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完全なる独り言


日記鯖システム管理者からのお知らせ

  • HTTPSに対応し、http://ds.sen-nin-do.nethttps://ds.sen-nin-do.net のどちらでも日記鯖にアクセスできるようになりました。 なお、当面はHTTPとHTTPSのどちらも利用可能としますが、将来的には http://ds.sen-nin-do.net へのアクセスは https://ds.sen-nin-do.net へ転送する予定です。
  • 都合により日記鯖のURLが http://ds.wa-mo.to/ から http://ds.sen-nin-do.net/ に変更となりました。 突然で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。(2019/01/27)
  • 日記鯖の仕様変更、不具合対応等については、こちらの記事もご覧ください。

空は青く、森は蒼く、海は藍。

頭の中を整理するために。

心を確認するために。

前を向いて歩くために。

溢れる思考と感情と想いをなるべく正直に。




※検索で訪問された人は右上「日記もくじ」より検索文字列(全文検索=100件)を試してみてください。


2006年12月01日(金) 回顧録 虚無

 帰ったら、全ての事が違って見えた。

無力感が激しくて、あらゆる事がばかばかしく思えた。
「ちゃんと〜しなければならない。」に価値を見出せなくなってた。
その気力の減退のせいか、後遺症は出ないと言ってたけど後遺症なのか、単純な事が覚えていられなくなった。
本気で頭が弱くなったのかと思ったw  
でもきっと、そんな極端になるほど前が張り詰めていてと後の差が激しかったんだろうな。。



並行するように、物凄く楽しいゲムに出会ったりして、私はネットで遊ぶ時間が増えていった。
違う世界が良かったんだぁ。
自分の息苦しいリアルとは別の世界。
老若男女問わず、いろんな人と出会ったり、話す事。
夢中になれる遊び。
普通の刺激。

一日中まともに会話が成立しない子供以外と口を利くことがゼロに等しい。そんな日常。
愚痴なんか言わないよ。何気ない人間との会話が楽しかった。人に飢えていた。


入院した時に猛烈に心配したと言う友達とは、その少し前から距離が開きつつあった。
開けたのは彼女。
色々な物事のために、ベッタリをやめようと考えたのだと思う。

それは別に悪い事じゃない。だからと言って彼女が冷たくなったとかそんな事じゃないんだ。
うまく言えないけれど、私に頼らなくなったと言えばいいのかな。
突き放すと言うより、後ろに一歩引いた感じだね。

そして私はそれによって自分もまた頼れなくなっていた。


そんなこんなでリアルの生活から自分の心がぐんぐん離れていた。

それでももちろん、一応のやるべき事はやっていたよ。
けれど頭の中を「何のために…」みたいなものが支配するようになっていた。




物心ついてからずっと、自分の幸せを手に入れようと頑張ってきた。

家庭に恵まれなかった分、家庭にこだわりすぎていた。


自分の幸せは「家庭を手に入れる事」にあると信じていた。
そしてそうすれば全てがうまくいくと思っていた。

一生懸命勉強したよ。一生懸命人と付き合ってきたよ。働いたよ。

それが幸せにつながると信じてきたんだ。


自分にとっての幸せとは何か。自分に合うものは何か。 それすらもわかっていなかったんだ。

親のようになりたくない。親兄弟の干渉から逃れて自由に生きたい。

ずっとずっとそう思ってきた。


でもそれは、そう思いつづけている限り、彼らの手のひらの中から出られないと言う事だったんだ。

奴らに馬鹿にされたくない。奴らに認めさせたい。愛して欲しい。

そうして私は結局、自分の道を親の都合に合わせ進んできたんだ。。

我が強いようで、自分を持っているようで、実は自分が何もなかった。


弱さに目を背け、大事なものを見失い、間違った道を進んできてしまった。





私のこれまでの人生は間違いだった。


年寄りは頑固だとよく言う。年を取ると頭が固くなるって。
それは、守りに入るから。 そして、自分の今までを「正しい」と思いたいから。
年を重ねれば重ねるほど、「間違っていた」ら、洒落にならない年月を否定しなければいけなくなるから。


そしてだから、過去を後悔・否定しないために、今を頑張る。これで良かったと思いたいから。
私だってもちろんその中の一人だった。

うまく隠し切れれば、自分のなりたかった人間にもなれず、嫌いなタイプの大人になっていたかもしれないけれど…それでも生きていけたのかもしれない。
でも蓋をして、必死にその蓋を押さえつけていたのに、外れてしまったんだ。
私は見てしまったんだ。


自分の1つの判断、考えかた。そんなものじゃあない。
自分のこれまの判断が全て間違っていたという事がどんな衝撃かわかるだろうか。。

もちろん、今までがあって今がある。その全てに良い事が一つもないなんていわないよ。
その時の自分。 それまで出会った財産と呼べるような人間。 

でも、根本から間違っていた。そして自分が信じて疑わなかった、幸せになるための努力は
その時の自分に何の役にも立っていなかったんだ。


きっと…私は遅かれ早かれ、この事実に気が付いたと思う。。
ずっと目を背けて蓋をしてはいられなかったと思う。。
自分の最も嫌う、視野の狭い頭の固い大人になりたくなかったから。


そして私は自分の人生を自分のための人生をやり直したいと思った。
リセットしたいと思った。
このままでなんかいられないと思った。




敗北感に打ちひしがれているときに、出会った人たちがいた。

楽しかった。それは決して親友と呼べるような相手ではなかったけれど、人生の敗北者のようになっていた私にとってはささやかな救いだった。
そうして私は必死に現実の良い事を探して、折り合いをつけようとしていた。

その中の一人の男が私に惚れた。何に?どこに?良くわからなかったけどw
とにかく、押して押して押された(ぁ
押しに弱い私( ゚ ρ ゚ )ボーーーー
そして全部いいよ。と言って私の心を強引に開いた。

それは自分の敗北感の再認識。居場所ではなかったと言う事実を目の当たりにさせた。
自分の本当に欲しかったものに気付かせ、そしてそれがずっとずっと旦那との中になかった事を知らせた。

精神的な支え。そしてそのための互いの愛情。


そうしてこじ開けて見せ付けて、鎧を剥ぎ取られて、その男はあっさりいなくなった(´゚ω゚):;*.':;ブッ

あっさり?かどうかはビミョかなぁ。。そーいえば、こいつだけちゃんと別れてなかったなw

ただ、彼は彼で剥ぎ取った私を何か違うと感じたのだろうし、私は私で本当に欲しかったものに気付いた時に、彼に対してもまた「違う」と感じた。


この男はすげー強くなりたくてでもとても弱くて、そして卑怯だった。 とても悲しい奴だった。

この間たまたま話したけど、何の感慨もなく相変わらずだなぁ。なんて思ったね。
だからいいんだ。別に未練もなにもない。


ただ、この事で私は、本気でここにいられない。そう思うようになった。
家庭があるのに孤独。頭の中が『 違う違う違う …』それでいっぱいだった。



たぶんこの頃だね。親友を泣かせてしまったのは。
病気のあと、彼女は猛烈に私に干渉をはじめたw
彼女から距離を開けたのに。
入院した時、わけのわからない病名を聞いて、死ぬかもしれない。そー思ってパニックになったらしい。
私の変化にもっとも気付いていたのも彼女だ。

けれど私は本当に変わってしまっていた。
家庭とは別に彼女に対しての距離も自分が変わっていた。

私は干渉が嫌いだ。トラウマのように嫌いだ。

そして心底心配して言ってくれている彼女の干渉でも嫌だった。
共に泣き、笑い、戦ってきた親友。
それは今だって変わらない。友達の中で一番気を許しているし互いも理解している。
けれど、頼る気持ちはなくなっていた。だから拒んだ。
そしてこの事だけは無理だ。そう思った。


そして泣かせてしまった…w

2006年12月02日(土)

 私は、全てをゼロにしたかった。もう何もかもが嫌だった。

親に対しての執着心もなくなった。良い子になる理由すら思いつかなかった。
どう思われてもどうでもいいと思った。
旦那に対しても欲がまったくなくなった。
彼は既に、話を聞くどころか、私の名前を呼ぶ事はもちろん、見て話すこともなくなっていた。
いや…もっとずっとずっと前からそうだったんだけどね。
私が猛烈に具合が悪くても寝てしまったり、風邪を引いていてもまったく気が付かないぐらいだったから。
そして私はそれに対し、何も言う気も失せていた。


家庭にいる事が苦痛以外のなにものでもなくなった。幸せはどこにもなかった。
友達もいらない。
今までの全ての良い事も悪い事もとにかく全部消し去りたかった。



一度本気で出ようとした事がある。けれど出来なかった。
生きる目的を失い、敗北感だけの自分。
精神的・物理的に何も頼るものもない。
逃げたいだけの理由では、捨てきれなかった。全部消し去りたいのに。
なんと言うか胸を張ってこれでいいんだ。って自分自身にいえなかったんだな。
だから出でも地獄、残っても地獄。そんな気分だった。
同じ地獄なら周りに迷惑を掛けない残るのほうがいいだろうと思ったんだ。
出て行ってくれ。と言っていた旦那は、寸前になって残ってくれないかと言った。
別にそれでやめた訳じゃないけれど、やめたと決めた途端に、態度が変わったw
彼は自分も悪い、自分も努力するから…じゃなかったんだね。

残るならこれからはちゃんとしてもらえないとっ。みたいなこと言われたっけ。


彼は表面的にとてもいい旦那だった。 表面と言うと少し語弊があるけれどw
「いい旦那」しなくちゃ。としてきてくれたのは事実だしね。
彼なりに頑張っていたよ。本当に。
だから、誰からも誉められていた。
「偉いね。いい旦那さんだね。」って。
そんな事じゃなくて…と言うのは私一人だった。
だから自分は偉い良い旦那をやってきたと思っていた。
今でもそう。


残るからにはとなんとか気を取り直そうと努力したよ。
見ない努力も、良いとこ探しも。。
でもダメだった。
旦那に対しては嫌悪感しか感じなくなっていたし、さらに言えば
話したり、何かある度に虚しくなったり、ガッカリしたり…。
もともと嫌いな人よりも好きだった人を嫌いになった人のほうがタチが悪いねw
好きじゃなくなった、じゃなくて嫌いになっていった。

ダメだった。。

ダメが多くなければなるほど、自分を責めたし、ますます息苦しくなった。
“普通”が出来ない自分。みんなが出来るのに、みんなが持ってるのに。
責めた。苦しかった。
私はますます何も出来なくなっていった。本当に最低限をかろうじてやっている感じだった。
息をするのも苦しい。
死にたい・・死にたい。。
そんな事ばかり考えていた。夜中に突然、過呼吸みたいになったり、死のうとしている自分と戦っていた。

旦那はそんな私をさらにクズを見るような目で見た。
言葉の端々に、嫌味な刺があった。

育児がきつかった時に言った事がある。
「あんたはきっと、私が子供を殺して自分も死ななければ、私がどれだけ苦しいのかわからないんだろうね。」
死んでわからせたいと思うほどの相手ではなくなっていた。
死にたいけれど、死んではいけないと思っていた。
だから震えながら我慢していた。


それでもあの子に、死にたいほど苦しいなら、無理かもしれないけれど
もう一度きちんと旦那と話して、理解してもらう努力しろと言われて向き合おうとしたんだ。
あの子が力をくれたから。
もう一度だけ頑張ったよ。

自分の死にたい、死のうとしてしまう状況。
今は既に最低かもしれないけれど、ギリギリでバランスを取っている状態であること。
自分の出来る事。出来ない事。
そしてお願い事もしてみた。


一応まだその時は穏やかに話せた。
けれどダメだった。。
彼にはやっぱり、私の精神状態も、気持ちも理解できなかった。
そして、そういう私をどうしても嫌だった。許せなかった。

何時の間にか彼の中では自分が100%被害者になっていた。最初からかもしれないけどw

私からしたら、互いに頑張っていたと思うんだ。
ただ、私の求めるものと彼の求めるものが違ったり、互いの出来る事が違った。
そして、愛がなかったと言う事。その「違った」の部分が、愛なくしては絶対に不可能な部分だったと言う事。
愛情はあまりなく、そこそこでやって行ける人たちもいる。
私たちは、互いのどうしても相手に必要な部分を持ち合わせていなかったのだと思う。


もうお互いに、相手の存在を苦痛にしか思えなくなった。
そう、いるだけで苦痛なんだ。
互いの言動全てが不快。
どうしてもしなければならない会話すら、出来なくなった。

私が話し掛けても、真っ直ぐ受け取られないんだ。。
とても驚くような見かたをする。
頼むつもりも責めるつもりもなく話してもいきなり
「俺にそんなこと言って、どうしろっていうんだ。」とか「俺だって」「俺ばっかり」とか
会話にならない( ゚ ρ ゚ )ボーーーー

挙句の果てには、本当に些細な事で、猜疑心の塊のように曲がった受け取り方をする。 。



この間風邪を引いたときも、9度以上熱があるのに、彼はサボるために嘘をついてると思っていたんだよ。。
頼る気持ちなんてないけどさ、これじゃ、あのクビになった時の母親と変わらないじゃん

インフルエンザに掛かった時は、うつればまずいから隔離状態に文句は言わなかったけど、労わりどころか思い切り迷惑そうだった。
迷惑と言うより、そういう状態の私が気に入らないというのかな。

だからうつらないものである限り、どれだけ辛くても私は普通にしている。普通に仕事をする。
でもそれって、あの親元の家庭と代わらないじゃん



私は基本的に正直者だ。というか、駆け引きとかできないんだ。。

そして子供の時から       人にきちんと自分を理解してもらいたい。

そういう気持ちが人一倍強かったから、自分の意見を言う時はそれは本心なんだ。
一応、必要な嘘ぐらいはつける。仕事の駆け引きだって多少は出来る。そのぐらいは身に付けているけれどねw

この人は、そんな私の基本的な部分すら知らなかったんだ。。
もしわかっていたのに、変わったのなら、それもまたもうお終いじゃん。。


互いに苦痛でたまらない。それぞれの限界が何処なのかもわからない。
明日かもしれない。1年後かもしれない。3年後かもしれない。
実務的な理由だけで共に生活する事が無意味に思える。。
1つだけ確実にわかる事がある。
  “一生一緒なんて考えられない”
そう、それだけが共通の意見になった。





2006年12月03日(日) あの子

 最近メモ帳に書いてからUPしてる。

やっぱりこれはなかなかいい感じ。
時には一気に書き、時にはポロポロと。
一気に書いて途中までUPし、残りは次の日へ…。なんて事もしている(。-_-。)ポッ UPが書いた日とは限らないw
そしてこれは基本的に書き終わるまで毎日UPしようと思っていた。


だから、普段の雑記やブログなんかとは違う。

自分のその時の気分や状態にかかわらず、続きを書く、あるいはUPするようにしてきた。
これはなかなか大変な作業だった。

だってそんな気分じゃない時でもそれについて考えたり、書くんだもんw
忙しくて時間のない時でもそう。
内容によっては、今日は書きたくない。UPしたくない。時だってあった。
重たいときに重たい話。あるいは、楽しい時に楽しくない話。
でもそうしているのは何故だ(´・ω・`)?

自分で決めた事だから。 かな。


書いてるその時だけ、UPした時だけ、その事に入り込む。
あとは別。
もちろん、前後の気分に影響する時もあったけれど…会社の話ぐらいかなw

たぶん、そういう風でなければ毎日書くことは出来ないし、それどころかここまで書くことも出来なかっただろう。


これは自分自身との公開対話だ。誰に向かってでもなく。



これを私を知る人が1人だけ読んでいる。
いぁ…本当に読んでいるのかはわからないけどw 
内容の話は話題にしてないから。

ただもし読んでいれば、私のその日の言動や状況と、
奇妙に一致していたり、まったく違っていたりする不思議を感じたりしているかも知れない。
いずれであっても、これはそんな理由から生じるものです。

そして私という人間を知らずに読んでくれている人も、
こんな話を書いてどんな気分でいるのだろう。と思いはせて不思議を感じてくれてるかもしれませんが、
そんな風に別物になっているのです。



書いていて途中…どのぐらいからだろう。
私の中で見えてきたものがある。
そして再認識したものもある。


だから書いた結果。と言うものは少し前にもう自分の中にほぼ出来上がっていた。

もう回顧録じゃなくて日記のようになってきているからw




“あの子”の事を何処で書こうか。

これまで出逢った人のように普通に自分の歴史の中に登場した時点の話に混ぜて書こうか(´・ω・`)?
それじゃきちんと書けない気がした。   それは困る。

これまでに時々話に出ていた大好きな“あの子”の事。
これをきちんと書きたいと言う事も回顧録を書き始めた理由の一つだから。


では何処で書こうか。
私の人生において欠かす事の出来ない大切な人だから、
登場した時点から、私の人生に、人間に。 家庭と同じく大きく影響を与えている。
だから当たり前だけどまったく別々のものではないんだ。


けれど、私の中ではなんと言うか各々別物なんだ。


何故なら、
 『あの子を好きになった事は、家庭のせいではないから。』
   淋しいから好きになったわけじゃない。入院前でも何処の時点で出会っても好きになったと断言できる。

 『あの子のせいで、家庭が悪化したとかではないから。』
   むしろ呼吸をし生活をこなす。と言う意味ではあの子のおかげで良くなっているんだ。

 そして『家庭と私の関係がこの先どう変化しようとも、人生が何処に進もうとも、
                         それは私自身の問題で。私が決めた事や私のせい。』
   だから微塵もあの子に背負わせるような感情は与えたくないから。

 そして『家庭と私の関係がこの先どう変化しようとも、人生が何処に進もうとも、
   私のあの子に対するいろんな気持ちに何も影響は与えないから。』


だから仮に双方同時に何かあっても、双方が結果影響しあったとしても、私の中では別物なんだ。


誰かと共に生きれば、相手があっての話。ってのも当然たくさんある。
この人がいるから   できる。できた。思う。思えた。
この人次第で     変化する。動く。決まる。 なんてものもあるだろう。

私と旦那の関係だってもちろんそうだ。今までもこれからも。


けれど自分の人生に“お陰様”はあっても、“せい”は持ちたくない。

誰かの“ため”であっても、それは自分の欲でなければダメだ。
“しなければならない”ではなく、“したいからする”でなければダメだ。


後悔はしたくないから。 自分に正直に生きたい。
二度と目を背けて大切なものに気付かなかったり、見失ったりしたくないから。


そう、私はあの子がいる事で力を貰ってる。そしてお陰様で少しだけ強くなった。育ってるw


私のこれまでの人生とこの先の人生において大切な人。
私の人生から疎外したように抜きにして完結させて別に書くようなことはしたくない。
でもあの子への気持ちに家庭は影響を与えないから。
大切な人の事はただそれだけを想い、書く。
だから読む人にもそうして読んで欲しい。 


前置きがくどくなってすみません。前置きのほうが長いかもしれん(,,-∀-)

けれど私は既婚者だ。
だからどうしてもそこだけは明確にしておきたい。自分の相手への責任としての拘り。






2006年12月04日(月) 大切な人

あの子に出逢ったとき。

私は心を閉ざしていた。

息をするのも苦しく生きる事が辛かった。
人とかかわる事で楽しい事も救いもある。けれど、密度が濃ければ濃いほど失えばいない時より辛い。

その辛さを再び味わう事は耐えられない。
人を信じる事は怖い。自分の人に対する感情にも自信がなかった。

友達もいらない。誰も理解なんかしてくれなくていい。好きはいらない。誰とも仲良くなりたくない。
当り障りのない会話だけ。互いがいなくなっても困らないぐらいがいい。
人と距離を置くようにしていた。


出逢いは本当に偶然だった。
私たちが2人で話すようになるまでに起きた本当に些細なさまざまな事。
「たまたま…」の連続。

偶然であり、必然。 


出逢った当時に使っていたHPにこんな事を私は書いている。(抜粋)

「不思議な子に出逢った。出会いは好きだけど嫌い。永遠が信じられない私は出会いと別れはつながっ

ていると思うから。素敵な人と出会って。素敵な喜びが大きいほど怖い。いつか来る淋しい別れに怯え

ながらも 出会いを避けることができない。。大好きな人ができてしまったよ。」


油断してたのかなぁ…。
同性だから。異性に対してよりは警戒心が薄かったのか。
いや、それでも警戒心バリバリだったはずw 


彼女は本当にガチガチに閉ざしていた私の心に自然に入ってきた。
気が付いたら私は彼女と話すのがとても楽しみになっていた。
人といると疲れたり、今は話したくない。がある私が。
彼女と一緒にいると楽しいんだ。
誰とも話したくないような重たい時でも、その話をしてもしなくても。
彼女といると楽しかった。ワクワクした。ささくれ立っている私がとても穏やかになれた。
不思議だった。


こりゃあまずいと思ったねw  そんな風にささやかでも期待したり気を許してはいけない。


私は自分の愛も与えられる愛もあまり知らない。そして臆病だ。
だから自分の恋愛感情にひどく鈍い。


彼女の事は大好きだけど、その好きがどんなものかなんてその時はわからなかった。



彼女が私を友達としてではなく好きだと知った時
物凄く自然に受け止めている自分がいた。

自分の同性に対しての恋愛感情なんて想像もした事がなかった。ありえないと思っていたから。
だからわからなかっただけ。


自然と言うより、それで全てがはっきりした感じだった。
目からうろこ。なるほど〜すげー納得。みたいな。

素直に好きが嬉しかった。
そして私は 「そうか、私はこの子を好きなんだ。」そう気が付いた。

友達としてでもない。
男とか女とかそんな事関係ない。
一対一の特別な相手として、好きなんだ。

自分の彼女から得られる感情。彼女に対しての欲。
それらは全てはだからだったんだー。


抵抗なく自然に受け入れてすっきりとしている私に対して、彼女のほうが懐疑的だった。

彼女は自分の好きの違いがきちんとわかる人。その上で好きだと言ってる。
私はわからない人。しかも同性に対してそういう意識を持った事もない。


一億人の中から一生のうちに愛する人に出逢える事は凄い事だと思う。
しかも互いに想い合える人に出逢う事は奇跡だと私は思ってきた。
さらに同性好きになる人に出逢う確率。
それが互いに想い合える相手である事。凄い事だと思う。
彼女が懐疑的なのも当然だよねw

私たちは2人とも、出逢いを探していなかった。

偶然という名の運命


彼女は人を信じて、人に甘えて、人を全力で支えようとしてとても悲しい思いをした事がある子なんだ。
だから人の愛情を信じて甘えてるよりも自分の力で道を切り開き、1人で立てる強さを育ててきた人。
そして同性なんて決して報われないものは好きになりたくない。そう思ってきたんだ。


私はと言えば。誰かに好きだと言われても、誰かを好きだと思っても、
「これでいいのか?本当に?」心のどこかでいつも思っていた。  なんか『違う』
それがためらいも迷いもなく、この子を好きだと思っている自分が不思議だった。
自分の知らない自分だった。


こんな好きは初めてだった。
しかも好きはいらない。そう思っていたのにもう出逢い、始まってしまったんだ。
だから私はこの好きを大事にしたい。本気で思った。

この先何があっても、二度と大事なものを見失わないように。目を背けて後悔しないように。
自分の心に正直に。絶対に逃げない。 そう決めた。


そしてそんなあの子に私の好きを信じて欲しいと思った。
信じて好きな人に好かれる幸せと安らぎを。信じられる安心感を与えたいと思った。


自分があんな状態だったのにねw
自分にくれくれ。じゃなくて与えたい。そう思ったんだぁ。。


信じてもらうためには、自分の本心でなければならない。
私はあの子に嘘をつかないと自分に決めて宣言した。
私は自分が口にした事には責任を持つ。

だからどう好きなのか。何故好きなのか。
自分の心をみつめた。彼女の全てを知りたいと思った。


たくさん貰ってる事に気が付いた。 
 力、支え、喜び、安らぎ、強さ。いろんな事を教えてもらってる。笑えるようになった。

他の人には感じないものがたくさんあることに気が付いた。 
 自分がありのままの自分でいられる事。かわいいと思う事。会いたいと思う事。
 声を聴くだけで感じるドキドキや幸福感。触れただけで感じる安らぎ。
 ただ傍にいてくれるだけで誰といても感じた事がない穏やかな気持ちなるんだ。
 自分の事より大事。守りたいと思った。愛しい。

『違う』がないんだぁ。本当に初めてなんだ。


絶対に正直に心を見る。 そう決めた事自体、既にあの子がくれた強さ。
『違う』がないから感じられる全ての事。


好きを伝えたいと思った。それすら初めてなのに。
気持ちが溢れた。こんなに好きになった事はない。

自分から好きといった事もない。問われて返事する時もいつも心の中で「今はね」って呟いていた自分が。
溢れて止まらないんだ。
だから五感の全てを使って気持ちを伝えた。
それでも伝え足らないと感じるんだ。


愛してるとわかったよ。


愛など知らなかった。安っぽくうそ臭く感じる。

以前は自分の気持ちもよくわからなかった。
本気だったと思う相手はいる。
けれど自分から人を好きになることすらなかった私にはこんな想いは初めてだった。


得て初めて実感できるもの。これが愛だ。

永遠など世間知らずがみる夢。愛だの恋だの所詮うたかた。そう思っていた私が

自分の言葉に責任を持って言える。


愛してる。この先もずっとずっと愛してる。


何があっても、あの子があの子である限り。


共に生きていきたい。生きていけると初めて思った。


今までだっていろんな事があった。
いっぱい泣いたw 泣かせたことは…ないと思うのだけど…たぶんw 
けどそれよりもっとたくさんの嬉しいとありがとうがあるよ。
私はあの子に数え切れないほどありがとうと言ってきたよ。
でも好きと同じでいい足りないぐらいのありがとうがあるんだ。


悲しい事も苦しい事も嬉しい事も楽しい事も。
あの子がいるから、出逢えたから、感じられるもの。
2人で泣いたり笑ったり。
真剣に向き合ってそして重ねてきた。
あの子とだから歩いてこれた。


全部が好きだよ。
生まれてきて、生きてきてくれてありがとう。


私は彼女を愛しています。


 


2006年12月05日(火) 才 ゙ノ 力 ν一♪_〆(・_・。)^ カキカキ

物も大切にしていれば想いは伝わるんだよ(何

ちょっと漫画を読んで感動中(*〃ω〃*)テレッ☆

でもでも、私はそんな風に思って、車にずっと乗ってきました。
大切で傷つけたくないと思えば大事に運転する。
そして大切に大切に思っていれば、たとえ事故が起きても車が守ってくれる。

初めて買った車が、友達から譲ってもらった古い車だったからでしょうか。
38万で譲ってもらいましたw 半年前にその人が100万で買った車(´゚ω゚):;*.':;ブッ
だけど大切で大切で…。
免許を取るために掛け持ちでバイトをして、合間を縫うようにキャンセル待ちをして教習所に通い、
お金がないから毎回絶対ハンコはもらわないとっ!って頑張ってました@

そんな風にして買った最初の車はミッションで。欲しかったんだけどね、ミッションが。
ミッションは車を“動かして”いる感じがします。運転というより、動かしてるんだ。
自分のやり方、習熟度で車の動きが違う。
そして少し古い、スポーツカーでしたから、ドライブの時などお互い頑張ろうぜ!よろしくね♪
みたいな。


今まで乗った車はすべて、最後は綺麗に洗車して、ドライブ行って車単体で写真撮って
(写真撮ると事故るというジンクスがあるので最後しか撮らないんだ)そしてバイバイしてきました。


貧乏に育ったから物を大事にする…みたいなのは正直あまりないけれど、
子供の時、孤独が多かったので物と対話していたような気がします(´゚ω゚):;*.':;ブッ



今日?は、PCの復旧作業に追われていたので書けなかった~~~~~((((((ノ゜⊿゜)ノあぁああ
今新しいPC買うとXPSP2になってるのかなぁ。とにかくウインのアップデートで時間食う食うw




まぁ…回顧録は終わりです。次回から、ふつーにまた頭の中のことや、
ささやかな日常なんかを書いていきます(。-_-。)ポッ


何で書きたかったのか…どうやら一番はやっぱり、あの子の事が書きたかったようです。客観的(´゚ω゚):;*.':;ブッ
でもね、書いてみたら あぁ…そうだなぁ。って思ったんだぁ。


そもそも書こうと思ったのは…
もともと書いてみたかったんですよ。客観的に見つめてみたいとずっと思っていたんだ。

そして、人生の終わりなど何時くるかわからない。
だから私というちっぽけな人間のここまでの人生を、生きていたことを誰かに知って欲しかった。
どんな風に生きて、どんな人間になったのかということを。

それは誰かであり、自分。
過去は過ぎてしまったものだから、関係ないという人はいるでしょう。

私は何も過去を振り返って後悔して、そしてあーだったら、こーだったらと考えているわけじゃない。

人は1人でも誰かと共にでも、生きていけば足跡があり、
体に付着するさまざまなものがあり、
そして積み重ねて築いていくものがある。

だから過去はどうでもいいけれど、過去があるから今があるんだ。
その意味では過去を捨ててしまうのではなく、大事にしたいと思う。
今と未来のために。

だから私は“生き様”を見つめたかったんだ。


大切なのは今。

大切な人の過去がどうであれ、今のあなたが愛しければ何してきたのでも構わない。
けれど、過去があって今があるから、あなたの過去も愛しい。  そう思うんだ。

そんな感覚で自分史を書いたわけです。


古い日記のようなものを見つけたよ。読むの嫌だけど読んでみたよ。
未熟な私が一生懸命生きてたよ。
自分で今書く回顧録より、見て痛かったねw
過去ではないから。


そう言えば、前回、これが愛だと書いたけれど、それはあくまでも私の感覚の愛です。
基本?みたいな万人共通のものはあると思うけれど、愛の形は本当にさまざまだと思います。
例えば、ずいぶん前に書きましたが、私の両親にしてもゆがんでいても、
未熟でも私に対しての愛はあるのです。

人は不完全でそしてみんな違うからそこに愛が生まれるんですよ、きっと。
みんな完璧人間だったり、みんな同じなら愛なんか生まれない。
だから、愛もまたいろんな形、感じ方があるのだと思います。

私は愛は与えるものであり、共に育むものであり、互いを肥やすものだと思います。
深く静かに…けれど力強く。
魂が欲するもの。相手を求める欲。与えたいという欲。共にある事で育むやさしさ。
肥やされて得るものは他の人とや、1人では決して得られないもの。

だって誰かにいくら愛されても、自分がその人を愛しているか否かで、感じるものは違うもん。
誰かをいくら愛しても、相手がどう感じるかでもやっぱり得られるものも違うと思うもん。
与えられているものがあるから与えるものがあるんだ。

違う色の人と人が混ざり合って別の色ができる。そういうのがいいな。

だから一人ひとりが違うもの。
けれどそこには確かに本人には実感できる特別が存在するのではないかな。


なーんて、えらそーに言ってますが、愛の奥の深さに自身が驚きの連続ですから偉大だとしか言いようがないんですけどねw




わかった事をジャジャジャーン♪って発表したいところだけれど…<(。_。)>うーん

今の自分を確認したかったんだぁ。確信したかったと言うのかなぁ。


ちゃんとわかったよ。
今、私は自分の本当に欲しいものを知っている。
誰のためでもなく、誰の評価も関係なく。 そう、しあわせは自分のこころがきめるんだ。

未来に無限の可能性があると信じていたころずっと長生きしたいと思っていた。
未来に絶望しかないと、私の生は失敗だったと思った時、死にたくてたまらなかった。

自分の一生がどこまで続くものであれ、これまでが全て取り返しのつかない失敗だったとしても
今、私は生まれてきてよかった。生の意味はあったんだと思えるから。


それを感じられるのだから人生が失敗だったとしても、この人はしあわせなんじゃないか。
そう思います。客観的(='m') ウププ


私はこの先の人生をあの子と生きていきたい。
どのような形であっても。
結婚?したいね、うんw あの子がそれを望めば私は躊躇いなく、そうするよ。
もっとぜんぜん違う形を望むならそれでもいい。そっとあの子の人生に寄り添えれば。
共に歩み、時にはおんぶして、されて?w 悲しい思いなんかさせない。
出会えてよかったと、あの子に思って欲しいから。思い続けて欲しいから。


私はきちんと立たなければいけない。
あの子のくれる力を、支えをきちんと役に立てなければいけない。
うまく言えないんだけど…支える力を持つだけじゃなくて、
支えてもらうにしてもあれもこれもしてしてじゃなくってね。

何も自分でできない奴を支えるのなんてきっと嫌でしょう。
そんな奴に支えてもらうのも嫌でしょう。


だから私は少しだけ前に進んでみようと思う。

なーんて言っても、何か凄いものとか別にないんだけどねw

って事で、疲れたあああああああ(´゚ω゚):;*.':;ブッ

明日からはただの雑記に戻りまーす(・д・)ノ


2006年12月09日(土) 寒いなぁ。神と時間

寒いよ寒いよ。

今日は雨。私は爆睡(´゚ω゚):;*.':;ブッ


毎日寒くて動きが鈍くなる…そろそろ冬眠かΣ( ̄□ ̄;

でもこれからさらに寒くなるんだよねぇ。。


汗かきの私は夏は嫌い。

でも寒がりでもあるので冬も嫌い。

季節の変わり目は体調は崩すし、春と秋は花粉症(,,-∀-)

季節のない国にでも行こうかなー(ぇ


でも、春の黄緑の新芽なんてすごーいキレイだし。

夏の高い空も好き。

秋の山の赤や黄色の賑わいも好き。金木犀の香りも好き。

冬の薄くて高い空も好き。葉の落ちた木々と針葉樹の混ざった色合いのない山も好き。
ふわっと舞うように雪が降ってきたら思わず手を差し伸べちゃったりして。


いいんだけど(*´・д・)(・д・`*)ネー
寒いわw


北海道など厳冬地方の人は半端じゃなく室内を温かくすると言う。
部屋の中にいる時ぐらい薄着で生活したいと言う事なんだろうか。
私など、出かけて電車や店内が暖かいと上着を脱いだり着たりが面倒で嫌なんだけどなぁ。


もう霜柱が立つんだよね。早いなぁと思う。
一年が早い。でも振り返ると長い。
一日もそうだね。


瞬く間に過ぎると感じるのは寝てる 夢中だから。
長いと感じるのは中身がギュギュっと詰まってるから。

それはきっと良い事(。-_-。)ポッ


さっきあけたはずのワインが気づいたらもうなくなる。
そんな時にも、「早いな」と感じるね(何

いぁぁ…飲むペースじゃなくて、時間がwww


『将来を思い煩うな。
現在為すべきことを為せ。』

『「時」の歩みは三重である。
未来はためらいつつ近づき、
現在は矢のように速く飛び去り、
過去は永久に静かに立っている。』


外国の人の言葉です。

名言ってね、日本人もいっぱいあると思うんだけど…外国の人のほうが多いのは何でだろう。

日本と言う一国に対して、世界は広いからね。
数の違いなのかな。

それとも、曖昧なわびさびの世界の日本は端的に物事をあらわす事が苦手なのか。

それ私か( ̄ー ̄; ヒヤリ


用はね、ある時は時の流れに身を任せ。ある時は懸命に。
今を大事にしていれば物事は進み、そして見えるのだろうと言う事。

なーんて漠然と?生きていれば焦りも時にはあるだろう。
けれど答えはおのずと見つかる。



私は人生平等論者だ。 そんなカテゴリがあるか知らないけどw

同じ物事でも、喜びや痛みは人によって違うよね。

ある人にとってたいしたことがないもの。
誰かにとってはとても嫌な事だったりする。

だから人と人とは比べられない。

そして、時と形はさまざまでも人は皆、苦と楽はトータルは同じだと思っている。


大切なのは幸せに気づく事だ。
些細な幸せを大切に。感謝の心を忘れずに。


幸せは得るものではなく、気づくものだと言ったのは誰だったかなぁ。。




ぜんぜん関係ない?けど、一度書いてみたかった話。

日本人にはなくて、西洋など一般他国にはあるもの。

それは宗教だ。

もちろん日本にもあるんだけどね、誰もが当たり前のように持っているものじゃない。
私にもない(´゚ω゚):;*.':;ブッ


拠り所としての “神” が いないんだよな。

海外の本を読むと例え小説でもその違いを凄く感じるね。

熱心な信者じゃなくても、皆心のどこかに神を感じて生きている。


幸せな時、自分の手で掴みとったものでも同時に神に感謝もする。
苦しい時、神はいないのかと嘆きもするし、神に救いも求める。


神は偉大だ。
だから、孤独でもそうじゃなくても、誰もが必ず1人甘え、支えてもらう相手を持っているんだ。
 神と言う名の存在で。

その力は大きいんだろうなと思うね。


だから日本人は個性や個々の独立性がないといわれるのに対し、
それらの国々の人々は、「自分は自分。」をとてもしっかり持っている。
リアリストだけどロマンチストでもあるんだ。



だからと言って決して個々の人々が強いわけじゃぁなぃ。
神に懺悔したり、牧師や神父に苦しい胸のうちを吐露したりする。
そして乗り越えられたり、良い事があれば感謝する。存在を感じる。
そういう場が、拠り所があるから強いんだ。


日本人は不幸を嘆く時と、お祭りの時にしか神を自分の中に登場させない。
感謝する時と、助けを求める時には存在しないんだ。
だから足元がぐらつく。



拠り所は大事だ。
日本人であるあなたは、そんな拠り所を持っていますか。


だから私は幸せに敏感でいたい。そして感謝する。


『風に立つライオン』と言う歌があるよ。
私はその歌の元になった手紙の書き人の気持ちに凄く共感できるね。


自然の偉大さ、恵みに感謝する。
生きている事に感謝する。
飾る事ではなく、ありのままを大切にする。

シンプルに生き、素直にいれば、
鳥の羽ばたきに命を感じ、空の高さに幸せを感じ、人のやさしさに感謝する。

そして感謝の心が人を大切に、時間を大切にできる。
幸せに気づかせてくれる。


焦る事もあわてる事もない。
私はただそれに気づく人間でいたい。

さすれば物事はおのずと先に進む。
幸せと言える。
肩肘など張らずとも力は得られる。
そして前に進める。




今更何かの熱心な信者になろうとか思わないけどねw
万物の創造を考えたら、神を少しだけ信じて、少しだけ感謝して、
少しだけ甘えて少しだけゆだねてもいいのではないかな。
なんて思う。
感謝と甘えは弱さにはならない。強くさせるから。



意味不明(´・ω・`)?

2006年12月10日(日) ペコリ(o_ _)o))

友達のお母さんが亡くなったよ。

ネットの友達だから弔問とか行かないけれど。
その人はネットの友人の中ではよく家族の話をするほうだったと思う。

ネットは話したくない事は話さない。見せたくないものは見せない。
それが基本の世界だから。
その人にとってきっと素敵な家族なんだろうと思う。


もちろん、家族のしがらみでしたいことを諦めたりなんかもしていたから、
全てが平穏無事ではないのだろうし、そういうもんだ。


けれど、その人の話す母は、元気で楽しくて、本人が確かにそのまんまその人から生まれて育ったのねー。
そんな感じだった。
だから私も、友人として楽しくて面白いその人と同様、見た事ないそのかーちゃんもなんだか好きだったよ。


すでに不治の病に罹っていて。それは知ってた。
でも、まだまだ生きられるはずだったんだ。
突然、眠ったまま逝ったそうだ。

家族としてはガックリだ…。
けれど、苦しまず本当に辛い状態になる前に眠ったまま旅に出たのだから本人にとっては良かったのだろう。
そんな事を言っていた。

私もそう思う。
本人の望むタイミングだったのかはわからないけれど。
そこを選んだのかなぁ…なんてちょっと思ったりもした。


私にはそういう時にあまりうまい言葉が掛けられない。

何を言っても安っぽく感じるんだよね。。


その人にとってはまだまだと思っていただろうし、
いずれ来る。そう思っていてもきっと奇跡も信じていただろうから。


その人はガムシャラに仕事していた。
看病やお世話もしていたけれど、それよりも仕事を狂ったようにしていた。

「ママの元気なうちに、バリバリ働いてる姿をいっぱい見せて、安心させてやろうと思って。」

そー言っていた。

そして、物凄い忙しい中、ほとんど放置だけれどネットゲムもしていた。

「そんな事してる場合じゃないだろう。」
                 そういう人もいるだろう。

でも、私にはなんとなくその気持ちがわかる。
気持ちを覆い尽くすような何かがある時に、日常以上に、どうでもいいものをこなす。
あるいはそれに没頭する。
非日常の世界で笑う。遊ぶ。

それが出来てると言う事は、自分は平常心を保ててるんだ。そう思えたり、
あるいは
それをする事で、一時でも忘れる。緩和する。


そんな作用があったんじゃないかなと思う。


そして、その話をしながらその人はゲムをしていた。
みんなの前ではふざけた話をしながら。


いっぱい頑張ってる姿を見せてあげたから、安心して旅に出たんだよ。
そんな風にも思うけれど、
本人はきっともっともっと見せたかっただろう。

だからやっぱり、そんな事もあまり言えなかったな。


私はただ、「お疲れ様。○○のママ、見た事ないけど私も好きだったよ。」
そんな話をしたよ。


無理するほど働いていたその人は49日まで休むそうだ。
暇って言ってた(´゚ω゚):;*.':;ブッ

暇でいいんだ。そんな時は、きっと。

ゆっくり休んで、またバリバリ働いてバリバリ遊ぶといいさぁ。


ご冥福をお祈りしますペコリ(o_ _)o))