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完全なる独り言


日記鯖システム管理者からのお知らせ

  • HTTPSに対応し、http://ds.sen-nin-do.nethttps://ds.sen-nin-do.net のどちらでも日記鯖にアクセスできるようになりました。 なお、当面はHTTPとHTTPSのどちらも利用可能としますが、将来的には http://ds.sen-nin-do.net へのアクセスは https://ds.sen-nin-do.net へ転送する予定です。
  • 都合により日記鯖のURLが http://ds.wa-mo.to/ から http://ds.sen-nin-do.net/ に変更となりました。 突然で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。(2019/01/27)
  • 日記鯖の仕様変更、不具合対応等については、こちらの記事もご覧ください。

空は青く、森は蒼く、海は藍。

頭の中を整理するために。

心を確認するために。

前を向いて歩くために。

溢れる思考と感情と想いをなるべく正直に。




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2006年02月11日(土) 心と体の比率

大沢在昌氏の「天使の牙」という本がある。私はこの本がとても好きだ。
よーするに小説で、思い切りフィクションなわけだが、緻密な構成と感情の動きを丁寧に書いてあるのでリアリティというか、嘘か本当かの前に引き込まれる。

ジャンルがこれまたわからない。この人の作品は、「新宿鮫」が有名だが、とても思い切った発想をする人なので、ハードボイルド作家とか、エンターテイナーとか言われているが、この作品は私の中では恋愛小説かな。そんな言い方があるかどうか知らないけど人間小説と言ってもいいかもしれない。
単なる恋愛小説と違って、主題となるストーリーがまったく別に存在していて、それがまた面白い事とも引き込まれる要因だろう。

細かな内容はこの雑記の数少ない訪問者の中に、これから読む人がいるかもしれないので割愛するが、人は愛する人の姿形が変わっても愛せるのか。自分の姿かたちが変わっても、心はかわらないでいられるのか。愛する人がいる時の感情がとても心に染みる。
病気になって…とか、怪我をして…なんて小説はそこら辺にゴロゴロあるし、私はそういう病気物の感動本は嫌いだ。
怪我をして姿かたちがかわった恋人を愛して、寄り添い続けるなんてものは現実にも沢山ある話だが、かえってうそ臭く安っぽいドラマのようで読む気になれない。

そんなんじゃなくて、姿かたちがまるきり別人になってしまうのだ。自分がまるきり別人になった時、愛する人がそうなった時、それでも自分を相手を愛し続けられますか。
中身が変わらなければそれでいい。現実を目の前にしたとしても本当にそう言えますか。
変わってしまった当人の心だって、前とまったく同じでいられるはずはない。例えそれが、凄く美人になったとしても。
この本は、続編があり、「天使の爪」というのが出ている。
副題である恋愛の部分はこの2作で完結しているので、もし読む人がいれば是非こちらも読んで欲しい。2作読んだ上で結論を出して欲しい。

私の書いたものを見て読んでみようと思う人がいるのかは甚だ怪しいが…。

私には今、心から愛する人がいる。その人がもし心を除いて別人になったら。。。それがキレイになっても醜くなっても愛する心は変わらない…だろうなぁ。自分が変わったら…それでも前に進み続けられるだろうか。。わかんないなぁ。

2006年02月14日(火) だるい×2

だるい…最初も書いたけどこのだるさはちょっと違う。
要するに具合が悪いらしい。
体が痛くて熱があるといえば1つでしょう。
インフルエンザキター Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!

しかしこんな時間ですよ。夜間診療も既に終わりです。
まずいですねー。タイピングなんかしてる場合なんでしょうか。

昔から周りが引いていない風邪を引いて回りにうつさないと言う素敵な隣人愛を持つ私は、今回も静かに1人で具合が悪くなっておこうと思う。

そして毎度の事だけど、普段丈夫で通っていて、しかもろくな生活態度をしていない私は、具合が悪くなると優しくしてもらいたいくせに、ほら見たことかと言われるのが嫌+日頃強気なので弱気が出しにくい。ため、かなりの範囲に平気な顔をする。
さぁ…どこまで平気な顔が出来るのか。
相手はインフルエンザである。

どうにもこうにも…頭も痛くて思考回路が回らない。。。
このだるさ、3日もあれば取れるかな。
3日の辛抱。3日のやせ我慢。
維持を貫き通すには前回のインフルエンザに比べて少しだけ若さがないかもしれない。

この雑記が3日以内に更新されれば強情張ってるなと思ってください。

2006年02月18日(土) 誘惑に負けた

意地を通そうと更新を何度か試みたが、引き篭もり布団の住人になってみてその心地よさに吸い取られて挫折。
そう、挫折するのもまた自分の人生の中にありがちな出来事。

まあ実際、物凄い熱と体の痛みにそれどころでなかったのは確かだが。
それでもPCを開くところがまた、ヒッキーらしいところだ。
もちろん、それでもこんな自分にも生活はある。

だから、出かけることもあれば仕事もある。
それらを放棄し布団の中にいる心地よさは、具合の悪さとは別の部分で気持ちよいものだ。
寝たいときに寝て、目は覚める時に覚める。痛みにもだえ苦しみながらもその静けさの中、唯一逢いたい人の事だけを想い、声を聴きまた眠る。
人は孤独だ。それは1人でいる時よりも案外大勢の人といる時、都会の雑踏なんかで強く感じるものだ。
が、弱っている時もまた自分が孤独か否か、考えさせれる。

孤独とは1人でそこにいるのか、話し相手・遊び相手がいるのかではなく、心の中に自分を想っていてくれる人がいるかどうかだ。
たった一人でいい。
心から自分の事を誰よりも想っていてくれる人がいれば。そしてそれが自分の望む人であれば。
傍にいるかいないかは問題ではない。