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夢目記


日記鯖システム管理者からのお知らせ

  • HTTPSに対応し、http://ds.sen-nin-do.nethttps://ds.sen-nin-do.net のどちらでも日記鯖にアクセスできるようになりました。 なお、当面はHTTPとHTTPSのどちらも利用可能としますが、将来的には http://ds.sen-nin-do.net へのアクセスは https://ds.sen-nin-do.net へ転送する予定です。
  • 都合により日記鯖のURLが http://ds.wa-mo.to/ から http://ds.sen-nin-do.net/ に変更となりました。 突然で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。(2019/01/27)
  • 日記鯖の仕様変更、不具合対応等については、こちらの記事もご覧ください。

元気です。

2007/06/11 まるごと☆リンダちゃん #40

転送・転載歓迎

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 まるごと☆リンダちゃん #40
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■ご挨拶

男もすなるめるまがといふものを、おかまもしてみんとするな
り。こんにちは、りんだです。暑いですね〜 久々にめるまが
など発行してみたいと思いました。軽〜い気持ちで読んでいた
だければ幸いです。

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■6.15改憲阻止共同行動

詳細は、以下をくりっく。
http://www.jca.apc.org/kyujokaikensoshi/

りんだちゃんも津軽三味線を弾いて(改憲阻止と何の関係があ
るかは謎だが)応援しますよ〜

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■ZAKIさん、成島忠夫さん9条ネットから参院選に立候補!

選挙面白くなりそうです。川田龍平や尾辻かな子とともに、ZAKI
さん、成島忠夫さんも応援してね〜

ZAKI-野生化の時代
http://zaki.seesaa.net/

「naruchu.org」
http://www.naruchu.org/

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2007/06/12 まるごと☆リンダちゃん #41

転送・転載歓迎

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 まるごと☆リンダちゃん #41
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■ご挨拶

おかまもやるメルマガ。絶賛発行中!!!!
友達500人できるかな?

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■年金ではなく、ベーシック・インカム(基本所得)を!

 社会保険庁の問題が取り沙汰され、連日マスメディアを賑わ
している。実際、払ったはずの年金記録が消失し、しかも立証
責任を国民の側に負わせる役人のやり口が、多くの市民の憤り
を招いたことは当然のことだ。が、われわれはここで、福祉な
り社会保障に関して自明の前提になっているモデルを批判的に
捉え返す必要がある。
 その自明のモデルとは、保険なり年金というシステムである
。つまり、事前にリスクに関して当事者が負担金を納付し、後
にそれに応じて給付を受けるという仕組みがそれだ。生活保護
は別だが、障害年金や老齢年金、医療保険等は全てこの仕組み
である。このような仕組みは、20世紀に完成をみた福祉国家の
理想的形態といってもいい。
 が、それは、もろもろの限界を露呈している。先ず、大きな
政府を前提する福祉国家は財政的にもはや成り立たない、との
右派(ネオリベ)からの批判がある。この場合、個々人は「自
己責任」を負わされ、不安定な市場にただ投げ出される。例え
ばアメリカ社会などを見れば一目瞭然だが、金持ちの守られる
べき命と、貧者の棄てられるべき命が差別化されるのは全面的
な市場化の必然的な帰結である、といえる。批判は右派からだ
けではない。ラディカルな左派からの批判もあり得る。それこ
そここで主題にしようとしているベーシック・インカム(基本
所得)だ。
 ベーシック・インカムを主張する論者は、福祉国家体制が不
可避的に採用する「選別の政治」を批判する。福祉国家は、保
護されるべき者らを特定する際、彼・彼女らをスティグマ化し
、差別に晒す。また、憲法の生存権の規定などからも貰って当
然である生活保護に関しても、貰っている人は申し訳ないとい
う感情を抱かされるし、またケアワーカーらも、受給者の生活
を監視する。そんな窮屈な世の中を変えようではないか、とい
うのがベーシック・インカムの基本的な主張である。
 つまり、ベーシック・インカムという理念によれば、あらゆ
る市民は無条件で生きるためのお金を国家から給付されるべき
である。ベーシック・インカム(基本所得)を徴づけるのはこ
の無差別性・平等性である。例えば、障害年金であれば、その
人が本当に生活に支障をきたしている障害者であるのか否かと
いった審査があり、生活保護に関しても、ミーンズ・テストと
呼ばれるもろもろの審査がある。資産があったり、親兄弟など
頼る人がいるならば受給させないというのが行政の方針なので
ある。しかし、そんな審査に掛けるコストがあるならば、それ
を全員に分配したほうがいいのではないか。誰が「本当に困窮
した人」であるかテストするより(それはしばしば苦痛と屈辱
を伴う)、全ての人に生活できるだけのお金を渡したほうがい
いのではないか。
 しかし、すぐにこう反論する人がいるだろう。ただでさえ危
機的な状況にある日本の財政は、そのような高負担には堪えら
れず、破綻するだろう、と。しかし、本当だろうか。われわれ
が例えば軍事費などに掛けている法外なお金を回せばいいので
はないだろうか。また、適正な所得税や法人税の課税も必要だ
。要するに、真の「勝ち組」=セレブには彼・彼女らの分け前
を少し減らして貰い、それを困窮者に回すということだ。つま
り、所得の再配分を行うということだ。
 ベーシック・インカムに関しては、思想誌『VOL』の最新号
が特集を組んでおり、山森亮が精力的に各地でワークショップ
を催している。私も山森を通じてベーシック・インカムを知っ
た者の一人だ。生きることそのものが政治的闘争の課題である
今日、ベーシック・インカムは最先端の思考である。私は皆さ
んに、『VOL』を購読し、ベーシック・インカムへの理解を深
めることを勧めたい。

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■クィア問題

 「クィア queer」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
日本語に訳すと、おかまとか変態などという意味である。「ク
ィア理論」と呼ばれる理論、正確には立ち位置がある。それは
、相手から見下され嘲られた時、相手の嘲罵の言葉(「オカマ
!」)を逆手に取ってそう名乗り、「そう、私はオカマだよ。
それで何が悪い?」と言い返すようなありようだ。レズビアン
/ゲイ・スタディーズが大学の学問として制度化するとともに
、狭義の同性愛者に収まりきらない多数多様な性的少数者を呼
ぶ言葉として「クィア」が持ち出され、学問的また商業的な、
或いは政治的なもろもろの言説で用いられているのが現状だ。
だが、時代がそうなる遥か以前に、アメリカの前衛作家ウィリ
アム・バロウズは堂々と自作長編の題名を『おかま』と名付け
ていた(ペヨトル工房から山形浩生訳で公刊されている)。ま
た、西洋からの輸入以前に、東郷健は選挙で(!)「おかまの
東郷健」と自称し、投票を呼び掛けていた。或る意味で、現在
のクィア状況は、東郷健的アナーキズム=八方破れの追い詰め
られた底辺の者らが絶望的な状況で声を挙げるようなものの再
現といえるのかもしれない。
 クィア政治とは何か。それは、アイデンティティの政治とあ
りとあらゆる選別の拒否である。例えば、ゲイ・アイデンティ
ティを声高に語る時、そこからはバイセクシュアルやトランス
ジェンダーなど狭義の同性愛者でない人は排除されざるを得な
い。また、運動内部の女性嫌悪や性差別などが隠蔽されること
も多々ある。クィア状況においては、私は他者と識別し難い者
であり、顕れているとともに隠れている者である。私は、絶え
ざる行為とパフォーマンス、位置ずらしで他者からの捕捉を逃
れる。クィアとは「顔を消せ!」というドゥルーズ=ガタリ的
な政治を生きる者である。クィアとは自らの生/性を個体の変
化可能性がどこまで辿りつけるかを測る実験と化する者であり
、或る意味極度にストイックな修道的な者でもあり、且つまた
、とんでもない尺度外れの外道、理解不能な好き者でもある。
が、そのような者らこそ、歓待されねばならないのだ。
 幾つかの事例を挙げよう。少年愛と売買春(セックス・ワー
ク)とSM。まず、少年愛を論じよう。同性愛の権利を主張する
政治活動家であっても、少年愛には生理的且つ道徳的な非難を
浴びせる場合が多々ある。はっきりいえばそれは、ヒステリー
である。例えば1990年代後半、レズビアンやゲイの国際組織ILGA
が少年愛者の団体NAMBLAを除名した手続きは、明らかに論理的
に破綻しており、正当化不能なものであった。当時ILGAの活動
家が来日して事情を説明したが、彼によると、そういう事態の
収拾は「政治的」なものだったというのだが、こういう場合の
「政治的」排除が正当化されることはないし、あってはならな
い。
 同性愛は、成熟した成人の雄同士の正常な性行為であり、少
年愛は、病気であり倒錯であり犯罪である、と言われる。が、
しかし、本当にそうなのだろうか。同性愛の性行為でも通常の
行為もあれば犯罪行為もあるように、少年愛もそれと同じだけ
ではないだろうか。まず、少年とセックスすることを「欲望」
すること、純粋な幻想の世界は全く裁かれる必要がない。問題
はその欲望を言語化して他者と共有し、さらに行動化するのが
どこまで許されるかということである。そしてそれは、個々の
ケースに即して繊細に判断されるべきである。少年愛の欲望を
抱く人は「危険人物」でも何でもない。貴方の共同体から彼な
いし彼女を排除することは問題にならない。或いは、監視カメ
ラで監視することも。
 次に売買春(セックス・ワーク)に移りたい。異性間の売買
春は売春防止法で規制されているが、同性間のそれに関する規
定はない。同性愛には「売り専」と呼ばれる売買春(セックス
・ワーク)が存在しているが、それは法では裁かれない。ただ
売る側が未成年である場合、青少年健全育成条例との絡みで問
題になるくらいだ。が、法律的には違法ではないとしても、倫
理的には正当化され得るのかどうかが問題になる。仮に生/性
の自己決定権を最大限尊重する立場から、セックス・ワークの
非犯罪化に取り組む場合でも、しかし「買う側」の倫理を問う
必要は以前残っている。例えば、異性愛であれ同性愛であれ、
お金を持った中高年の男性が東南アジアなどに買春ツアーに行
くことはよく知られているが、彼らのそうした行為も正当化さ
れるのか。また、アメリカ本国で抑圧されていたバロウズやポ
ール・ボウルズら同性愛者は、旧植民地タンジールで男の子を
買い漁っていたわけだが、そうした行為は正当化されるのか。
これは難しい問いなので、敢えてここで答えは出さずにおこう

 最後にSMについて考えてみたい。自らもゲイであった思想家
ミシェル・フーコーは、SMを、権力関係をゲーム化する戦略と
して捉えた。その是非は措くとして、当人の自己決定権(その
人固有の身体・生命に及ぶ)との絡みで、過激なSMプレイがど
こまで正当化されるのかを問うてみたい。
 ご存知の方も多数いるとは思うが、アメリカにはBME(身体
を極端に変容させた人々という意味)という集団がおり、画像
などを一般公開している。それには、性器を含む身体を傷つけ
ることや、極端な場合では手を自ら切断することまでが含まれ
ている。自分で自分の身体を傷つけたり、或いはサディストと
契約して傷つけてもらうことが倫理的に正当化されるとするな
ら、では他者と契約して同意のもとに命を絶ってもらうことが
正当化されるかどうかを問うべきだ。生命倫理はこの問題の前
で長らく躊躇してきたが、生/性の自己決定の論理を極限まで
推し進めるなら、死の自己決定権を主張せざるを得なくなる。
それは敬虔な人々には、人間の自由なり我意のままにしてはな
らない「死」という崇高で神秘な次元を汚すものとして嫌悪さ
れ非難されるだろうが、しかし、それは必然的な帰結なのであ
る。貴方が自殺に反対であったり、身近な他者に死なないで欲
しいと願うことは別に構わない。が、死を選んだ人の選択を道
徳的に糾弾する権利は誰にもない。むしろ、「自ら」選んだは
ずの死が、実は社会構造に「選ばされた」ものだったのではな
いか、との不断の批判が必要だ。

 わざと極端な例を挙げていると思った方もいるかもしれない
が、私が言いたかったのは、クィア政治なりクィア状況が旧来
の道徳観を揺るがす危険なもの、境界を越える、ないし一線を
越えるような行為と関係があるということである。クィア以降
、性は未知で危険なものになった。性は冒険であり、実験場な
のだ。もしかしたら、そこから何か新たな関係性が生まれるか
もしれないし生まれないかもしれない。が、それに注目し、絶
えず思考し続けることが必要だ。誰の権威にも頼らず、草の根
の思考を続けること。それがクィア化した性がわれわれに開い
た地平なのだ。

ーーー
 だからクィアを問うことは、(暴)力を問うことなのである。
安定的な形態を歪ませ崩潰させるような外部の(暴)力として性
を考えること。暴力的な状況の只中でのサバイバル術を磨くこ
と。

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2007/06/13 まるごと☆リンダちゃん #42

転送・転載歓迎

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 まるごと☆リンダちゃん #42
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■ご挨拶

へんたいかくめい。やらないか?
ぷげら

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■知について

 MLでの討議で考えたこと。私の議論は、知識人(インテリ/
亜インテリ)らを特権化するものなのだろうか。私としてはそ
ういうつもりはなく、誰もが持っているはずの「限界芸術」的
な知でDIYすべきだということを訴えたかったのだけれども。
 実際、フーコー以降、「知」の外部はない(権力関係の外部
がないように)というのは定説になっている。フーコーは、学
問性(科学性)の基準を大幅に下げ、われわれの多様な言説的
実践をそれとして取り出し分析する身振りをとった。(科)学者
の言説が言説であるように、一定の整合性なり一貫性があれば
、(科)学者ならぬ市井の人の言葉も等しく言説なのである。そ
してそれら言説がエピステーメー=その時代の知の構造を構成
する。こうした言説的実践は、 (科)学者、研究者、知識人が
独占しているものではなく、全ての人に開かれている。
 だから無知なり非知というのは、所与のものなのではなく、
むしろ創造されるべきものだ。忘却にしてもそうで、それは受
動的ないし消極的ではなく、積極的行為なのだ。「知」などと
呼ばれる既成の枠組み・制度から外に出ようとする特異な運動
、それが忘却である。忘却と創造行為は緊密に結びついている
。そしてそれは、狭義の(科)学者や知識人、アーティストのみ
ならず、万人に開かれているのである。
 「ノンエリート」にせよ何らかの知なり技術は持っている。
企業適合的な「知」以外の「知」からも遮断される人間といっ
ても、彼・彼女らなりに、情報を得、思考しているはずである

 思考の質ということに、ほとんど学歴は関係ないということ
は、私達の中でも最も刺激的な思索を公にしている人達が大学
中退や高校中退であることからも明らかである。大卒以上の者
らを特権化しているわけではない。むしろ、大学という制度の
外で学ぶ場を構築したほうがいいという議論だと思う。手前味
噌で恐縮だが、私があかねでやっている連続ワークショップも
、大学なりといった制度に収まらない「学び」の場を作ろうと
するものだし、それに例えばHOWS などもそうなのではないか

 「企業適合的な「知」以外の「知」からも遮断される人間」
「ノンエリート」も含めた(制度外的な?)学びの運動の場を
作るといった方向で考えたらいいのではないかと思う。
 補足。矢部史郎の発言で一番いいと思ったのは、「60億の思
考が覚醒する」というくだり。これは、学者・研究者・批評家
の知を特権化するものではないし、制度的な知を特権化するも
のでもなく、どんな人も持っているはずのその人に固有の草の
根的な「思考」(私はそういったものが必ずあると信じている
)を称揚するものだ。
 拡張され一般化された「知」は、大学などの制度内の知のみ
ならず、ありとあらゆる変則的で現場の知や技術をも包摂する
ものである。その意味で、例えばWhole Earth Catalogのよう
な対抗的百科全書を作る必要があるし(そこには学問や文化と
看做される言説のみならず、仕事の技術や、病いの当事者言説
なども含まれる)、wikiはその課題に応答する技術である。

http://park.geocities.jp/ram_catalog/

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■クィア問題(続き)

 だから問題は、性が孕む(暴)力を問い引き受けることである
。その(暴)力は安定的な形態を歪ませ崩潰させ、旧来の関係性
を破壊し新たな関係性を構築する。性と(暴)力、そして能動的
平和を共に思考すべきである。性は思考にとって、その限界を
なすものである。性は、どんな馬鹿者もどんな教養ある人も逃
れられない、或る種の動物的体験である。性衝動は、完全には
明晰に把握することのできない暗い根底である。その理解困難
性にこそ、性衝動の苦悩と快楽が存する。性衝動と笑いは両立
するか? 高橋源一郎の『ジョン・レノン対火星人』にそれに
触れたくだりがあった。主人公がセックスしようとして、笑っ
てしまいできないというのだ。われわれは性によって思考をそ
の限界にまで至らしめ、笑いによって性を解体する。笑いとは
それ自体における肯定性である。
 性は他者を傷付けるものなのか。他者を切り刻むか、自分を
切り刻むかの二者択一しかないのか。ペニスはアイロニーだが
、肛門はユーモアである。それから、睾丸も。実際、陰嚢はど
こか間抜けである。大体皺くちゃだし(笑)。

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2007/06/14 まるごと☆リンダちゃん #43

転送・転載歓迎

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 まるごと☆リンダちゃん #43
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■ご挨拶

pgr) pgr) pgr) pgr)
陽気なオカマのリンダちゃんで〜す。「pgr)
」に意味は何もありませ〜ん。気楽に読んでね!

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■ドゥルーズ本を読み比べる

全部とは言わないが、ドゥルーズを取り上げた本(邦訳がある
もの)をかなり読んでいる。それの比較を試みてみた。

http://d.hatena.ne.jp/femmelets/20070614#1181755235

シェレールの本は、ドゥルーズ(の思索)への愛が窺われて、
所謂正統的ないし教条的なドゥルージアン(そういう形容矛盾
みたいな人もいるんです)じゃないところが却っていいですね
。コールブルックの本は退屈だし何の発見ももたらさない。日
常生活の退屈さを告発すればそれでいいってなもんじゃないで
しょう。バディウやジジェクといったラカニアンのドゥルーズ
本は、私は厭ですね。先ずガタリやガタリとの共同著作を抹殺
するところが思想のテロリズムですよ。確かにガタリは(彼独
りで書く時には)哲学者としてはアマチュアですよ。でも、そ
ういう人と共に書くことを選択したドゥルーズの意志を尊重す
べきだと思う。オーソドックスな「哲学者」としてドゥルーズ
の言説を抽象化、純化することは彼自身の意志に反しているば
かりか、思考の営みとしても不毛だと思う。マルタンとズーラ
ビクヴィリの本は、丁寧だし独創的だ。ハートの本は忠実だが
やや退屈。小泉義之の書いた本は日本人のものとしては出色の
出来。今借りてきて読んでいるが、『意味の論理学』の新訳も
凄くいいね。良い仕事をしたね。

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■通院

爽風会佐々木病院に朝一で通院。船橋の医療センターの近くに
ある病院は、『生き延びるためのラカン』(愚著!)を出した
斎藤環がいることで有名だが、斎藤環は新患を取らないので、
私の主治医はH先生という方。保険証と通院カードを出してOK
かと思いきや、受付のお姉ちゃんに声を掛けられとんでもない
ことに気付く。自立支援の手帖を忘れたのだ! お陰で1割負
担のところをその3倍、3割=4,500円も払う羽目に。イタタタ
タっ!!!! 今月中に自立支援の手帖を持っていけば過払い分を
返却してくれるというので、次回診察を1ヶ月後ではなく2週間
後の28日(木)の朝一にしたが、交通費やら医療費やらで、結
局2,000円くらい損することに。貧乏乞食芸人の私は、それを
嘆くのであった。が、嘆いてばかりいても始まらない。これか
ら芸音音楽アカデミー=Cafe LETSで歌のレッスンだ。そして
タニケンが来る。夜はドゥルーズ『意味の論理学』読書会。よ
うやく新訳を入手して読み始めたが、面白いようにすいすい読
めるのだ。やはり翻訳って大事だな、と思う。

ふうてんののざらしあるきしてみればきがちがへどもいきては
いける

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2007/06/16 まるごと☆リンダちゃん #44

転送・転載歓迎

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 まるごと☆リンダちゃん #44
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■ご挨拶

 「まさに超絶だ」(←何が:-))が合言葉のリンダちゃんで
す。昨日は集会→デモに行ってきましたが、「老人力」をまざ
まざと感じましたね。日本にこういうお年寄りらが残っている
限り、安倍には改憲は無理だろうね。若い世代も頑張ろう! 
楽しみながらね。

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■この爺さんらから、眼が離せない 今「改憲阻止」が面白い

元赤軍派議長の塩見孝也 http://homepage2.nifty.com/patri/
に誘われて、「9条改憲を許さない6・15共同行動」に参加して
きた。それが非常に面白い経験だったので、是非皆さんに紹介
したいと思い、筆を執った。この共同行動は、9条改憲阻止の
http://www.jca.apc.org/kyujokaikensoshi/ という60年安
保、70年安保を闘った世代の人達を中心に構成されている団体
が陣頭指揮を取っているが、その運動スタイルが実にユニーク
であり、恐らく本人らの意図を超えたところでユーモアを身に
帯びてしまっているところがある。今日の集会→デモは、1,000
人を超える多数の人の参加で非常に盛り上がり、警備の警察官
らも慌てていたほどで、大成功といえるが、今日のデモの面白
さは単に人数が多かったというだけではない。いろいろな創意
工夫、発明、仕掛けが多々盛り込まれていたのだ。
 例えば、「9条改憲阻止」と書かれた赤いタスキ(500円)。
また、これが一番面白かったのだが、カスタネットと一体にな
ったメガホン(300円)。今日のデモは、このメガホン-カスタ
ネットを打ち鳴らしながら、いろいろな歌を歌ったりしたのだ

 例えば、「幸せなら手を叩こう」の替え歌で、

 改憲NOなら 声あげよう
 改憲NOなら 声あげよう
 改憲NOなら 態度で示そうよ
 さあみんなで デモ行こう

などと繰り返し歌うのだ。これは、若者らのサウンドデモとは
また違った意味で面白かった。このアイデアを提案した人はベ
タに本気だったとしても、他者から見るとこれは非常にユニー
クで笑いの要素を含んだものにみえる。本人の意図とはズレた
ところで、ユーモアが生じているのである。私は以前、やはり
この界隈のデモのシュプレヒコールで「孫に憲法9条を残そう
」というのがあるのを聞いて、思わず笑ってしまったが、そう
いう巧まざるユーモアが横溢しているのである。
 この面白さは、当事者らがベタに本気であり、極めて実践的
に「行動」し続ける中から生まれている。例えば9条改憲阻止
の会は、ウェブサイトでも報告されているように、極めて長期
間の国会前でのハンガーストライキ・座り込みに取り組んでき
た。そして今日の集会で、そのハンストに全部参加し続けたと
いう高齢の男性が発言したが、その人は文字通り自分の孫らを
集会に連れてきていた。また、ハンストにも4人いるという孫
らを次々に連れてきていたのだという。さらに、米は食わなか
ったが酒は飲みつつハンストを貫徹したという別のお年寄りは
、「もうこの歳になったら、誰に遠慮することもない。この闘
争に勝利して、思い切り皆で乾杯しよう」という意味のことを
述べていた。それから、肝臓癌に冒されて文字通り死に掛けて
いる人も駆け付け、病魔との闘いにも必ず勝つが、安倍が売っ
てきたこの「喧嘩」買わないわけにはいかない、と意気軒昂と
語っていた。
 私は、それを聞きながら、「この人達、面白い」と思ってい
た。賃労働から引退した「引退者」のみが主体的に運動を担い
得るというNAM(柄谷行人)の理論を身をもって実証してしま
ったかのようなこの老人達は、自分の残された人生の全てを掛
けて、50年前に対決した岸信介の孫・安倍晋三と闘っている。
その闘いぶりがベタでマジであればあるほど、周りからはそれ
はユーモラスにみえる。が、ドン・キホーテを笑うような冷や
やかな笑いではなく、共感的な笑い、「いい歳してよくやるよ
な」と思いつつ、その実践的ラジカリズムに敬意を表さざるを
得ないような、そういう実質的な「何か」が確実にあるのだ。
 この集会→デモでは、9条ネット http://9jo-net.org/
ら7月の参院選に挑戦するZAKI http://zaki.seesaa.net/ 、成
島忠夫 http://www.naruchu.org/ とも話したが、政治的にど
うこう言うよりも前に、私は彼らの人間的魅力に心打たれた。
彼らは我欲や利己心のない、実に爽やかで心暖かな人柄である
。政治的な思想信条や政策も勿論大事だが、それ以前に基本的
なものとして必要なのは、人間らしい人間である、ということ
ではないだろうか。その人の人間味に触れるように感じられた
時、信頼が生まれるのではないかと思う。
 また、私は頼まれて津軽三味線を日比谷野外音楽堂で10分程
度披露したのだが、初め、改憲阻止という政治的なテーマと津
軽三味線がどうにも結びつかないように思い、ちぐはぐさを感
じていた。が、結果的には、非常に良かったと思う。それは会
場の多くが、高齢の男女(とはいえ、男性が圧倒的に多かった
)であったので、彼・彼女らを励まし元気づけるものとして、
津軽三味線は抜群に意味があったと思うのである。
 ともあれ、われわれの闘いは始まったばかりである。国民投
票が予定されている2010年まで、或いはそれを超えてなお闘い
は続くのだ。今後の数年において、今日活躍していたような年
配の方々の言動からは、眼が離せないと感じる。読者の皆さん
も、共に闘わん!

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まるごと☆リンダちゃん
編集:リンダちゃん(攝津正)
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2007/06/18 まるごと☆リンダちゃん #45

転送・転載歓迎

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 まるごと☆リンダちゃん #45
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■ご挨拶

 元気全開! 変態上等(www リンダちゃんです。フリーター
全般労働組合の組合大会に行ってきました。副執行委員長を辞
し、執行委員になりました。プレカリアートの運動、盛り上げ
ていきましょう!!!

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■フリーター全般労働組合を知っていますか?

 貴方は「フリーター全般労働組合」を知っているだろうか。
 私達フリーター全般労働組合は、フリーターでも入れる(フ
リーターしか入れないという意味ではない)、一人でも入れる
労働組合として、関東を中心に活動している。構成員は組合員
・賛助会員を含めて50名余である。フリーター労働相談から、
基本所得(ベーシック・インカム)問題への意欲的な取り組み
、非正規労働バッシングに抗する言論表現活動などを行ってい
る。
 当初、この運動の中核を担っていたのは、私の友人でもある
プロレタリア詩人の安里健(徳田ミゲル)であった。が、経緯
はよく分からないのだが、彼が運動を離れ、創設当初の組合員
もほとんどが去り、昨年度から私や友人・知人らで再建を志し
てきた。5名からスタートして、いま組合員は30名以上いるか
ら、6倍以上組合員は増えていることになる。尤も去年掲げた
目標:「組合員を100人にする」は達成できていないが、何と
か今年中に達成したい。
 もし貴方が、フリーターやそれに準ずる働き方──派遣、契
約、請負等々──で働いていて、フリーター全般労働組合のこ
とを知らないのだとしたら、知って欲しい。そして、是非私達
に連絡をして欲しい。いきなり組合員にならなくても、年会費5,000
円の賛助会員制度もあるし、会費無料の非正規労働問題に取り
組むネットワーク=PAFF(これは元々労組の準備会であった)
などもあるので、その人のニーズに応じた多様な参加の仕方が
可能である。もし貴方が自営業や中小企業の社員であったとし
ても、貴方はプレカリアート=不安定な労働者である可能性が
ある。そして私達フリーター全般労働組合は、全てのプレカリ
アートに広く門戸を開き、参加を呼び掛けている。生と労働が
際限なく不安定化され、労働者保護制度が骨抜きにされようと
している現在、労働者の分断を阻止し、皆で団結して抵抗の声
を挙げていくことは何よりも大切なことである。
 私達は他の労組などと連携し、労働相談に継続的に取り組み
、難しい事例を含む多くの案件に取り組み、団体交渉などを行
って成果を勝ち取ってきているほか、メールマガジンや機関紙
などで活発に言論活動を行っている。それは不安定な生を強い
られた者達=われわれがマスメディアなどに不当に歪曲されて
表象されるのに抗い、当事者自らの声を挙げるという意味があ
る。また、労働組合としては異例のことだが、ベーシック・イ
ンカム(基本所得)問題に関心を持ち、集会などに参加して取
り組んできている。
 労働組合というだけで、否定的なイメージが纏わりつく。古
い、ダサい、過去の遺物…。そうした既成概念とどのように闘
えばいいか、実は私にもよく分かっているわけではない。労働
組合に参加するということは、少なくとも、資本家的生産様式
の支配的な社会においては、賃労働をするということは疎外的
な性格を持っているということを自ら認めることである。つま
り、自分の「仕事」がやりがいや夢、自己実現などのためのも
のでなく、労働力再生産=自分(や家族)の身体と生命の再生
産のためのもの、生き延びるためやむを得ないものであること
を嫌々ながらであれ認めることなのだ。自分探しや自己実現に
熱心な若い世代は、だから、労働組合に参加しようというモチ
ベーションがなかなか湧いてこないのかもしれない。彼・彼女
らにとって、生きづらい現実、何の興味も面白みも持てない仕
事で若干の待遇改善を得ることよりも、大事なのは多分もっと
別のことなのだろう。
 しかし、今日(2007年6月17日(日))、フリーター全般労
働組合の定期大会と交流会に参加してみて、私は私達のこの組
合が一種のコミュニティ機能、相互扶助や感情的交流の場にな
っているのを強く感じた。立場や働き方、人生観などは様々で
多様ではあるが、共に闘う仲間であるということによる絆を強
く感じた。今政府や財界が仕掛けてこようとしている「労働ビ
ッグバン」に抗して闘うぞという意志を共にしていると感じら
れたし、自分自身に尊厳を持とうという根源的な呼び掛けに応
答して集まってきているように感じられた。私の推測は当たっ
ていないかもしれないが、私達は、どこにでも巣を張り、共謀
し、資本と国家の横暴に手痛い打撃を与えるべく、今日もどこ
かで──ネット上で、或いはリアルな場で──会合を開いてい
る。この会合に、貴方も参加してみませんか?

フリーター全般労働組合のウェブサイト
http://a.sanpal.co.jp/paff/union/

フリーター全般労働組合のメールアドレス
paff@sanpal.co.jp

フリーター全般労働組合の電話&FAX 03-3373-0180

フリーター全般労働組合のブログ
http://d.hatena.ne.jp/spiders_nest/

Wikipediaにおける「フリーター全般労働組合」の記述
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%85%A8%E8%88%AC%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%B5%84%E5%90%88

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■こころ系の時代 激増する精神医療ユーザーの抱える問題

 私は911同時自爆事件以降精神科に通院する患者であり、山
本眞理らがやっている全国「精神病」者集団のメンバーでもあ
る。診断は「不安障害」と言われている。不安神経症のことで
ある。最初高根台メンタルクリニックに通っていたが、1年程
前から爽風会佐々木病院に転院し、認知療法を専門とし、パキ
シルを主に処方するH医師が主治医になっている。
 どうして精神科に通うようになったのか。記憶する限り、私
は思春期の頃からどこかおかしかった。高校生の頃、習いに行
っていたピアノの先生に、「攝津君は様子がよかしいので精神
科に罹ったほうがいいのではないか」と言われたことを覚えて
いる。実際、一度罹ったのだが、その後行かなくなってしまっ
た。大学、大学院でもいろいろメンタルな問題を抱えながらや
っていたが、精神科の門をくぐるまでには至らなかった。
 私が精神科に罹らざるを得なくなったのは、明らかに911の
影響、そして当時関わっていたNAMという運動との関係でであ
る。当時私は、パートタイマーとしてさいたまにある会社進学
データシステムに勤務していたが、社長の奥さんが私の様子が
明らかにおかしいからと会社近くの精神科に私を連れて行った
のだが、どういうわけか診て貰えず、自宅近くの高根台メンタ
ルクリニックに罹ったというわけである。当時の症状は、激烈
な不安・抑鬱・罪責感だった。「××さんに申し訳ない」とい
うような激しい感情に襲われ、当の××さんに連絡を取ってみ
ると「申し訳ないようなことは何もしていない」と驚かれる、
ということの繰り返しだった。私は、超自我との関係で病んで
いたのだと思う。私に眼差しを向けてくれるはずの高いところ
にいる他者との関係で、不安に陥り、精神的に混乱していたの
だと思う。
 急性の不安発作はじきに治まったが、以降、強い抑鬱と希死
念慮に悩まされた。自分が価値がない人間で、生きていても何
も良いことはなく、死んだほうがましだという想念に捉われて
いた。薬を飲んだり、精神科医と話したりしても、これはまる
でよくならなかった。しかし、それも最近は改善の兆しが見え
てきたのは、明らかに明光義塾でやっていたバイトを辞めたこ
と、及び音楽活動を再開したことの影響が大きい。明光義塾で
の事務員としての仕事は、私にはストレスフルで屈辱的なもの
だった。或る程度のお金にはなったが、その代わり、自分の無
用性・無能性を日々感じなければならず、とても辛かった。

 ここで私個人のことを少し離れ、大状況を語ってみたいと思
う。1990-2000年代以降、精神科に通う人達の数は爆発的に増
えてきている。このことは何を意味するのか。先ず第一に、精
神科の敷居が低くなって、それまでなら受診しなかったような
層の人達が受診するようになった、ということが挙げられる。
第二に、その「精神病」の軽症化ということが挙げられる。古
典的なヒステリーや統合失調症、大うつ病などは少なくなり、
ぷちうつ、仮面うつ、或いは境界性人格障害などが増えてきて
いる。この軽症化は、必ずしも良いことばかりではない。統合
失調症でなくても、統合より難治の人格障害なり神経症は幾ら
でもある。患者=受苦者本人の苦しみは、「軽症化」とはいっ
ても、やはり大きなものだろう。それから第三に、社会的構造
としての経済的問題、端的にいえば貧困が挙げられる。自殺者
が3万人を超える事態が続いているが、そのうちの一定の割合
の人達が、遺書で経済問題を理由に挙げている。自殺までいか
なくても、リストラや労働強化などが原因で精神疾患に罹患す
るといったことはよくあることである。これは本質的には、ベ
ーシック・インカム(基本所得)なりで生活が保障されないと
解決しない問題だと思う。
 「メンヘラー」という用語は2ちゃんねる用語だからといっ
て嫌う人がいるので、こうした「新しい「精神病」者(神経症
者)」達のことを、あかね=だめ連界隈での言葉、「こころ系
」の人達と呼ぼうと思う。重篤な精神病でないからといって、
「こころ系」の人達の苦しみというのは主観的には大変なもの
であり、なかなか簡単に解決するものではない。実際、私も早
稲田のフリースペースあかねに継続的に関わっているが、精神
病者の方が救いを求めていらっしゃるが、「どうにもならない
」ケースというのも経験してきた。この問題は本当にシビアな
のである。が、問題があるということを直視し、それに地道に
取り組むことが必要なのだと思う。

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