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おや珍しい。また書いてるよ。そのうちまたどーーんと書けなくなったり書かなくなったりするんだろうな。
そう、自分はそんなにちゃんとした人間ではないのでw
今日は無題。タイトルは思いつかず、でもなんか書きたいなーと思ったので。こんな時に書くとまとまりがなくなる気もするけれど独り言ですから、はい。
書きたい。これ大事。書ける。これも大事。
書きたいけど書けない時もある。
「しなければならない。」と「したくてする。」の比率はみんなどのぐらいなんだろう。
まぁ、子供じゃないんだから、しなければならない。が多くて当たり前。みんなそう。そういう声が聞こえてきそうだけれど。
自己の欲求の欠如と、したいけどできない。の大きさ。内的なしなければならない。の量の多さが問題なのかな。
同じ、「しなければならない」でも何々したいからこれを「しなければならない。」ならずいぶん違う気がするんだけどね。
外的な「しなければならない。」
これは仕事しなければならない。嫌だけど仕事だからするしかない。みたいなもの。
内的なそれは、
自分の中でこれはこうしなければならない。という自己規範。
自己規範と言っても厳格な人間ではないのでそんなにすごいものじゃないんだけれどね。
それは頭でわかっていても出来ない。になるから出来ないと結構しんどいですね。
先日、自分のための人生を手に入れたかったと書きましたが、実際には、したいから頑張る。ではなく、そのためにこう「すべき」そう信じて、「すべき」ばかり頑張ってきた私はそれで一度完全に潰れてしまっていますです。
だから今はささやかでも自分がしたいと感じた事は大事にしようと思っています。
話が飛びました…。
そう。しなければならないの多さに不満が言いたいのではなく、こなせない自分を見てるわけです。
そうは言っても仕事してますよ。一応。収入に見合った仕事はしているはずです、たぶん。転職したいとは思いますけどね。
私はいつも頭に浮かんだものを個人や具体的な背景を特定させないように書くので、感覚的な人間がさらに抽象的に書くという…これは公開という性質のせいではなく、私の性質の問題ですね。
誰にも見せるつもりがなくて書くならばもう少しオープンでいい気がするんだけれどねぇ。
こういうのもしたいけどできない。すべきと頭でわかっていてもできない物のひとつなのかな。
直情的な人間に憧れます。
またまた話が飛びました。
でもお蔭様でひとつわかったことがあります。
何でこんなこと書き始めたのか…先日些細なことで数年前のまさに封印していた出来事を思い出したんですよ。そこにある、裏切り、悲しみ、憎悪、後悔。あの時は支えとなる人も物もなく、むしろそうあるべき人や物が率先して、あるいは追い討ちをかけるべく存在したような。。
忘れてなんかいなかったけれど、どこか封印していたんでしょうね。
それを思い出したら何故かこんな事書きたくなったようです。
傷跡は残っていても自分の中で過去に出来ているもの。少しはマシになったもの。さらに悪くなってまずいだろwってもの。色々だけど。
今は心に大きな支えがあるから幸せなんだと思います。