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何事も永遠はないものである。良い事もあれば悪い事もある。
というよりもむしろ、良い事があればあるほど悪い事との落差が激しく、悪い事の重みが大きくなるのではないだろうか。
もちろん、逆もまた然りなのだが。
物事が不安定な時、その不安定な息苦しさから開放されるには、時を待つ以外では皆何をするのだろう。
あまりにも息苦しいから、何かしら気持ちの持ちよう、行動などでその不安定に対処しようとすると思う。
何か悪い事が起きて、それは例えば、振られたり、職を失ったり。そうした結果が出た状態ならば、浸りこむ事、なんでもないさ、と思い込もうとすること。何かどうでもいいことに無理矢理没頭して忘れようとすること。失ったものの代わりを探す事。できるだろう。
そう考えると、悪い事がおきたときよりも、起ころうとしている悪い事に向かっている状態が一番の地獄なのかもしれない。
振られそう。首になりそう。そうした失う危機感を感じている時はどうして過ごしているのだろう。
物事は全て人が関わっている。だから、予め予測できてしまう悪い事でもそこに向かって動き出したものを回避する事は自分の力では出来ない。自分にとって大事なことが他人によって決められ、他人のタイミングで動きだす。
何も出来ない。あがけば加速して、もっとひどい事になるかもしれない。でも、何もしないでいるにはそれが何時まで続くのか分からない不安が平静を保つことを阻止する。
けれど、オロオロ泣いてばかりではいられない。気持ちの上でそれが全てであっても、現実にはそれだけに自分の心も行動も全て使うことは出来ないから。
誰かと笑って遊ぶ。そんな気分にはなれない。不安に心を奪われ、その話を口に出すのも恐ろしく、かといって、何事もない顔して人と接するのも辛い。
一日の中に何度も、押しつぶされそうな地獄と、気のせいかも。もしくは、それならそれでいいや。と落ち着いたり。。。
気持ちの上下は激しく、それだけで凄い気力を消耗する。
そんな時、どんな風に自己を維持しますか。
考えないようにする。なら、考えないようにするにはどうする?
あがく。後で後悔しないように。なら、どうあがく?人の心は変えられないよ。
どうするどうする。