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何気無く携帯電話のカレンダーを見たら、ある日が赤色表示(イベントあり)になっていた。
それはむかしむかし意中の相手だった女の子の誕生日だった。
自分の誕生日と近いことから、パスワード・アカウント名を決める時にフェイクとしてたまに採用することがあるマジックナンバーでもあった。
その日付をあらためて見直して、軽く心に訴えるものを感じた。
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その子の名前は少しめずらしい漢字を使うので身近な人、気にかけている人でないと、フルネームを漢字で書けない。
自分も上述に該当する人間だったはずなのに、いまはもう書けない。
自分の誕生日を思い出すきっかけになり、悪友にプレゼントを催促するメールを書くときに思い出せなかった。
むかしむかしの思い出どおり、過去の出来事として風化してしまったのか。
少し寂しくもある。
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どこかで書いたか話したかもしれないけれど、その子はいわゆる「ぜんそく持ち」で学校にほとんどこなかった。
進路決定の際に、養護学校を選ばなければいけないほどだった。
吃音(どもり)で学年という枠を越えていじめられる、という独立派だった自分は、同じような境遇(入退院を繰り返していたので友達皆無)だったその子とコンタクトをとりたくて仕方なかった。
境遇に漬け込めば友達になれるかも、孤立する辛さもわかっていたつもりだったのでチカラになれるかも、そこから発展して彼女に・・・なんて安直な下心丸出しだった。
# 良くも悪くも、子供だった時期だし
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コンタクトはかろうじて取れたけれど、鼻息が荒かったのかその子の担任にマークされ、すぐにそれが規制された。
# 言葉が悪いがそんなに悪意のある対応ではないとフォローしておく
卒業時には、その子の進路に関する情報がまったく確認できなかった。
進路選択の影響からか、当時住んでいた家からも引っ越してしまったようで、どこにいて何をしているのかわからない。
ずいぶん引きずっていたような気もするが、他に惹かれる人が現れたりして意識と気持ちは薄れていった。
忘れた頃に、「友達だったけど静観してた」メンバで医大(もしくは医学部?これも失念)に進学した奴から、「そういえば、あの子元気?」と聞かれたことがあった。
えっ、今頃? とびっくりしてどうしようもなかった最後を話すと、
「そうかー。あの子を心配して動いた男ってお前だけだったから」
といわれた。
それが子供の突発的な衝動だったのか、まじめな気持ちだったのかは、今はもうわからない。
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リアルな自分を知る人間からすると笑い話だけど、こんな話がある。
自分は過去に、進路の選択肢として「医者になりたかった」時期があった。
突発的で浅はかな希望で、「俺があの子を治すんだ」的なノリだった。
が、勉強ができなかったのと、ゲームが作りたい(プログラマになりたい)という希望もあった自分はあっさり後者を選択。
今思えば無駄に熱い子供だったと思う。
肩書きにこだわらなくても、横にいることができれば、人を支える事はできる。
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そしてここ最近。
この日記を始めるきっかけになった失恋イベントが発生。
鼻息が荒くなって、盲目になるのが嫌で、誓いを立てる。
「もう恋はしない
予定」
「気になる人を見かけても、ブレーキをかけるのがデフォルト」
「熱くも冷たくもない、正直な自分で人と向かい合う」
「彼女1人より友達100人のほうが得」
ツッコミどころは「
予定って何?」ってところかな。
そんな思い出を振り返って、胸が熱くなるって言う話でした。
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新しい仕事場でひたすら仕様を覚える。
とりあえず、ここの居心地が良いか悪いかはっきりするまで多くは書かないけれど、複数のカテゴリが並列に結びついていてあちこち文書をまたぐので激しく混乱。
プロパーは一ヶ月前から、外注で自分以外のメンバは先月からチーム入りしていて、外注部隊はチーフから「お願いだからくすぶってないで。何しても良いから育って」みたいな事をいわれている。
自分にもこれは適用される事で、イタイ発言が許されるうちにズバズバ言っておくことにしておく。
その割に他所の経路できている外注に「お前らナニ個人で悶々としてんの? ダメだろ」みたいな事をいわれた。
お前にアクション起こしているところを見せてないだけだ。今から追い上げるから待ってろ。同一ライン扱いすんな、とか思った。
週報に「みんなで和気藹々とやりましょう」的なことを書く割に講釈が偉そうだし、印象があまり良くないなこいつ。
こっそり敵を多く作るタイプだな、と思った。
でも、うまく乗りこなせば役に立つのもこの手のタイプの特徴。
追い上げて仲良くなれるようにがんばろう。
「ウザい。困る(否定的)」よりも「ウザい・・・のはわからんでもない(容認的)」に捉えた方が疲れないし。
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酢酸タリウム女子高生殺人未遂事件(お小遣いとネットショップ)。
毒殺魔「
グレアム・ヤング(Wikipedia)」を模倣した犯罪だそうで(報道の受け売りですが)。
母親に毒を盛るという行為よりも、これは「模倣犯」であると聞いて反応しました。
ブログのログが早々と晒されまくり、抽象的な(いわゆるドリーム?っぽい)文章が特徴的です。
タリウム(Wikipedia)自体は遅効性の劇物らしく、じっくり浸透していくようです。
たしかに、静的で酷い事件ではあるんだけど、ワイドショーはとにかく日記が面白いらしくそればかり強調しているようにみえます。
BGM付きでナレーターがご親切に読み上げてくれるのを見ると、危惧しているのか楽しんでいるのかわからないです。「悪者みつけましたショー」か。
件の女の子には「なんでだ?」と悲しくなるし、それを報じるメディアには「なんでだ!」反吐が出ます。
久々にアンチメディアな気持ちになりました。