった。そしてこの飢餓状況は、大学の管理者にはほとんど認識されていないが、過激な学生たちが次第にこれに抵抗するようになっているものなのだ。その成果を次第にあげながら、治療で何回か面接するうちに彼女はいわば十分御馳走を食べたので(ということは、すべてを飲みつくすような調子で思いのままに話したということなのだが)、次第に息子を「食べ尽くそう」とはしなくなった。少年は学校に復帰して、他の少年達と初めて友人となった。1ヶ月後に私は彼と再会したが、この時は精神医学的な徴候をまったくもっていなかった。彼は今度は「僕はおいしいからどうぞ食べ尽くして下さい」と書いたバッジをつけていた。こうして「臨床的問題」は解決された。それから先は政治の問題があるだけなのだ。

(p26-7、881字)

Publisher:みすず書房
Contributor:塚本嘉寿(翻訳)、笠原嘉(翻訳)
Date:2000-10-1
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-622-04989-9
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
subNo:
Title:阿Q正伝・狂人日記
Creater:魯迅
Subject:引用, 文学, 食人
Description:

 やつらは人間を食いやがる。してみると、おれを食わぬ道理はないわけだ。
 そうだ、あの女が《おまえさんに食らいついてやる》と言ったのと、あの青い顔の、歯をむき出した連中が笑ったのと、こないだの小作人がしゃべったこととは、てっきり暗号なのだ。そうだ、わかった。やつらの言うことはみんな毒だ。笑いには刃がかくされているのだ。やつらの歯はみんな白くてぴかぴかだ。あれは人間を食う道具だ。

(p18-19、『狂人日記』より、200字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:竹内好(翻訳)
Date:1955-11-5
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-320252-X
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:阿Q正伝・狂人日記
Creater:魯迅
Subject:引用, 文学, 食人
Description:

 この数日、一歩退いて考えてみた。かりにあの老人が、首斬り人の化けたのではなくて、本物の医者だったとしても、人間を食う人間であることに変りはない。やつらの祖師、李字珍の書いた『本草なんとか』という本には、はっきり人肉は煮て食えると出ているじゃないか。これでもやつは、自分は人間を食いませんといえるか。
 うちの兄貴だってそうだ。れっきとした証拠がある。おれに本を教えてくれたとき、たしか「子を易えて食う」ことはありうると自分の口から言ったはずだ。それからまた、何だったかである悪人を論じたとき、そいつは殺すばかりではなく「肉を食らい、皮に寝ぬ」べきだと言ったことがある。そのころ、おれはまだ小さかったので、心臓がいつまでもどきどきした。こないだだって、狼子村の小作人が来て、肝を食った話をしたとき、兄貴は眉ひとつ動かさず、しきりにうなずいていた。これで見たって、昔とおなじに心が残忍なことがわかる。「子を易えて食う」ことがありうるとしたら、何にだって易えられるはずだ。どんな人間だって食えるはずだ。おれはむかしは、兄貴のお説教をぼんやり聞き流していただけだったが、いまにして思うと、やつがお説教するときは、きっと口のはたに人間の脂がなすりつけてあったばかりでなく、心には人間を食いたい欲望がいっぱいつまっていたにちがいない。

(p22、『狂人日記』より、563字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:竹内好(翻訳)
Date:1955-11-5
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-320252-X
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:阿Q正伝・狂人日記
Creater:魯迅
Subject:引用, 文学, 食人
Description:

 おれはわかった。やつらの手口はこうだ。ばっさりやってしまうのは、やりたくないし、またやれないのだ。祟りがこわいから。そこでみんなで連絡しあって、網をはりめぐらせておいて、否でも応でもおれに自殺させるように仕向けているのだ。そうだ。こないだ町で見た男や女の様子からしたって、このごろの兄貴の挙動からしたって、八、九分どおりそれにまちがいない。おれが自分で腰帯をといて、梁にかけて、自分でぶら下って死んでしまえというんだろう。やつらは殺人の罪名を着ないで、しかも念願がかなうという寸法だ。おどりあがって喜んでキャーキャー言うだろうな。そうでないとしたら、もだえ苦しんで、あげくのはてに死んでしまうかだ。これだと肉はおちるが、まあまあご満足がいくだろう。
 やつらは、死肉しか食えないのだ──そうだ、何かの本でよんだことがある。「ハイエナ」とかいう動物がいるそうだ。眼つきも、からだつきも、醜悪な動物だ。いつも死肉を食っていて、どんな太い骨でも、ばりばり噛んで呑みこんでしまうそうだ。考えただけでもおそろしい。「ハイエナ」は狼の親類で、狼は犬の一族だ。こないだ趙家の犬が、じろじろおれを見たのは、やつも一味で、連絡がついていたとみえる。老人は眼を伏せて、下ばかり向いていたが、そんなことでおれがだませるものか。
 いちばん気の毒なのは、兄貴さ。やつだって人間だ。どうしてこわがらないのだ。おまけに、ぐるになっておれを食うなんて。馴れっこになって、悪いと思わんのだろうか。それとも良心を失って、知りつつやるのか。
 おれは、人間を食う人間を呪うのに、まず兄貴から呪いはじめよう。人間を食う人間を改心させるのに、まず兄貴から改心させよう。

(p23-24、『狂人日記』より、763字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:竹内好(翻訳)
Date:1955-11-5
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-320252-X
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

「二次資料」

No:
subNo:
Title:さまざまな食人
Creater:攝津正
Subject:批評, 風俗習慣, 倫理=習慣 食人 鍛錬 ユーモアとアイロニー
Description:

 人を食って生きるのには、ユーモアとアイロニーと、二通りのやり方がある。人を食った態度で自他にある種の快を与えるやり方と、相手を象徴的に「食い尽くす」ようなやり方、手段としてのみ相手(他者)を利用し尽くすやり方である。かりに後者を資本主義的な食人のありようとするなら、前者、ユーモアとしての食人はその手前にあり、人を食ったような態度で実際には他人に自分を食べさせる。自分の顔をちぎって子どもたちに食べさせるアンパンマンみたいに。

 たとえば、「僕はおいしいからどうぞ食べ尽くして下さい」というバッチを胸につけた「自閉症的ひきこもり」の子どもは、ひとつの歓待の倫理を生きているのではないだろうか。あるいは、他者の身体を貪る代わりに広場で手淫に耽る犬のディオゲネスは、他者を犯す(食べる)のではなく自分自身を犯し享楽するという倫理、通貨(ノミスマ)を改鋳しつ習慣(ノモス)を組み換えるという倫理を実践していたのではなかろうか。

 こうしたことすべては、学びによって、あるいはディオゲネスの言い方では「鍛錬」によって獲得されるべき「徳」としてある。ユーモアは徳であり、ゆえに(教えられることはできなくても)学び取られることができるものなのだ。ユーモアとしての食人とアイロニーとしての食人の狭間に口を開けている深淵、人から食われるという被迫害妄想からの回復、養生法の鍵もまた、鍛錬を通じたユーモアの習得にあるといえるだろう。

(652字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-2-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:4-622-04989-9
Relation: http://www.badi.jp/kiji/nw0212181.html
Relation: http://art.pos.to/ibent/game/jinniku/
Relation: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/t-shinya/yowa83.html
Relation: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/t-shinya/yowa81.html
Relation: http://www.asyura.com/2002/bd18/msg/878.html
Relation:ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』(中)(岩波文庫)
Relation:カント『人倫の形而上学』(中央公論社、世界の名著39所収)
Relation:デイヴィッド・クーパー『家族の死』(みすず書房)
Relation:魯迅『阿Q正伝・狂人日記』(岩波文庫)
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神医学の神話
Creater:サズ
Subject:引用, 医学, ゲーム
Description:

 ピランデロ(Pirandello)の戯曲”ゲームの規則”(The Rules of the Game)のなかで、次のような会話がなされている。

 レオーネ:ああ、ゲームでつかうあらゆる手を、学んでしまった、ということは何と悲しいことだろうか。
 ギド:何というゲームなのか。
 レオーネ:これ1つだけ。人生という、完全なゲーム。
 ギド:それを、あなたは学んでしまったのか。
 レオーネ:そう、ずっと昔に。

 レオーネの絶望やあきらめは、人生ゲーム(the game of life)などというものがある、ということを信ずるところに由来している。実際に、人生ゲームというものに熟達することが、人間存在の課題であるとすれば、この課題を達成してしまえば、何がいったい残されることになるのだろうか。しかし、人生ゲームは単一のものではなく、無数にあるものなのである。

(p292、406字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:河合洋 野口昌也 畑俊治 高瀬守一朗 佐藤一守 尾崎新(翻訳)
Date:1975-5-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 精神医学の神話
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:精神医学の神話
Creater:サズ
Subject:引用, 医学, ゲーム
Description:

 現代人は、いまや、基本的な二者択一を迫られている。その1つは、苦労して学んだゲームが、役に立たなくなったり、すぐにつまらなくなってしまうことに絶望することである。たとえば、勤勉な努力によって得られた技術が、いざそれを実際に使用してみようとするかしないかの中に、不十分なものであることが明らかになってしまう、といったことである。ほとんどの人びとは、この種の失望が繰り返されることに耐えられない。そこで、この絶望のなかで、たとえそれが自分を奴隷化状態におとしいれることとひきかえであったとしても、安定性というものを渇望するようになる。もう1つの選択というものは、絶え間なく学びつづけていく、という挑戦をひきうけて、これにうち勝っていこうとすることである。レオーネの問題は、生活を享受することに失望してひきこもってしまう、ということであったが、ここでは絶え間なく変化のある人生ゲームというものに参加しつづける、ということになる。しかし、その結果は、比較的容易に手に入るような、浅薄で、変りばえのしない生活なのである。

(p292-293、486字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:河合洋 野口昌也 畑俊治 高瀬守一朗 佐藤一守 尾崎新(翻訳)
Date:1975-5-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 精神医学の神話
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:精神医学の神話
Creater:サズ
Subject:引用, 医学, ゲーム
Description:

 今日、共有されていて、かつ緊急課題となっていることは、社会状況が急速に変化しているために、人びとがその生活様式を変えていかざるを得ない、という点にある。古いゲームは絶え間なく廃棄され、新しいゲームが次々に始められる。そして、ほとんどの人びとにとって新しいゲーム・プレイングにとりかかる準備のいとまさえないのである。したがって、せいぜい2つか3つのゲームしか学べないので、同じゲームを繰り返しやっていくことで生きのびていこうとすることになる。しかし、人間生活の大部分は社会的なものであるので、個人行動のパターンに関していえば、かなりの柔軟性がないと、生き残っていけないようになってきている。

(p293、313字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:河合洋 野口昌也 畑俊治 高瀬守一朗 佐藤一守 尾崎新(翻訳)
Date:1975-5-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier: 精神医学の神話
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

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「一次資料」

No:
subNo:
Title:「不完全」自殺マニュアル
Creater:攝津正
Subject:創作, 風俗習慣, 生死
Description:

『完全自殺マニュアル』に対抗する、
「不完全」自殺マニュアル=survival source book for nuts
を編みます。それは、自殺について、
頭ごなしで道徳的な説教じみた否定でも、
安易な肯定でもない、
蓋然的=問題提起的problematiqueな様相で、
生き残り━死に残る━ための━技の数々を
一覧にしたものになるでしょう。

(180字)

Publisher:
Contributor:
Date:2003-1-27
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze
Creater:差異と反復
Subject:引用, 哲学, 倫理=習慣
Description:

 習慣は、その本質においてcontraction〔コントラクテすること〕である。習慣をつける(コントラクテ)という〔慣用的な〕言葉遣いがなされたり、ハビトゥス〔習性〕を構成しうる目的語とだけ「contracter」という動詞が用いられたりする場合に、そうしたことがよく示されている。

(p124、141字)

Publisher:河出書房新社
Contributor:財津理(翻訳)
Date:1992-11-20
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-309-23029-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze
Creater:差異と反復
Subject:引用, 哲学, 倫理=習慣
Description:

わたしたちが習慣とはコントラクシオンであると語るとき、わたしたちが言わんとしているのは、反復の要素を形成するためにひとつの瞬間的作用〔弛緩〕と組み合わせになるもうひとつの瞬間的作用〔収縮〕のことではなく、観照する精神におけるそのような反復の融合のことなのである。心を、心臓に、筋肉に、神経に、細胞に帰さなければならないのである。がしかし、この場合の心とは、その役割がひたすら習慣をつける(コントラクテ)ということにあるような観照的な心である。

(p125、221字)

Publisher:河出書房新社
Contributor:財津理(翻訳)
Date:1992-11-20
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-309-23029-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze
Creater:差異と反復
Subject:引用, 哲学, 倫理=習慣
Description:

受動的総合という至福が存在するのだ。わたしたちは、自分自身とはまったく別のものを観照するにせよ、とにかく観照を遂行することで快感を覚え(自己満足)、そしてこの快感のゆえにこそわたしたちはみな、ナルシスなのである。観照の対象から引き出す快感のゆえにわたしたちはナルシスであるにせよ、わたしたちが観照するその対象からすれば、わたしたちはつねにアクタイオンなのである。観照するということ、それは抜き取ることである。おのれを自己自身のイマージュで満たすために、まずはじめに観照しなければならないものは、つねに自己とは別のもの、すなわち、水、ディアナ、あるいは森である。

(p126、298字)

Publisher:河出書房新社
Contributor:財津理(翻訳)
Date:1992-11-20
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-309-23029-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
subNo:
Title:ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze
Creater:差異と反復
Subject:引用, 哲学, 倫理=習慣
Description:

「というのも、野の麦それ自身が、自分の生存に関するかぎり、盲信を基盤として自分を成長させ、そして自分自身の遂行能力に対して〈傲慢な〉自信をもつことによって、はじめて土と湿り気を小麦に変えてしまうからであって、そのような自信あるいは自己自身への信仰ときたら、それがなければおのれが無力になってしまうほどのものなのである。」経験論者のみが、幸いにも、そのような言い方をしてみせることができる。小麦と呼ばれる土と湿り気の縮約(コントラクシオン)が存在するのであって、この縮約がひとつの観照なのであり、この観照が自己満足なのである。野の百合は、それがただ存在するというだけで、天、女神たち、そして神々の、すなわちみずからが縮約しつつ観照する諸要素の栄光を歌いあげるのだ。反復の諸要素と諸事例から、また観照され縮約された水、窒素、炭素、塩化物、硫酸塩からできていないような、したがっておのれを構成しているすべての習慣を絡み合わせていないような、そのような有機体が存在するだろうか。
(p126、447字)

Publisher:河出書房新社
Contributor:財津理(翻訳)
Date:1992-11-20
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-309-23029-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
subNo:
Title:ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze
Creater:差異と反復
Subject:引用, 哲学, 倫理=習慣
Description:

いみじくも、疲労するのは何もしない者だと言われることがある。疲労は、心がみずから観照するものをもはや縮約できないという契機を、つまり、観照と縮約が壊れるという契機を示している。わたしたちは、もろもろの観照から構成されているのと同程度に、もろもろの疲労からも構成されているのである。だからこそ、欲求という現象は、行動の観点からは、また欲求によって規定されるもろもろの能動的総合の観点からは、「欠乏」というかたちで理解されうるのだが、反対の、欲求の前提条件である受動的総合の観点からは、或る極度の「飽満」、或る「疲労」として理解されうるのである。

(p129、289字)

Publisher:河出書房新社
Contributor:財津理(翻訳)
Date:1992-11-20
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-309-23029-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
subNo:
Title:ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze
Creater:差異と反復
Subject:引用, 哲学, 倫理=習慣
Description:

崩潰した自我は、おのれを構成する全疲労において、つまらぬおのれのすべての自己満足において、笑うべきおのれの推定〔傲慢〕において、おのれの悲惨さと貧しさにおいて、それでもなお、神の栄光を、すなわちおのれが観照し、縮約し、そして所有するものの栄光を歌いあげるのである。

(p132、138字)

Publisher:河出書房新社
Contributor:財津理(翻訳)
Date:1992-11-20
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-309-23029-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

「二次資料」

No:
subNo:
Title:ランダムな習慣
Creater:攝津正
Subject:批評, 哲学, 倫理=習慣
Description:

 生物が生きるとは、無数の習慣をつけ、それらを結んだりほどいたりしながら、「今ここ」を中心に時間を紡ぐことである。しかし、習慣がつくことcontractionの逆、散漫あるいは乱心(狂気)distractionの状態にある人も習慣をつけることができるとしたら? そこで身につく習慣とは、日常を構成するもろもろの連関の隙間に滑り込む習慣、変態する習慣、ランダムな習慣──習慣を変えるという習慣にほかなるまい。心変わりの習慣、転向の倫理がうまれる。それはひとつの実験であり、単に生物としてある「ヒト」から、死に裏打ちされ多重化された生を享楽する「人」になるという危険を敢えて冒すことなのだ。(危険というのは、人は同胞を殺し、自分を殺すことができる存在だからだ。習慣を組み換えるとは、自己の死にゆく一部分を自ら殺すことなのだから、小さな自殺なのである。)

(398字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-2-2
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:4-309-23029-6
Relation: http://pixels.filmtv.ucla.edu/gallery/web/julian_scaff/benjamin/benjamin5.html
Relation:
Relation:
Relation:
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:純粋理性批判
Creater:イマヌエル・カント Immanuel Kant
Subject:引用, 哲学, 理性批判
Description:

 悟性一般が規則の能力として説明せられるならば、判断力は規則の下に包摂する能力、すなわちあるものが所与規則の下に属するもの(casus datae legis所与規則の事例)なるや否やを弁別する能力である。(中略)
 かくして悟性は規則によって教えられ準備されうるけれども、判断力はまったく特殊の才能であって、教えられることはできずただ練習されうるのみであることが明らかとなる。ゆえに判断力はいわゆる天稟の機知の特殊なもので、これが欠けている場合には、いかなる学校教育もこれを補うことはできぬ、なんとなれば学校教育は劣弱な悟性にも他人の明智より借りられたる許多の規則を教える、いわば詰込むことはできる。けれどもその規則を正当に使用する能力は生徒自身に属さねばならぬ、そしてこの才能を欠く場合には、正当に使用せんがために生徒に対して定められうるいかなる規則も、誤用を免れることはできぬ(*)。

 * 愚と言われるのは元来判断力の欠乏ということである、そしてこの陥欠を救う途はまったく存しない。(以下略)

(カント『純粋理性批判』B171-172、講談社学術文庫第二分冊p18-22、454字)

Publisher:講談社(講談社学術文庫、四分冊のうち第二分冊)
Contributor:天野貞祐(翻訳)
Date:1979-7-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-06-158405-7
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


No:
subNo:
Title:フロイト著作集 第三巻
Creater:フロイト
Subject:引用, 精神医学, ユーモア 養生
Description:

ユーモアが、自分を苦しめそうな現実をわが身に近づけないようにする機能を持つということは、それが、強制的な苦しみを逃れるために人間の心の営みが編み出したあの諸方法の系列、神経症に始まり、精神錯乱にきわまり、陶酔、自己沈潜、恍惚境などをも含んでいるあの系列に属するものであることを意味する。それゆえにこそユーモアには、たとえば機知などにおいては全然見られない一種の威厳が備わっているのである。なぜなら、機知とは、ただ快感をうるためだけのものであるか、ないしはそのえられた快感を攻撃欲動の充足に利用するだけであるから。ところで、ユーモア的精神態度の本質は何であろうか。人々はこの態度を持することによってわが身から苦しみを遠ざけ、自我が現実世界によっては克服されえないことを誇示し、堂々と快感原則を貫きとおす。けれども、そうだからといって、同じ意図に出た他の方法のように、そのために精神的健康の土台を掘り崩すようなことはないのである。快感原則の貫徹と精神的健康の保持というこの二つのものは、通例たがいに相容れがたく思われているから、このことはいっそう不思議に思われる。

(p408、510字)

Publisher:人文書院
Contributor:高橋義孝他(翻訳)
Date:1969-12-25
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-409-31003-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


No:
subNo:
Title:フロイト著作集 第三巻
Creater:フロイト
Subject:引用, 精神医学, ユーモア サヴァイヴァル
Description:

ついでながらいうと、人間誰しもがユーモア的な精神態度を取りうるわけではない。それは、まれにしか見出されない貴重な天分であって、多くの人々は、よそから与えられたユーモア的快感を味わう能力をすら欠いているのである。

(p411、111字)

Publisher:人文書院
Contributor:高橋義孝他(翻訳)
Date:1969-12-25
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-409-31003-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


No:
subNo:
Title:差異と反復
Creater:ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze
Subject:引用, 哲学, 学習
Description:

 学ぶ者は、他方において、それぞれの能力を超越的な行使にまで高める者である。(中略)しかし、ひとりの人物がどのように学ぼうとするのかは──たとえば、どのような愛着があってラテン語に上達するのかは、どのような出会いがあって哲学者になるのかは、どのような辞書を用いて思考するすべを学ぶのかは──決して前もってわかるものではない。(中略)〔記憶の〕財宝を発見する方法などは存在しないし、学ぶ方法も存在しないのであって、存在するのはむしろ、個人全体を貫通していく或るひとつの暴力的な調教、或るひとつの修練つまりパイディアーである(言わば、白皮症的な者において感じるという行為が感性のなかに生まれ、失語症的な者においてパロールが言語能力のなかに生まれ、無頭なる者において思考する作用が思考力のなかに生まれるのだ)。

(p254、367字)

Publisher:河出書房新社
Contributor:財津理(翻訳)
Date:1969-12-25
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-309-23029-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


「二次資料」

ID:
subID:
Title:教えることができないもの
Creater:攝津正
Subject:書評, 哲学, 学習
Description:

 教えることができないものは、学ぶことしかできない。例えば、判断力、およびその超越的な行使に属するユーモア。それらは規則ではなくメタ規則(規則をどう当て嵌めるかという規則)に関わる。泳げるようになったり辞書を引けるようになるには、あるいはひとを愛することができるようになるには、自己を多重化し、その分裂を破局(統合失調)にいたらしめないまま且つ無理に統覚してしまわない特殊なサヴァイヴァル技術が必要なのだ。もろもろの倫理的格率や生き残り戦略は、そのことを指し示している。例えば、──あえて賢かれ、あえて学び知れ、あえて変態する勇気を持て。わたしたちは、運命(体質)さえ変えることができるか、少なくともその全面的な支配から逃れ、自己の一部を解き放ち、他へと生成することができる。

(359字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-1-19
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:4-06-158405-7
Relation: http://www.asahi-net.or.jp/~js8t-stu/
Relation: http://village.infoweb.ne.jp/~fwkx9970/
Relation: http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Cosmos/7132/new.html_001.htm
Relation:
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:差異と反復
Creater:ジル・ドゥルーズ Gille Deleuze
Subject:引用, 哲学, 愚劣
Description:

ブヴァールとペキッシュ自身は愚劣であるのかないのか、と問う必要はまったくな
い。そのようなことはまったく問題ではない。フローベールの意図は百科全書的かつ
「批判的」なものであって、心理学的なものではない。愚劣の問題は、愚劣と思考と
の諸関係についての先験的な問題として、哲学的な流儀で立てられている。二分化さ
れる、あるいはむしろ反復される、当の同じ思考する存在において、*能力*としての
愚劣と、愚劣を甘受しない*能力*とが、同時に問題になっている。フローベールは、
このときショーペンハウアーに、おのれの師を再認している。

(p477、269字)

Publisher:河出書房新社
Contributor:財津理(訳)
Date:1969-12-25
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-309-23029-6
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:衝動病理学:ソンディ・テスト 増補
Creater:大塚義孝
Subject:引用, 精神医学, 運命 自由意志 病理 闘争
Description:

事 例38:この症例は工業高校卒業後、自動車製造会社のボイラー技師(e)としてまじ
めにつとめていた温厚な青年であった。ところが、上記のテスト所見を得る3ヶ月ほど
前から《地球儀は丸いのに、なぜ世界地図は平面なのだ……》といった、仲間が聞いて
多少変な言動がみられだした。しかし間もなく幼なじみの準看護婦(24歳)と結婚し
(hy+)1月7日に挙式をすませ、新婚旅行後故郷の先祖の墓参りに夫婦そろっておもむ
いた。しかし、その時突然に《自分の親は本当の親ではない……》と墓石をこわそうと
したり、地面がわれるとおののきふるえる急性不安錯乱症状を認めた。ために2月2日
に入院をみた。入院時はカタレプシーと拒絶症を認め、完全な昏迷様状態であった。主
治医は Angst-Glucks-Psychose と診断し、電気ショックを含む強力な薬物治療を試み
た。
 脳波所見は多少基礎波に不規則な律動と*[--特殊文字で入力できず--]波を中心とす
る除波傾向が認められたが、左右差、てんかん性の異常波はまったく認めていない。遺
伝負因もとくに認めていない。かくて約2週間後、昏迷様畳対から覚め拒絶反応も消退
したが、治療期間中に蒼古的、宇宙的な世界没落体験を訴え、極度に不安を示したのが
特徴的であった。しかし入院して半年後には寛解をみ、現在平和な生活を送っていると
いう。

(p467、599字)

Publisher:誠信書房
Contributor:
Date:1993-5
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4414401631
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:

No:
subNo:
Title:衝動病理学:ソンディ・テスト 増補
Creater:大塚義孝
Subject:引用, 精神医学, 運命 自由意志 病理 闘争
Description:

 ところで、母からの離脱、そして他者への関与となって発生する意識の歴史は、やが
て自己の関与した他者をいっそう意識化し、同化することによって、つまり主観的に拡
大・膨張(p+)させて安定しようとする。「人見知り」におびえた幼児(p-)が、やがて怪
獣ごっこに熱中し、己が存在の確かさを覚える。ウルトラマンになり切って悪をこらし
める姿は人間がこの世に現れ出てきた最初の確かなる存在者像(p+)そのものである。も
とより誇大妄想や憑依妄想等は、この存在の危機の破綻像である。p-の危機と同様に回
転軌道の変転は一巡後のそれである。実際に妄想型の疾患危機は青年後期以降壮年期に
かけて、つまり破瓜型の危機像より後発して発症する事実はこの一巡後のp-またはp+に
硬直して破綻する意味を十分に理解させるものである。

(p567、364字)

Publisher:誠信書房
Contributor:
Date:1993-5
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4414401631
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
Amazon:


No:
subNo:
Title:衝動病理学:ソンディ・テスト 増補
Creater:大塚義孝
Subject:引用, 精神医学, 運命 自由意志 病理 闘争
Description:

 さて、「p-」から「p+」への変換に次いで、上にみた万能者であり、精神化すること
によって安住しつづけることは困難である。やがてその膨張した心の歴史はウルトラマ
ンの由来を求めて、それを科学しようとする世界へいざなわれるのである。あらゆる外
界対象を客観化し、物質化し、これを知識化し、価値化し、自らにとり込もうとする
(Introjektion)。同一化(p+)ではなく資本化(k+: Kapitalisierung)する世界の展開で
ある。怪獣ごっこに《変身》を夢見た子どもが、やがて怪獣事典に没入し、気味悪いほ
どの怪獣博士になったりするのもこの典型である。p+からk+への変転である。「存在す
ること」から「所有すること: das Haben」への危機である。どん欲な知的、物的価値
獲得への姿は人を成長さすようである。事実、多くの健康な人々は、それによって成長
してきた。しかし、そのとり込みに精を出す己が姿に、ふと気がついて、その意味(p)
を問うことができなかった時、つまりk+点で停滞した時、まさにブランケンブルグ
(Blankenburg, W.: 1971)がいう自明性の喪失に苦悩する世界が開かれるのである。完
全投入(Totale Introjektion: Sch=+0)にみる筆者のいう自閉性精神分裂病
(autistische Schizophrenie)の危機である。自我回転軌道図式にみる「p-」→「p+」
→「k+」の停滞的危機で、この危機が人生において最初にあらわになる姿である。早発
性痴呆(Dementia praecox)と命名された精神分裂病の古典の病理に、その重なりを示す
意義は含蓄的である。

(p567-568、738字)

Publisher:誠信書房
Contributor:
Date:1993-5
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4414401631
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:(未記入)
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「二次資料」

No:
subNo:
Title:地球は丸いか?
Creater:攝津正
Subject:書評, 精神医学, 運命 病理 養生 闘争 ウルトラマン 紛争 グローバル化 陣地戦
Description:

 男の子の魅力に酔い痴れつつユートピアを謳いあげる老哲学者は、カントを引いて「世界的歓待性」の原理を「地球が丸い」ことに求めるだろう。しかし、と24歳の「非定型精神病」のボイラー技師は反問する──《地球儀は丸いのに、なぜ世界地図は平面なのだ……》。地球は丸いかもしれないが、人間たちがそれを平べったく圧し潰してしまう。歓待のユートピアの裏面は、不確定で偶発的であるがゆえに出口のない数知れぬ紛争で穴ぼこだらけになった「世界地図」だ。穴だらけの世界には「ウルトラマン」=世界の警察がいて、独善的な警察行為で地図を真っ赤に染め上げていく。転倒の島を転倒せよ、「ウルトラマン」をこそ超克せよ。地球を真に丸くするためには、長期の陣地戦に耐えねばならない。

(323字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-1-17
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:4414401631
Relation: http://www.alpha-net.ne.jp/users2/omth2/biblio/gender-sexuality.htm
Relation: http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/4/3362590.html
Relation: http://www.koubundou.co.jp/subsite/kbn8170/tokushu/kbn8167sub5sippiturei.htm
Relation: http://www.biwa.ne.jp/~negiboze/index2.html
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:永遠平和のために
Creater:カント
Subject:引用, 哲学, 歓待 所有権
Description:

その国の人間は、外国人の死を招くような結果にならなければ、その人間を退去させることもできる。しかしその外国人が、他国の地で平和にふるまうかぎり、敵対的な扱いを受けることがあってはならない。だが外国人が要求できるのは、客人の権利(この権利を要求するには、かれを一定の期間家族の一員として扱うという、好意ある特別な契約が必要となろう)ではなくて、訪問の権利であるが、この権利は、地球の表面を共同に所有する権利に基づいて、たがいに交際を申し出ることができるといった、すべての人間に属している権利である。地球の表面は球面で、人間はこの地表の上を無限に分散していくことはできず、結局は並存して互いに忍耐しあわなければならないが、ところで人間はもともとだれひとりとして、地上のある場所にいることについて、他人よりも多くの権利を所有しているわけではない。

(p47-48、394字)

Publisher:岩波書店(岩波文庫)
Contributor:宇都宮芳明(翻訳)
Date:1985-01-16
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-00-336259-4
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


No:
subNo:
Title:ノマドのユートピア
Creater:ルネ・シェレール
Subject:引用, 哲学, 歓待
Description:

人びとがいつも出会い、またいつかは出会うことになるのは地球が丸いからである。また、誰もが、自分に固有の場所において、ひとりの他者以上でも以下でもない存在にほかならないのは、地球が丸いからである。これは可能性の条件原理であり、カントの言葉でいうなら「超越論的」な原理であるが、しかし決定的というよりもむしろ「反省的」な原理であり、身体をそなえた経験的人間、すなわちこの地上の住人にとってしか価値も意味もないものである。動く人間は人と出会い、人を受け入れる人間である。このことは人が人になる過程におけるノマドの優先性を鮮烈に示してくれる。

(p25、267字)

Publisher:松籟社
Contributor:杉村昌昭(翻訳)
Date:1998-4-20
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-87984-193-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:哲学の舞台
Creater:フーコー 渡辺守章
Subject:引用, 哲学, 排除 監禁
Description:

私に重要だと思われたのは、工業社会において、一般に、十六世紀以降発展してきた資本主義社会において、如何にして、新しい社会的空間秩序が、すなわち社会的・空間的に空間を配分する方法が成立したかを見ることだった。結局のところ、一つの国家、文化、社会の歴史を、どのようにして空間の価値が決定され、分配されたか、そのやり方から書くことができると思うのです。
私にとって、このように社会的・歴史的な強い差異形成=分化を顕現した最初の空間は、〈排除〉の空間、〈排除〉と〈監禁〉の空間でした。この点で、何と言っても奇妙な現象があります。

(p29、261字)

Publisher:朝日出版社
Contributor:渡辺守章(翻訳)
Date:1978-08-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-255-78015-3
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


No:
subNo:
Title:哲学の舞台
Creater:フーコー 渡辺守章
Subject:引用, 哲学, 排除 監禁
Description:

古代ギリシア・ローマの社会では──特にギリシアの社会では──誰かを厄介払いしようと思えば、追放した。それはギリシア悲劇がよく示しているところです。と言うことは、いつでも周囲には空間があった。いつでも、人を他の場所に移す可能性があり、都市国家の側では認知していないか、少なくともそこに自分の掟や価値体系を及ぼそうとはしないような場所が常にあった。古代ギリシアは自立的な都市国家に分かれていたが、その周囲には、常に〈野蛮人〉が居た。つまり、ギリシアでは常に、空間と生の〈多形性〉と〈多義性〉が生きていたのであり、〈外部〉と〈不定なるもの〉が周囲には存在していたわけです。

(p30、283字)

Publisher:朝日出版社
Contributor:渡辺守章(翻訳)
Date:1978-08-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-255-78015-3
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


No:
subNo:
Title:哲学の舞台
Creater:フーコー 渡辺守章
Subject:引用, 哲学, 排除
Description:

ところが現在では、世界は一杯になってしまった。地球は丸くなったのであり(笑い)、あまつさえ人口過剰に悩んでいる。たとえば中世は、誰かを厄介払いするときには追放するというギリシア以来の方法を、長いこと踏襲してきた。中世において最も多く適用された刑は、追放の刑であったことを思い出しておかなければならないでしょう。「他処ヘ行ケ、モハヤ帰ルナ」というわけで、再び土地に戻ってこないようにと、焼ごてで烙印を押した。犯人についても同じだったのです。

(p30、219字)

Publisher:朝日出版社
Contributor:渡辺守章(翻訳)
Date:1978-08-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-255-78015-3
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


No:
subNo:
Title:哲学の舞台
Creater:フーコー 渡辺守章
Subject:引用, 哲学, 排除 監禁
Description:

ところが十七世紀に入ると、人口がかなり増大し、もちろん現代の状態とは比較にならないとはいえ、人々はこの世は一杯だと考え出した。十六世紀末から十七世紀初頭にかけては、国家だけではなくヨーロッパというものが、一つの政治的・経済的な実体となり出していくから、そのような国家やヨーロッパの内部での空間の組織が始まる。すると、誰かを厄介払いするために追放するというのは、もはや可能でも、また受けいれられるものでもなくなってしまう。そこで、〈排除の空間〉を、もはや〈追放〉の空間ではなく、〈監禁〉の空間として作り出す必要が生じたわけです。そこから、一連の空間的変化が生まれます。たとえば中世は、人が通常考えるのとは反対に、絶えず人間が動き廻っている時代だった。国境はなかったし、多くの人間が移動していた。僧侶、大学人、商人、時には土地を失えば農民もまた移動した。〈大旅行〉は何も十六世紀になって始まったものではないのです。ところが、西洋世界においては、十六、十七世紀になって、〈空間〉は安定し出す。それは、都市の編成、私有制の確立、監視方式の発達、道路網の拡充整備等と平行する現象であり、同時にまた、放浪者を逮捕し、貧乏人を監禁し、乞食を禁止したのです。こうして世界は固定化しますが、それは様々に異なる空間を制度として確立することによってのみ可能になった。つまり、病人、狂人、貧乏人の入るべき空間が定められ、金持の居住地、貧乏人の居住地、不健康な居住地等々が区別される。このような〈空間の分化〉は、われわれの歴史の一部をなすものであり、恐らく最も重要な要素の一つなのです。

(p30-31、722字)

Publisher:朝日出版社
Contributor:渡辺守章(翻訳)
Date:1978-08-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-255-78015-3
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:


「二次資料」

No:
subNo:
Title:地球は丸い?
Creater:攝津正
Subject:書評, 哲学, 歓待 排除
Description:

地球は丸い、それは歓待の原理であるとともに排除(監禁)の原理でもある。孤絶した転倒の島(ユートピア)が成り立ちえず、最も遠くまで進めば弧を描いて出発点に戻ってくることになるのも、地球が丸いからである。それは、異質なものを廃棄する外部がもはや無いこと、厄介払い(厄祓い)が外的にではなく内的になされねばならなくなったことを示している。哲学者たちが告げるように、この出口(外部)のない球体にどのように住まうかが問われているのだ。他者を歓待するといったかたちでこの球体に住まうのか、排除し閉じ込めるというかたちで住まうのか。或いはもっと身近にいえば、ゴミ処分場問題。もはやゴミを外部に廃棄し続けるわけにはいかず、内部で処理(リサイクル)するか、ゴミを出さないようにしなければならなくなった──これも地球が丸くなったことのひとつの帰結なのである。

(369字)

Publisher:(未記入)
Contributor:(未記入)
Date:2003-01-19
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:4-00-336259-4
Relation: http://www.asahi-net.or.jp/~js8t-stu/
Relation: http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/4/3362590.html
Relation: http://www.hotwired.co.jp/cave/work/w25002.html
Relation: http://nakayama.org/polylogos/philosophers/foucault/
Identifier:(未記入)
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:攝津正

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

    患者を悪くする方法について

 まずわたくしは学生時代から精神分析のマニアみたいになっていて、精神分析をやるには精神科医にならなければいけないと、仕方なく精神科医になりました。ですから、精神分析の本で読んだとおりに患者にしたのです。精神分析の本にこういうことが書いてあります。「精神分裂病に精神分析をしてはいけない、必ず悪くなる。だから、よく診断してヒョッとしたら精神分裂病ではないかと思ったら精神分析をしてはいけません」。
 医者になった時に、これは本当だろうかと思ってしてみました。患者さんを寝椅子に横にして医者は背後に座ります。そういう位置でやりますと、見事に悪くなって無茶苦茶になりました。そして当直医が大変に困りました。わたくしが治療した日は必ず当直医は大変になりました。

(p426-427、366字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 そこで、これはいけないと反省しまして、今度はお互いに顔の見える対面法で面接するようにしました。ところが、やはり悪くなる。これはいけないと思って、いろいろ患者さんの気持を察してわかってあげようと面接時間を充分にとりましてしますと、そうしなかった時よりも一段と悪くなります。どうして悪くなるのかなあと思うわけです。いろいろ考えるとたくさん悪くなる要素があります。
 一つは、分裂病の患者さんを寝椅子に寝かせて自由連想させますと、盛んに背後を振り向いて治療者の表情を見ようとします。それは分裂病の人にとくに多い。そのことから気がつくことは、先生は何を考えているんだろう、どんな顔で見ているのだろうか、と患者が思っているということです。つまり、何だかわからない状態に置かれているということです。そして、わからない状態においておくと、分裂病者を悪くできるのです。考えてみますと、これはあたり前のことです。精神の安定のためには現実検討が役立ちます。分裂病者だって後ろを見るという行為で、現実を検討しようと努力しているわけです。だから、現実検討をできにくいようにしむけると悪くなるのです。

(p427、516字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 それからもう一つ、精神分析療法では思っていることを何でもドンドン話しなさい、ためらってはいけません。これは話さないようにしようかな、はずかしいなあと思ってもドンドン話しなさいと指示します。これが悪くするための重要な方法です。土井健郎先生が秘密論として述べておられる点です。
 しかし、どうもそれだけではなく、自由連想させているとき、治療者がもう一つ何かしかけているようです。後ろに座って聞いているときでも、対面法で話している場合も、患者が何か珍しいような話をするとホーと言ったりする。治療者がそのような反応をするので、連想に拍車がかかって話が豊かになります。いろんな話に発展してふくれあがって、次第に支離滅裂になります。何かブレーキがはずれたみたいな、やりっぱなしのような状態にする。これが一つ悪くする方法であるらしいのです。
 治療者の応じ方で患者の連想がふくれあがって悪くなるのですから、しばしば熱心な治療者が悪くすることになります。熱意に邪念があるとかないとかに関係なく、熱意それ自体で患者さんが悪くなります。分裂病の治療に一生懸命苦労してやってきた人は、皆そうした悪くした経験を持っているものです。

(p427-428、533字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
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No:
subNo:
Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

    治療における患者の主体性について

 次に、治療における患者の主体性ということについてお話します。治療という一つの目標があります。その目標とは、患者の状態がいまよりも患者にとって、心身ともに心地よいものであり、しかも、まわりの人びとにとっても心地よいものであることです。まわりにとって心地よいことにならないと、まわりからの圧力で、患者がつぶされてしまうから、結局まわりにとってもよい状態ができないと、患者にとってよくないのです。具体的には、社会生活ができるということを目標においても同じことです。
 ところで、そうした目標に向って治療者たちはいろいろ考えていろいろしたりします。そのいろいろ考えた内容は広い意味で知識や情報です。その情報や知識が患者に、とくに分裂病の患者に伝えられていない。今日の医療の現場ではあまりに伝えられていないのです。

(p430、396字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
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No:
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Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 最近、分裂病者の何人かの人が本を書いていますが、その中で、「私は何年間も、私の主治医が私に分裂病という診断をつけていたのを知らなかった。分裂病と医者が考えていることが患者には伏せられていた」と書いています。また、みなさんの日常活動をみても、薬が投与される際に、その薬についてどれだけのことが告げられているでしょうか。医者がどういう目的で薬を増やしたり減らしたりしているのか、その治療者の頭の中に起こっている考え方が患者に伝えられていないのです。なぜ伝えられていないのでしょうか。伝えるとかえって害になることもあるでしょう、あるいは伝えても仕様がないからかも知れません。もちろん、何でもかんでも伝えればいいということにはなりません。バカ正直に伝えて患者が自殺でもしたら元も子もなくなります。しかし、せめてこのことはこういう理由で患者に伝えないのだと、理由をはっきりさせ、それ以外のことは伝えるほうがよいのではないかと思います。はじめの方に述べた寝椅子の上で背後をふりかえる患者のことを想い出してください。何だかわからない状態に置かれることは人間にとって有害なことなのです。

(p430-431、516字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
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Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
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Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 近頃、全国で情報公開を行政に要求する運動があります。情報公開を要求する側の論理と、それを拒否する側の論理とを思い浮かべてくださるとヒントになります。分裂病者に治療者たちが考えていることを伝えないときの理由に、似たものがあるのです。たとえば、情報処理能力が低い人に余計なことを教えると、無用の不安をかきたてるので伏せておけという論理が、行政の側にも治療者の側にもあるのです。情報公開を要求する側の論理は次のようになります。情報をある行政機関が独占していると、そのあるものを出したり、あるものをひっこめたり、時には歪めたりして、それによって巧みに住民をあやつることができるのです。

(p431、307字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
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Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 治療の場合でも、患者に知らさないことで治療者の操作を強力ならしめる効果があります。情報に無力な状態に患者を置くことによって、強力に操作しようとするこのやり方は、宗教団体とかファッショとか、人をひっぱっていく意図の強い人たちはみんなそうしているわけで、精神科医もそうしています。もちろん、結果さえ、操つられる患者にとってよいものであれば、操る力を人工的に増やしてそれでひっぱっていって悪いことはないのです。結果が良ければいいわけです。しかし、宗教団体の幹部もヒトラーでも、結果は良いと思っていたかもしれないのです。あまり操ることは芳しくないと思う人であれば、何とか一つでも二つでもこちらの中にある考えを患者に伝えることによって、患者が操られることの少ない、より主体的に振舞いやすくなる、治療参加者たりうる素地をつくったらよいと思います。「操る」という言葉は分裂病治療で特別の重要性があります。症状の中には操られる、受身、〜られるという受身型の病的体験がたくさんあるのです。

(p431-432、463字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
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Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 そのことに気がついて、何とか患者さんを主体的に振舞えるようにしてあげる、もっと受身的でないように振舞えるようにしてあげる、そうすれば受身的な妄想、幻覚の体験が減るのではないかと考えた人は、これまでもたくさんいました。そして、その人たちは患者を説得して自分の意見を出すようにさせます。患者が自分を出せた、主体的に振舞えたときには誉めたたえます。ところが、その様子を見てみますと、その患者さんは受身的生き方を克服するようにさせられているというパラドックスに気がつきます。治療者に対してはますます受身的になるわけです。むしろ、主体的に生きていくことは将来無理であるとしても、せめて治療者との間だけでもさせられることが少なくなるようにするのが治療的だとわたくしは思います。

(p432、354字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
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Title:神田橋條治著作集 発想の航跡
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 そのためには、治療に関する情報を患者が知っていることがとても大切なのです。情報や知識というものは、持っていますと、それらが組み合わさって自分なりにものを把握しているという感じになります。そして、アイディアがでてきます。分裂病者への治療者と呼ばれる人たちの対応の中で、ほとんど情報、知識は一方的に患者の側から治療者の側へ流入してまいります。情報の一方通行です。患者はあれこれと話すと、そうねそうねと書いたりしてカルテが厚くなるけど、それがどう治療に活かされたか、患者には全くわからないということになります。内科でもドンドン血を採られても検査のデータなんか見せてもらったことなどないですね。心理テストもそうです。心理テストの結果を患者に知らさない何か特別の理由でもあるのでしょうかねェ。こっちにもらった以上は学会や何かで見せるのであって患者には見せない。自分の分裂病観とかいうのは、こういう勉強会の時にしゃべるのであって、患者には話さない。そうやって操られる関係が続いていってよいのだろうかと疑問に思うわけです。患者に単なる材料の提供者以上の役割、治療者が提供した材料を基に考える役割を少しぐらいさせてもいいのではないか。どんな患者でも少しは能力をもっているのではないかと思うのです。

(p432-433、574字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1988-12-15
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4753388131
Language:ja
Coverage:(未記入)
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***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神科養生のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学,養生 ヨーガ
Description:

 (8)ちょっと死んでみる
 うつ的な気分になったとき、死にたくなる人は多いものです。これは症状です。ですから、ここにも自然治癒力のあらわれがあります。それを活用するのが、「ちょっと死んでみる法」です。これはヨーガの死体のポーズの応用です。図4─2に示すように、仰向けに寝ます。この時、掌を床に向けてください。そして、目を閉じて「わたしは死んだ」とこころの内でつぶやきます。つぎに、死んだわたしの体から、皮膚や肉がとけてゆき、大地に吸い込まれてゆき、きれいな白骨だけが残るとイメージします。そして、白骨をつないでいるすじもとけて流れ、白骨はバラバラになるとイメージしましょう。ここで、「地面が揺れると骨が揺れる」とこころでつぶやいて、地面が揺れるかわりに、ごくかすかに体を揺らしてみましょう。そうすると、まだ皮膚や肉がとけきっていない部分が感じられます。そこに注意を集中して、「とけてゆくとけてゆく」とイメージしましょう。全身の白骨がバラバラになったら、その状態を一分でも五分でも好きなだけ続けます。このときも「気持ちがいい」が大切です。死んだ状態が続いたら、つぎに、「わたしは生まれ変わる」とこころの内でつぶやきます。まず手足の先から中心へ向けて、つぎつぎに骨がつながってきて、そして大地のなかで浄化された肉と皮とが地からわき上がって骨を包みます。胸や顔のところで肉や皮が合わさって全身が完成したら、目を開きます。そして起き上がって下さい。どうですか。いま「気持ちがいい」なら、この方法はあなたに合っているのです。気が向いたときにしてください。考えてみると、死ぬことは、すべてを投げ出すことの極致ですね。この方法を寝る前にしてそのまま眠ってしまう人もいます。そして朝目覚めたときに、「生まれ変わる」をするのです。考えようによっては、睡眠は一時的な死とも言えますね。

(p54-56、784字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1999-5-12
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9902-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術 政治
Description:

 もっと悲惨なのは、苦痛が酷く緊急度が高いために、その苦痛の犯人である目前
の人物に、すがりついてしまう場合である。われわれは、新聞などで報道される種々
の悲惨な事件に接するたびに、被害者が状況から逃げ出そうと行動していないのを、
不思議に感じることが多い。典型的なのは、被虐待児である。彼らの親を慕う態度は、
安楽に暮らしている児童の、親への批判・反抗と好対照である。同様の例は、大人で
の虐待状況、軍隊、収容所、特殊な宗教や政治の団体、強圧政治など枚挙にいとまが
ない。すべて悲惨が酷ければ酷いほど、目前の対象が依存対象として美化され、批判
・反抗・逃亡の欲求が抑圧されてしまう。いのちのわがまま性が、トリックにひっか
かっているのである。洗脳をおこなうための、完璧な環境はこれである。このトリッ
クは、ヒトの内部に深く染み込んでいるものらしく、弱者を操作しようと意図すると
き、強者は、弱者を苦しい状態に導きそこに留めておこうとしがちな性向を、誘発さ
れるようである。精神療法関係も例外ではない。こうした事情の典型例として、昔、
「あさま山荘事件」というものがあった。

(p90、499字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術 政治
Description:

 この種の悲惨で泥沼的状況への埋没状態から離脱するための、魔法のカーペット
が、コトバを用いた認識である。すでに述べたように、コトバは仮象界の魔法の杖で
ある。現実には状況から離脱できないのに、仮象界としては状況を外から眺めるイメ
ージを作ることができる。コトバの本質的機能・精神療法におけるコトバの専任分野
はこれである。外から眺めているイメージを作ることで、現実状況を覆っている、迷
路やトリックが見て取れ、現実状況を改変する道が見て取れるのである。強圧政治が
言論統制を常とするのは、大衆が、いのちのわがまま性ゆえに引っ掛かっている前記
のトリックを見破ることができないように、するためである。
 コトバによって状況の外部にある目のイメージを作れることの効果は、他によって
は代行しえない。コトバの独占機能としての、「しらけ」を生む機能である。熱狂は
他の手段でも可能であるが、冷ます効果はコトバの独壇場である。少なくとも、対話
精神療法においては、そう心得ておくと、治療者の頭と行動とが整理される。

(p90-91、464字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神科診断面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 桜井先生の面接に魅了された溜息の中から、生れてきた第二の思いは、「技術は伝承されねばならない」というものである。(中略)
 名人自身は、自分と技術とを分離し客観視することができないもののようである。そのような事情があるため、あらゆる名人の技芸は、それを目の当たりにした人の内部に、生理的快感として残るに留まり、ついには伝説の霧の中に実体を没してしまう。このような、消え去るべき運命の技芸を伝承しようとするとき、おそらく、つぎのふたつの手続きがある。
 その第一は、名人芸を身近に味わった人たちが、よく観察し、その記録を文字として残すことである。これは昔からおこなわれていた方法であり、種々の聞き書きなどの形で残されているものは多い。ただ、質のよい記録を残すためには、記録者自身がかなりの腕前に達していなければならず、ごく初心者であったわたくしたちがそのようなことをできるはずもなかった。第二の手続きは、文明の利器を用いて、映像の形で残すことである。桜井先生の面接をそのような形で残しておく試みをしなかったことは悔やまれてならない。しかし、おそらく、そのような映像を残してみても、面接の本質は記録から抜けおちるだろうという気がする。これまでの種々のドキュメンタリーフィルムの持つ限界を思うとき、先生の面接の映像を残さなかったことは、かえってよかったかもしれないとも思う。
 技芸を伝承するためのふたつの手続きは、それぞれに限界をもっており、しかも桜井先生の面接技術は、いずれの形でも残されていない。しかし、技芸の伝承の道は、実はそのような手続きが主たる道筋ではないのである。多くの技芸は、師匠の身近に居る人の身体の中に、いつの間にか染みこむようにして伝わるものなのである。

(p14-16、753字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1984-4-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9408-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神科診断面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 小学館の日本国語大辞典で「初回」という見出し語を引くと、その語釈は簡単なものである。最初の回、第一回、と説明されているだけである。そして、その次の見出しに「初会」というのがあり、この語釈は盛りだくさんである。(1) はじめて会うこと。はじめての面会。初対面。……(2) はじめて開いた会合。最初の集会。……(3) 遊女が、はじめてその客の相手をすること。またその客。江戸、吉原遊廓では、二度目を「うら」といい、三度目以後を「なじみ」と称した。……とあり、種々の用例が並んでいる。精神科面接の本質を考えると、どうしても「初会面接」と書く方が、正しく意味を伝えるような気がするのだけれど、「初回」と書くのが、この世界の慣習になっているので、仕方のないことである。せめても、「初会」の語釈の(1) (2) (3) を味わって、「面接」のセンスを養ってほしい。

(p97-98、398字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1984-4-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9408-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神科診断面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 幼児に「なぜ」「どうして」と矢継ぎ早に問われて、親が困ってしまうという機能を発展させた用法もある。(中略)わが国で最も多く用いられるのは、「吊しあげ」と呼ばれる団体交渉風のいじめの場面である。十年ほど前、大学紛争の場面で、「なぜなんだ」「どうしてだ」と罵声を浴びせられた教授の先生がたが、うろたえ困りはてて、隠れていた自我機能の弱点を露呈させられた場面は、苦々しい思い出である。「なぜ」疑問文が、精神分裂病者に向けて投げかけられ、同種の「吊しあげ」効果を発揮している場面を目撃することは稀ではない。おおむね、教授よりもかなり自我機能の弱い病者であるだけに、痛ましさは格別のものがある。傷害作用を最も強めるのは、問われる人が一度も考えてもみなかった点をとりあげて、否定疑問文で問うやり方である。前述の叱責、強要の雰囲気まで加わって、拷問に近いものになる。たとえば、「あなたは、わたしの説明で納得できないといわれるけど、なぜ納得できないのですか」などといわれて、うろたえない人はよほど強靭な心の持主であろう。「あなたは、自分が融通のきかない性格だと思って悩んだことは*ないん*ですね。なぜですか」なども、患者を痛めつけて精神のタフネスを量る目的でおこなう毒針質問である。ところが、現実には問う側に毒針意識がなく、愛情と意欲とに満ちて、この問いがなされていることが多く、悲惨というほかない。

(p162-163、629字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1984-4-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9408-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神科診断面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 (3) 医原神経症
 的中しないコミュニケーションに、いや正確には、時折的中する程度のコミュニケーションに長時間晒されてでき上がるのが「医原神経症」の本態である。したがって、この病態は必ずしも、医療の場だけで起こるものではない。善意と、熱意と、どこか少し的はずれなコミュニケーション技術の三拍子が揃った助け人と長期間つきあってきた弱い立場の人には、同じ病態がみられる。たとえば熱意はあっても能力の乏しいスーパーバイザーに指導されている熱心な訓練生に、同様な状態が起こっているのをよく見かける。しかも多くの場合、医原神経症は神経症的加重であり、その下に、元々の問題点が潜んでいるものである。この種の患者の治療の原則は、まず、加重されている医原神経症の治療に集中し、本質的問題には当初手をつけないことである。そうでないと、泥沼にはまりこんだような治療状況になってしまう。近年精神科医の数も増えてきたので、治療暦をもつ患者が来院することも多くなっている。したがって、初診時に、医原神経症が加重されているか否かを診断する技術の重要性は増しつつある。

(p224-225、499字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1984-4-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9408-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神科診断面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 この状態に陥っている人には特別の雰囲気がまといついており、馴れてくると、割に容易に見抜くことができる。その雰囲気を言葉で記述するのは難事であるが、あえて試みるとつぎのようになる。
 一見して、水肥りのようなしまりのない肥りかたを示し、その動作に優美さ、滑らかさが失われ、不器用に見えるので、赤ん坊をそのまま大きくしたような印象がある。気分に、抑うつ的というか元気のないところと、妙に興奮しやすいというか力んだところとが、モザイク状に混在している。一般に不安な人は救助者を求める様子を示すものだが、通常の不安な人が浮袋や船を求めている雰囲気であるとすると、この人たちは、杭のような動かないものにしがみつきたがっている雰囲気がある。数年にわたる病歴をもった患者が、そのような様子を示しているときには、病歴の中に、濃厚すぎる対人関係の時期がありはしないか、なかでも医療上の人間関係がありはしないかとさがしてみるのがコツである。診断面接の最中に的中したコミュニケーションが成立した瞬間にごく一瞬、パッと瞳に灯がともる様子をみたら、診断はほぼ確定する。

(p225-226、500字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1984-4-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9408-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神科診断面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 対話精神療法は、本来、「偏見」の発見と修正とに役立ち、それゆえ、診断面接のセンスを向上させる作用があるのだが、現実に目を転じてみると、対話精神療法に熱心な人が、必ずしも診断面接のセンスが優れているようではない。むしろ、その逆の方を多くみかけるような印象すらある。
 そのような悲劇的な事態となるのは、ごく低次元の水準では、個々の精神療法家が、その依って立つ理論に密着しすぎて、理論が強力な「偏見」として働いている場合である。このような例はいわば論外であって、ここでことさら取り上げるまでもない。同様な低次元の「偏見」はどのような疾病観に立つ人にも起こることだし、医学以外の分野でも起こるものである。それよりも、ここではそうした低次元の例も含めて、人が自分の意見を変えることの難しさについて少し語ろうと思う。まず、ちょっとした小話を例に示す。熊さんとご隠居との問答である。

(p247、390字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1984-4-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9408-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神科診断面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 熊「御隠居さん、知ってますかい。こないだ越して来た向かいのうちの子、足つかってメシ食ってますョ」
 隠「そんな癖はよくないねェ。早く直さなきゃねェ」
 熊「けどね、あの子随分、両手がちっちゃいみたいですよう」
 隠「ああ、そうかい、そうだろう。熊さんは知るまいが、そういうことは、物の本にちゃんと書いてあってな、何といったかな、うん、廃用性萎縮というのが起こっているんだなあ」
 熊「エッ、何ですって? ハイヨーセーイシュクって、何の掛け声です?」
 隠「掛け声じゃない。人の体は使わずに怠けておくと、だんだん縮んでしまうということを、学問の言葉でそういうんだ。廃用性萎縮が起こっているところをみると、もう、その癖が起こってから随分日が経っているな」
 熊「何だ。学問の符丁ですかい、ええ、生まれてこのかた、足ばっかりつかってるって話で、そりゃ器用なもんでさあ。あれぁ、やめさせたら、メシ食えなくって痩せっちまいませんかねェ」
 隠「永年染みついた癖を直そうというのは、そりゃ、並みたいていの苦労じゃないよ。本人も、家の者も、心から治りたい、治してやりたいと念じて、苦しくても頑張らなきゃいけませんョ。熊さん、ご存知かい。馬を水ぎわまで連れてくることはできても、水を呑ますことはできない。結局、本人の意欲次第という理だなァ」
 熊「なるほどねェ。あそこの親の話じゃ、あの子が腹ん中に居る時分に、女親が妙な薬、呑まされたせいだというんですがねェ」
 隠「そうかい、そうかい。何か他のところにわけがあるとか、何かの祟りだとか、そんな風に辻褄をあわして、腑におちた気になる。昔から、迷信というものは、そんな風にしてできてくるんだ。熊さん。お互いに気をつけなきゃねェ」
 熊「御隠居さんは学問があんなさるから、ひとつずつ、こいつはこうだ、こういうわけだ、とちゃんと説いてくださるんで、すっかり腑におちますねェ」

(p247-249、812字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1984-4-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9408-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 喪失体験と抱えられの不足と揺さぶりの介入とが組み合わされると、悲惨な結果が生じる。校内暴力、家庭内暴力、医原症などはその典型である。なかでも、あとの二つは、揺さぶり行為の基盤が善意であるので、悲惨はさらなるものとなる。近年、精神療法家がこうした不幸に治療者として関わる機会は増えている。治療的関与の骨格を医原症を例にとって示しておこう。前二者への治療的関与の骨格も同じである。また、これ以外にも、同様の治療的関与が中心となる場合は少なくない。すべて、自己あるいは他者への暴力が結末となる事態である。医原症の場合は、手首自傷あるいは告訴が結末となる。そうした行動を支えるエネルギーは、「悲しみ」というコトバに最も近い内的雰囲気である。それがしばしば、怨念の表現形をとるのは、主体の自助活動の成果である。

(p197、372字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 医原症の治療は病歴の聴取に始まる。永い治療歴をもっている患者は、治療が成功していないから、いまも患者なのである。そのような患者の病歴聴取に当たっては、病の発端からの病歴を聴取しようとしてはならない。常に医原症の加重を疑い、まず治療歴の聴取からスタートするのがよい。

(p197、139字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 基底に流れる悲しみと怨念に対する、唯一の治療的関与は謝罪である。過去の治療者を含めた治療者集団、を代表して謝罪することが、自然な振る舞いである。南京大虐殺に日本人として謝罪する、絶滅してゆく地球上の種にたいしてヒトとして謝罪するのと同じである。患者が子どもであれば、大人の代表として謝罪の姿勢を示すのが人として自然である。そのさい、早々と謝罪するのではなく、自分の謝罪という行為が、自分自身にとってもやむにやまれぬ行為となるまで、そこまでの気持ちのたかぶりに到達するまで、待つのが定石である。これは、謝罪というヒトとしての自然な気持ちを、単なる技法として用いてしまうことがないように、自己へ向けておこなう技法である。しだいに高まってくる申しわけなさの気持ちを抱きながら、患者の悲惨な歴史と悲しみと怒りとの的を引き受けるのが抱えであり、早々の謝罪はむしろ揺さぶりの技法である。医原症ならびにその近縁の状態への治療的関与にさいしては、精神療法とは何か、との自問を一貫して心の片隅に置くのがコツである。


(p198、476字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 治療者が技法を越えなくてはならないもう一つの特殊問題は、自殺である。総じて、精神療法にあっては、治療関係に入ることと関係を切ることについては、患者の意向を尊重し、まず試みに意向どおりにしてみて、その結果しだいでまた考える、という方針をとるのがよい。(中略)
 ところが、自殺はしばしば、治療関係を切る意向を含んだ意志決定である。またしばしば、自殺には利他の意図をもつ自己犠牲のテーマがある。本書を執筆している時点でわたくしには、助言と呼べるような対処法を持ちあわせない。現在とりあえず拠っている自分用の定石は、考えに考えた挙句のものである。それを次に提示しておく。

(p198-199、299字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 まず、証明されざる前提として、「すべての自殺決定は、正常な選択である」と考えることにする。むろん、基底には、さまざまの方向への思いや意向が引き合っているのだろう。そのなかには、病的な力とみなすべきものもあろう。しかし、最終的に行為が選択された瞬間、その決定をおこなった主体を尊重する、という前提を置かないと、対話精神療法の基盤が消滅すると思う。対話精神療法が「人操り」になることを避けたいと思う限り、この前提を置かざるを得ない気がしている。その上で、自殺未遂、語られる自殺希求、語られぬ自殺希求、自殺決定について、わたくしのおこなっている定石を述べておく。

(p199、282字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 自殺未遂については、それが確かに「最後の解決手段」であったと、わたくし自身が納得できることを求める。納得できない間は、まだ事情を充分に聞きえていないのだと自分に言い聞かせ、質問を重ねる。そうしていくと、さまざまに語られる事情のなかに、これから改変することの可能な事情が幾つか浮き出てくる。そのなかで、治療関係や治療状況の一部であるため直ちに改変可能な事情を、まず改変する提案へと移る。そうすることで、自殺行為はコミュニケーションの役割や外界操作の役割を付加されることになり、「関係を切る」行為ではなくなる。

(p199、269字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 語られる自殺希求は、それを直ちに行為に移さず、対話という枠のなかに置いた、患者のその選択を評価する。そして現在の対話の枠がこのテーマを縦横に活動させうるほどの確かさをもつかどうかを量りつつ、コトバとイメージとを用いて箱庭を描いてゆく。「イメージだと取り返しがつくので、試しに死んでみることでいろいろなことが見えてくる」と話したりする。
 患者がコトバに出さずとも、いろいろな様子から、自殺希求のあることが察知されるものである。そのさいは、機会を捉えて、「このような状況では自殺を考えるのが自然であり、決して病的ではない。あなたも、そう思うでしょう?」と問いかけ、語られない自殺希求を語られる自殺希求に移すことを考える。問いかけの瞬間、確かな抱えの枠の雰囲気を送り届けることができないなら危険である。

(p199-200、369字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 語られるにせよ語られないにせよ、患者の自殺への傾斜が、決定・選択に近づいていると感じられることは、重症の症例、治療者としても無理もないと感じられる状況で、少なからず見られる。緊急例としては、別れの電話がかかった場合や、外来での面接でこのまま帰すのは危険だと思われる場合などがある。そのさい当然、わたくしは冷静ではあり得ない。進退窮まった心境のなかで、ほぼ次のような内容を、筋道立てず、くりかえし、患者に訴えかける。
 (1) 「すべての自殺決定は正常な選択である」と考えていること、(2) 自殺を止めたいという周辺の人びとの思いも自然なものであること、(3) わたくしがあなたに生きていて欲しいと頼むのは、つきつめて考えると、わたくし自身のためであること、(4) あなたに生きていて欲しいと思うわたくしの欲求の大部分は、わたくしがあなたの治療者であるということに由来すること、(5) 治療者としての部分を引き去ってみると、より小部分ではあるが、人としてのわたくしの心があなたに生きていてほしいと頼みたい、ことが見えてくること、(6) このわたくしの小部分は、多くの人が共有しており、人と人とをつなぐ絆、であると感じること。
 そのように訴えかけるとき、確かにわたくしは、患者に救いを求めているという自覚がある。そして、「人という字は互いにもたれあって立っている」という言い回しが、最近聞かれなくなって、代わりに「自立」ということばが頻出するのは、悪貨が良貨を駆逐した例ではないかと思ったりする。

(p200-201、686字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術
Description:

 (1) 窮すれば通ず
 治療者としてのスタートのころ、師匠や同僚や病棟スタッフに抱えられた恵まれた環境であり、新鮮な発見に溢れてはいたものの、治療としての大局からは挫折の連続であった。「倒れたら泥でもつかんで立ち上がろう」という標語を作って、ヒロイックな心境を支えにする時期がしばらく続いた。そのうち、苦しくてもがいていると、思いがけない展開で水面に浮かび上がれ、患者ともども息がつけるという体験が再三起こった。「道はかならず開ける」と、希望を信じることを支えとするように変わった。
 余裕ができたので、道はなぜ開けるのか、できれば早めに拓きたいものだと欲がでてきた。偶然の幸運で、窮すれば通ずの基の形が、「窮すれば即ち変じ、変ずれば即ち通ず」であることを知った。その瞬間に把握感があった。通じるためには変化しなくてはならず、変化するには充分に窮しなくてはならない。早め早めに窮していくのがコツであると連想した。そして、道が拓けず困っているときは、実は窮していることを心のどこかで否認していることに気づいた。窮している自己のありさまに充分に直面しさえすれば、ほどなく、自分の内部に崩壊感を伴った変化が生起し、引き続いて新鮮な連想が突然湧いてくることをくりかえし体験した。なぜそうなるのかを知りたいと思い、カタストロフィ理論など呼んでみても、腑に落ちなかった。
 理屈は分からなくても、起こってくるのは確かなので、以後今日まで、この標語がわたくしの頼りの宝杖となった。この杖を頼りに、一つずつの局面を拓いて歩いてきた。本書の助言のほとんどは、この杖がもたらした収穫である。そのことを、後輩諸氏に伝えておきたくてたまらない。

(p227-228、726字)
 
Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:神田橋條治

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神科養生のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学,養生
Description:

 ではまず、養生のコツのなかでいちばん大切な、基本となる助言からはじめます。
「気持ちがいい」という感じをつかんで、その感じですべてを判定すること。これは、
大げさに言えば、この本の残りの全部の章を合わせたほどの重要性があります。(中
略)いつもいつも「気持ちがいい」という感じをつかんで、それを羅針盤にして進ん
でください。

 練習の第一段階
 日々の生活のなかで、自分なりに「あぁ、気持ちがいい」あるいは「気分がいいな
ぁ」と感じる瞬間を探すつもりでいて下さい。そして「気持ちがいい」と感じる瞬間
に出会ったら、その感じのなかに居て、その感じを味わいながら、次のように考えて
みましょう。「この気持ちの良さを、もっと良くするにはどうしたらいいだろう? 
何があればもっと良くなるだろう?」そしていろいろと空想して下さい。自由に空想
してください。実現不可能なことでも、非道徳的なことでも、口に出して言えないよ
うなことでもかまわないのです。ただ思うだけですから。「気持ちがいい」という感
じのなかに浸っている間に、そうした空想を続けてみましょう。

 練習の第二段階
 いろいろな空想の中には、今すぐに実行できることもあります。「目を閉じてみた
ら」「深く息を吸い込んでみたら」「ケーキを食べてみたら」「バカヤローと怒鳴っ
てみたら」「壁を叩いてみたら」「貧乏ゆすりをしてみたら」「歩きまわってみたら」
などです。そうした空想がでてきたら、その場で実行してみて下さい。そしてその結
果おこってくる気分や気分の変化を味わってみましょう。空想で予想したとおりに良
い気分が増したでしょうか。あるいは、あて外れだったでしょうか。だんだん繰り返
し工夫して、予想が的中するように練習してみてください。

(p11-12、772字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1999-5-12
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9902-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:精神科養生のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学,養生
Description:

 この練習をいろんな人々に試してもらってはじめて分かったことがあります。それ
は、「気持ちがいい」という感じをつかむのに慣れていない人がとても多いというこ
とです。そのような人は、多分、これまでの人生で「……したい」よりも「……すべ
き」という方針を大切にして生きてこられたのでしょう。自分の欲求にそうよりも周
囲からの助言や命令や期待や価値観にそって生きてこられたのでしょう。その結果、
自分の欲求をつかむ能力が育たなかったのでしょう。ただし、そのような人でも、不
幸な状態になっているいまは、「苦しい」「辛い」「いまのこの状態から抜けだした
い」という気持ちを感じることはできます。ですから、いくらか抜けだせたときの
「あぁ、楽だ」「ホッとした」という瞬間はつかめるものです。これも「気持ちがい
い」の一種ですから、そこからスタートして下さい。しだいに、「気持ちがいい」の
感じが分かるようになります。

(p13-14、413字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:
Date:1999-5-12
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9902-8
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 治療技術 診断法 境界例
Description:

 いまひとつ、患者の行動・言語の領域だけでおこなう診断法もある。医師でない精神療法家にはこのやりかたのほうが使いやすいだろう。まず、「……たい」と「……べき」という二つのコトバを用意する。前者は欲求の表出であるから、生体のわがまま性をより多く映しだす。後者は理念であるから、生体と乖離したコトバ文化の尺度をより多く映しだす。そこで、目前の患者が示す行動・言語活動のあれこれに、この二つのことばをくっつけてみて、その行動や発言内容が「……たい」に由来する活動なのか、それとも「……べき」に由来する活動なのかと味わってみるのである。当然、「……べき」活動の割合の多い患者ほど、コトバ文化により生体が無理を強いられている人ということになる。さらに、両者が絡み合っている患者、つまり「……べき」を「したい」人とか、「……たい」を「すべきだ」と考えている人とかは、病態の複雑な、「厄介な症例」であると診断してよい。これについては、第七章で再びとりあげる。

(p71、422字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990/9/3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

***
「一次資料」

No:
subNo:
Title:青年期境界例
Creater:成田善弘
Subject:書誌, 精神医学, 境界例
Description:

 無垢
 このようにヨシオの言動は矛盾に満ち、社会道徳的には許されぬ振舞いもある。し
かしそれによって治療者が陰性感情を抱くことは少なくとも治療初期にはまったくと
いってよいほどなかった。治療全体を通じても、ヨシオに対して治療者が怒りや敵意
を感じることはきわめて少なかった。これには、ヨシオに怒りを表出させることが不
十分であったというこの治療の限界、そして怒りに対する耐性が低いという治療者と
しての私の問題が関係するのでひとまず措くとしても、一般に境界例に対する精神療
法において治療者が患者に陰性感情をもつことは思いのほか少ない。彼らにはどこか
無垢が感じられるからである。彼らはさまざまな要求を持ち出してくるが、患者であ
ることを利用して治療者を搾取、操縦するといった印象は受けない。彼らはある意味
で人を操縦することにきわめて長けていて、振り返ってみて治療者が操縦されていた
と気づくこともあるが、ヒステリー者に接しているときとは一味違って、結果的に見
ると確かに操縦されているのだが、そのさなかにおいては、彼らにはそうする以外に
道がないのだと感じられて、嫌悪の情が生じないことが多い。

(p54、513字)

Publisher:金剛出版
Contributor:
Date:1989-2-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7724-0306-X
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:青年期境界例
Creater:成田善弘
Subject:書誌, 精神医学, 境界例
Description:

 神々のドラマ
 彼らは治療者の眼前で、人間存在の本質にかかわるドラマを演じ、深い感情や衝動
を露呈し、かつて神々にのみ許されていた近親相姦や親殺しを口にし、ときには実演
する。それは恐ろしいことではあるが、そのドラマをまのあたりにする治療者に、自
分が神話的ドラマに参入しているというある種の精神の高揚を与える。このことが治
療者をして境界例に対して陰性感情を抱かせることを少なくさせるのかもしれない。

(p54-55、207字)

Publisher:金剛出版
Contributor:
Date:1989-2-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7724-0306-X
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:青年期境界例
Creater:成田善弘
Subject:書誌, 精神医学, 境界例
Description:

 事実、境界例の青年はおとなしく見えているかと思うと、突然人が変わったように
激しい感情をあらわにしたり、予測し難い行動化を起こしたりするが、そのあとけろ
りとしてもとに戻り、その間のことについては事実は認めるもののまるで責任を感じ
ない。そこには、境界例青年のなかの幼児と大人の併存、正常心理と精神病に近いほ
どの病態心理の併存がある。治療のなかでそういう事態を解明し統合してゆくことが
必要なのだが、まずさしあたり、境界例には「裏返し」現象があると頭に入れておく
のがよい。そうすると彼らの急変に驚いたり、治療的に役に立たぬ道徳的非難を浴び
せることが少なくてすむ。

(p74、292字)

Publisher:金剛出版
Contributor:
Date:1989-2-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7724-0306-X
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:青年期境界例
Creater:成田善弘
Subject:書誌, 精神医学, 境界例
Description:

 奇妙なことに、彼ら自身は自分たちが「裏返し」になることに気づいてはいない。
裏と表を併存させて平気なように見える。(この点、対人恐怖症者が「オモテの形成
が不十分でウラがもれ出てしまうことを恐れる」のに比べて病理が深いといえよう。)
しかし対象に関しては、表の顔がひっくり返って裏の顔になることを恐怖している。
ある女性患者は「人はがらりと変わって恐ろしい人間になる。先生(治療者)も今は
やさしいが、がらりと変わっていやらしい人間になるのではないか。私に襲いかかっ
たりするのではないか」という。またある男性患者は「先生は感情の起伏が少ないよ
うに見えるが、それが心配。もしかしたら急にヒステリーみたいになるのではないか」
という。彼はさらに「自分の心の秘密を打ち明けたいが、先生の地位に問題がある。
先生が世界的に有名な医師なら、患者の秘密をもらすと致命傷になるからもらさない
だろうが、先生はそれほど有名でないからもらすかもしれない」という。またある女
性患者は「子どものころ、母が買物に外出すると、もう帰ってこないのではないかと
不安だった。母が『ただいま』といって帰ってきても、『本当のお母さん?』と何度
も確かめた。誰か別の恐ろしい人間がお母さんのお面をかぶって私を殺しにきたので
はないかと不安だった」と語る。この、母親ががらりと変わることの背後には、実は
患者の激しい攻撃性がある。自分を置き去りにした母親への患者の激しい攻撃性が、
彼女の精神内界の母親像を破壊している。彼女の憤りが、彼女の心のなかの母親の顔
を写真を切り裂くように破壊しているのである。なつかしいよい母親の顔が失われて
しまったという不気味な不安が彼女の言葉からもうかがえる。自己の内なる攻撃性が
対象の恒存性の成立を不可能にしているのである。そして、これは幼児期の回想であ
ると同時に、現在の母親への、そして今面と向かっている治療者へのひそかな不安で
あることはいうまでもない。彼らはいつもこういう不安をもっている。相手ががらり
とかわって裏が出る。仮面が剥がれてよい人が恐ろしい人になる。他者が善意を向け
てくれたとしても、その背後には必ずやその代償として自分の大切なもの、たとえば
性や秘密や主体性を奪おうという悪意がひそんでいるのではないかと彼らは恐れてい
る。

(p74-75、1004字)

Publisher:金剛出版
Contributor:
Date:1989-2-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7724-0306-X
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

No:
subNo:
Title:青年期境界例
Creater:成田善弘
Subject:書誌, 精神医学, 境界例
Description:

 こういう対象に対する恐れを彼ら自身に対する恐れの投影と見ることはむしろ容易
だから、治療者はそれを患者に投げ返したくなる。患者の表をひっくり返して裏をあ
ばいてやりたくなる。そうなると、治療者は彼らにとって実際に「恐ろしい人」にな
る。感情の起伏が少なく淡々と聴いていた治療者が、急に詮索的になり侵入的になる。
彼らは裏切られたと感じる。これをすべて患者の攻撃性の投影とすることはできない。
治療者は実際いら立っている。怒っている。侵入しあばきたがっている。治療者は患
者の予期したとおりの恐ろしい人物に実際なっている。治療者の表がひっくり返って
裏があらわになっている。患者の表をあまりに早く裏返そうとすると、治療者の方が
裏返しになってしまうのである。

(p75-76、337字)

Publisher:金剛出版
Contributor:
Date:1989-2-10
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7724-0306-X
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
Amazon:

***
「一次資料」

NO:
subNO:
Title:精神療法面接のコツ
Creater:神田橋條治
Subject:引用, 精神医学, 文明 地球環境
Description:


 ヒトから人へと発展した個体はみな、爆発的に拡大したコトバ文化を生きている。しかし、人は依然ヒトでもある。動物としての生体を生きてもいる。そして、二つの生きかた間の矛盾の結末として、本来枝葉であるコトバ文化が、しばしば母屋である生体を侵害している。そのとき、生体にとって文化は癌腫である。ちなみに、もし他の生物が口をきけたらきっと、「ヒトって、地球に生えた癌ネ」と言うのではないだろうか。近年、世界中で湧きあがっている自然保護運動と「身体」への関心の高まりとは、同じ起源をもっているのだろう。すなわち、コトバ文化の跋扈への生体からの危機感、の表明である。しかし、戦いの場では、新しいものが古いものを圧殺するのが常である。自然保護の運動に勝ち目はないだろう。そして、新しく生じたものが、自己の源であるふるいものを圧殺しおえた時が、新しいものの滅亡のスタートであるというのも、癌の場合に限らず、われわれが見聞きするすべての事象に共通する鉄則である。古いものは新しいものを支えている存在であるからである。新しいものが生き残るには、古いものを自己の一部として大幅に取り込み保存するしかない。はたして、いまからでも間に合うものかどうか、わたくしには分からない。ただ、癌の場合と異なり、地球環境の悪化の結果、人類は比較的早い段階で消滅する。その時点で地球環境のさらなる悪化は停止し、地球に具わっている自然治癒力が事態を好転させるであろうと期待できることが、せめてもの心の安らぎである。

(p68、675字)

Publisher:岩崎学術出版社
Contributor:(未記入)
Date:1990-9-3
Type:(未記入)
Format:(未記入)
Source:(未記入)
Relation:(未記入)
Identifier:4-7533-9005-5
Language:ja
Coverage:(未記入)
Rights:
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