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完全なる独り言


日記鯖システム管理者からのお知らせ

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  • 日記鯖の仕様変更、不具合対応等については、こちらの記事もご覧ください。

空は青く、森は蒼く、海は藍。

頭の中を整理するために。

心を確認するために。

前を向いて歩くために。

溢れる思考と感情と想いをなるべく正直に。




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2006年09月11日(月) ぼよよん

ここをほったらかしにしていたツケが来た(ぇ
最近忙しかったり、書きたいという欲が湧かなかったり…理由はいろいろなんだけれど放置してました。
まぁ、私がここを放置していたからといって熱心なファンがいるわけでもないので誰も困らないのだが。
「書かなければならない」という気持ちで書いても本末転倒ですからね。あくまでも自己マンのための独り言なので。

以前、ここにあった日記で 
「汗をかいて手がベタベタして気持ちが悪いので洗ってみたら思いがけず、すがすがしくて気持ちよかった。」と書いていた人がいた。その人は続けて「ベタベタしてるから洗わなければならない。と思うと苦痛だが、さっぱりしたいと思って自主的にやる行為は同じ事でも気持ちがこんなに違うものなのか。こんな風に色んな事を少しずつやって行けたら良いな」というような事を書いていた。
この日記はもう閉鎖されてしまったようなんですけどね。なんとなくわかるなぁと思って記憶に残ってます。

今日は働いたよ。朝から3日分ぐらい働いた気がする。まぁ、気分が良かったというか気が向いたというか…「しなければならない」事ばかりだけれど、できる時に気合でこなす。という意味では爽快度はそこそこかな。
だから明日から3日はさぼろうかな(ぇ

サボっていたツケ…むしろサボっていて幸いだったのか…自分を知る誰にも公開予定がなかったのに1人に教える羽目に><;
ある意味事故なんですけどね。教えろと迫られた時に「書いてるなんて言わなきゃ良かった。」とか「閉鎖したと言おうかな」とか色んな事が頭に浮かんだんですけどね、、、他の人にならともかく、その人には「閉鎖した」と嘘がつけませんでした。
もともと嘘ついて平気なタイプじゃないけど、それでも自己防衛のためや、それが仕事なら嘘もつきますよ。自分がとっさに嘘がつけないほど頭が回らない事もない。
相手のためを思っての嘘。ってのは出来るかビミョ。その大義名分に疑問があるから。

それにしても何故その人に「自己防衛」のための嘘がつけなかったのか。
嘘をつかない。そう約束してる相手なんだ。でもその時は「だからついちゃいけなぃ」とは思わなかったんですよね。ぜんぜんそんな約束は浮かばなくて。

それでも嘘つけなかったのは、何故だろう。
私にとってその人は、「自己防衛が必要のない相手」そして約束の有無に関わらず、「嘘をつきたくない相手」なんだなぁと発見?再認識?したね。
とはいえ、その場はここまで赤面するのは何年ぶりだろうという羞恥心120%状態でしたがw
さて…その人はアドを残しているのだろうか…怖くて聞けないよ。
残してなかったらあらためて教えろと言われるだろうし、そうしたらまた拒めないと思うからww
知られてしまったから閉鎖しようか…それもなぁ。

これからは少し考えて書かないとダメだな…でもきっとあんまり変わらないだろうな。
ここは日常というより感情をつれづれなるままに書くための場所であり、感情は事実であってデフォルメ出来るものではないから。

2006年09月18日(月) 生きがい

先日、ある人と話をしていたら、最近日々に張り合いがなくて心に穴が空いたようにむなしい。と言っていたんですよ。
どうしてそうなったのか、その穴を埋めるものは何なのか。

日々の張り合いとは生きがいにつながるもの。
生きがいと言うのは人それぞれではあるけれど、やはり人との関わりの中にあるものなんじゃないだろうか。
会社を大きくすると言ったものに生きがいを感じる人もいるだろうけれど、そういう機会を持つ人の絶対数が少ないからだけじゃなく、人とのつながりの中にそれを探したり、得たりする人が多いように思う。
同じ仕事に生きがい…であっても、お客さんの喜ぶ顔が生きがいだったり、人の役に立つ喜びとか。

人間と他の動物の違いは感情にあるとよく言われる。
生殖行為として以外の性欲を持つことも違いだと言われているが、これもこの感情の違いからくるものであろう。
人との関わり、つながりの中で得る感情は実に複雑だ。 人間として生まれてきたからには他の動物で生まれてきたのとは違う意味が欲しい。漠然とでもそう思っている人は多いだろう。
誰かを守りたい。笑顔が見たい。それが張り合いであり、心の中に誰かがいる。それが心の穴を埋めるものなんじゃないだろうか。


その人はそういう人を失ったからそうなったらしく、愛を埋めるには愛しかないのだけれど、代わりなどないのが愛だから。
人が皆、運命の人に出逢えるとは限らない。案外、漠然と生きているだけの人がほとんどなのかもしれない。出逢えても互いの運命の人ではないかもしれない
何度逢っても出逢えば必ず惹きあうような相手ならまた交わる時がくるよ。失った人が運命の人ならばそうであるといいね。

私は子供の時ずっと、誰にも邪魔されない自分のための人生を送りたい。自分だけの人生を。そう思ってきたけれど、
あなたの笑顔が喜びで。その笑顔のためになら何でもする。もしそのために労力を必要としてもそれは苦労ではなく、喜びであり、張り合いにつながる。
自分のための人生とは、誰かのために自分の全てを賭けられる事なのかもしれないと思うようになった。


今日生きていて良かった。明日も生きていたい。そう思えるような出逢いを。


2006年09月20日(水) 無題

おや珍しい。また書いてるよ。そのうちまたどーーんと書けなくなったり書かなくなったりするんだろうな。
そう、自分はそんなにちゃんとした人間ではないのでw
今日は無題。タイトルは思いつかず、でもなんか書きたいなーと思ったので。こんな時に書くとまとまりがなくなる気もするけれど独り言ですから、はい。

書きたい。これ大事。書ける。これも大事。
書きたいけど書けない時もある。
「しなければならない。」と「したくてする。」の比率はみんなどのぐらいなんだろう。
まぁ、子供じゃないんだから、しなければならない。が多くて当たり前。みんなそう。そういう声が聞こえてきそうだけれど。
自己の欲求の欠如と、したいけどできない。の大きさ。内的なしなければならない。の量の多さが問題なのかな。
同じ、「しなければならない」でも何々したいからこれを「しなければならない。」ならずいぶん違う気がするんだけどね。

外的な「しなければならない。」
これは仕事しなければならない。嫌だけど仕事だからするしかない。みたいなもの。
内的なそれは、
自分の中でこれはこうしなければならない。という自己規範。

自己規範と言っても厳格な人間ではないのでそんなにすごいものじゃないんだけれどね。
それは頭でわかっていても出来ない。になるから出来ないと結構しんどいですね。

先日、自分のための人生を手に入れたかったと書きましたが、実際には、したいから頑張る。ではなく、そのためにこう「すべき」そう信じて、「すべき」ばかり頑張ってきた私はそれで一度完全に潰れてしまっていますです。
だから今はささやかでも自分がしたいと感じた事は大事にしようと思っています。

話が飛びました…。
そう。しなければならないの多さに不満が言いたいのではなく、こなせない自分を見てるわけです。
そうは言っても仕事してますよ。一応。収入に見合った仕事はしているはずです、たぶん。転職したいとは思いますけどね。


私はいつも頭に浮かんだものを個人や具体的な背景を特定させないように書くので、感覚的な人間がさらに抽象的に書くという…これは公開という性質のせいではなく、私の性質の問題ですね。
誰にも見せるつもりがなくて書くならばもう少しオープンでいい気がするんだけれどねぇ。
こういうのもしたいけどできない。すべきと頭でわかっていてもできない物のひとつなのかな。
直情的な人間に憧れます。

またまた話が飛びました。


でもお蔭様でひとつわかったことがあります。
何でこんなこと書き始めたのか…先日些細なことで数年前のまさに封印していた出来事を思い出したんですよ。そこにある、裏切り、悲しみ、憎悪、後悔。あの時は支えとなる人も物もなく、むしろそうあるべき人や物が率先して、あるいは追い討ちをかけるべく存在したような。。
忘れてなんかいなかったけれど、どこか封印していたんでしょうね。
それを思い出したら何故かこんな事書きたくなったようです。

傷跡は残っていても自分の中で過去に出来ているもの。少しはマシになったもの。さらに悪くなってまずいだろwってもの。色々だけど。
今は心に大きな支えがあるから幸せなんだと思います。