転送・転載歓迎
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
まるごと☆リンダちゃん #46
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ご挨拶
梅雨入りと聞いてますが、雨は降らず、暑い毎日。こんな時
は、サイダーに林檎酢を混ぜて飲むと、冷たくて美味しいです
よ。
電車の中でドゥルーズの哲学について考えて、後どのくらい
生が残されているのか分かりませんが、一生を掛けて読んでも
彼の主要著作、特に『意味の論理学』と『アンチ・オイディプ
ス』の一定部分は理解できないだろうな、と思い、少し寂しく
なりました。世界中に多数のドゥルージアンがいると思います
が、そして私もその一人ですが、その大多数はドゥルーズ思想
の或る部分を理解できずに一生を終えるのではないか、と思い
ます。ドゥルーズの思考の最も独創的な部分は、容易に理解で
きるものではなく、近づき難いものです。しかし、それでも私
は毎日、毎年ドゥルーズを読み続けるでしょう。死ぬまでにド
ゥルーズ研究書、入門書の一冊も上梓できないだろうと予感し
つつ、単純に、純粋に、好きだから読み続けるのです。その意
味で、私は哲学のアマチュアであり、そしてそのことを恥じて
はいません。愛故に読む、そしてテキストに寄り添って考える
、その喜びを恥じてはいません。私の考え方は偏向しているだ
ろうし、欠陥も多いでしょうが、自分自身の特異な思考を徹底
して突き詰めていこうと思いました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■プレカリアートの希望は戦争に非ず──赤木智弘批判
皆さんは、『論座』
http://opendoors.asahi.com/ronza/
を騒がせている一人の男のことをご存知だろうか。彼の名前は
、赤木智弘
http://www7.vis.ne.jp/~t-job/ 。『論座』2007
年1月号掲載「「丸山眞男」をひっぱたきたい」で世間に衝撃
を与えた彼は、その後も様々なメディアに露出して発言を繰り
返している。彼は、深夜コンビニで働く自分の境遇がいかに辛
いものかを訴え、「31歳フリーター 希望は、戦争」と語る。
その意味は、今は不平等であるところの、「不利益」の分配を
するために、要するに日本国民皆に苦しんで貰うために、「戦
争」を求めるということだ。彼は、戦死は国家によって名誉を
与えられる死なのに対し、フリーターである自分が死んでもそ
の死には意味や価値が与えられないと語っている。が、その論
理は倒錯している。そもそも国家が、人の死を選別し等級づけ
ることそれ自体を批判すべきなのに、国家=公による死の意味
づけを求めることはおかしい。雨宮処凛は、『群像』の連載「
プレカリアートの憂鬱」で応答し、「三二歳不安定作家。希望
は、革命戦争」などと述べているが、これもおかしい。「革命
戦争」なる言葉で彼女はどのような具体的状況を思い描いてい
るのか。かつての左翼の問題性があるとしたら、帝国主義戦争
には反対だが革命戦争はいいのだとか、アメリカの軍備は批判
するがソ連や中国の軍備は容認するといった二重基準にこそあ
るのではないのか。日本国憲法9条のラディカルな平和主義は
、自衛軍創設を公言して憚らぬ保守政治家のみならず、「赤軍
」なら良いのだと語っていたかつての左翼も批判するものだ。
全共闘に顕著だったように、「戦後民主主義」的平和の欺瞞
性ということは多くの人達によって語られてきた。そして、全
共闘の学生達は、文字通り、丸山眞男の研究室に突入し、蔵書
を破壊したのである。その事件について、批評家の吉本隆明が
『情況』という本の冒頭論文で論評しているが、自ら育てた学
生らに手を噛まれて、「諸君のやったことは、ナチスですらや
らなかったことだ」などと狼狽する丸山は確かに滑稽だと思う
し、批判されるべきだと思う。「68年革命」的エートスは、「
戦後民主主義」的秩序の転覆を目論んでいたのだから、そして
端的な破壊とナンセンスの力で社会を組み替えようとしていた
のだから、全共闘の過激派学生が研究室の秩序をぶっ壊すのも
当然である。
或る意味では、丸山の研究室を襲撃した左翼学生は、丸山眞
男をひっぱたきたいという赤木らのメンタリティの先駆をなし
ているとも言える。赤木は運動の歴史に無知だから、既に丸山
をひっぱたいていた人々が過去にいたのに、あたかも新しい何
事かのように嬉々として丸山をひっぱたきたい云々と語ってい
るだけである。
赤木智弘の心性は、真正の「怨恨(ルサンチマン)」である
。自らが恵まれないから、辛いから、他の自分よりほんの少し
幸福そうな連中に不幸になってもらいたい。苦しんでもらいた
い。怨恨は関係の絶対性(吉本)であるから、確かに乗り越え
難いものかもしれない。が、怨恨から他者の足を引っ張ろうと
する行為は無益そのものである。赤木は、2ちゃんねるをはじ
め社会に瀰漫する「なんとなくサヨ嫌い」の「気分」を実名で
書いたというだけで、何らオリジナリティも可能性も全く無い
。とはいえ、赤木的言説は、「ファシズム」を説く外山恒一の
過激な言説と違い、伝播・流布する可能性がある。というより
、現にそうなっている。だからこそ、(敢えて言うが)われわ
れ左派は彼の言説を全力で叩き潰さねばならない。彼に同情し
たり、共感してはならない。感情に訴える彼の議論そのものが
不当で不正なものなのだから、彼のようなタイプの言説には徹
頭徹尾「冷淡」であるべきなのだ。赤木は、既成左翼世代に自
分らに「謝罪」して欲しかったとか、謝罪の言葉が無いなどと
不平不満を漏らしているようだが、それは単に傲慢というほか
ないだろう。何故、特に彼に対して謝罪などせねばならないの
か。今のこの「生きづらい」社会を作り出しているのは、政府
・権力者や経団連など財界の側であり、彼が標的としている、
彼よりほんの少し余裕があるといった層の人達の責任ではない
はずである。一体何の資格があって、他者に謝罪などを求める
権利があると思い込んでいるのか。
そして、当たり前のことを指摘する必要があるが、「戦争」
は自己内で完結する営為ではない。必ず相手があり、加害-被
害関係があるのである。戦争が自分以外の多くの人々を巻き込
み、傷つけ、不幸にするというその構造に無自覚なまま、戦争
によって「リセット」を願うなどといった言説は決して許され
ない。彼の言説を、その観点から徹底批判し続ける必要がある
のだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■こころ系の時代を生き延びる 全国「精神病」者集団の闘い
1974年東京において催された「第1回全国精神障害者交流集
会」の場で全国「精神病」者集団は結成された。その際の決議
は、「保安処分新設反対、精神外科を禁止せよ、電気ショック
療法に対する患者の拒否権を与えよ、自由入院を拡大せよ、今
日の精神衛生法体制に反対する、優生保護法に見られる精神障
害者差別に反対する、通信・面会の自由権を承認せよ」等であ
った。
今からみれば考えられないことだが、かつては「精神外科」
手術、つまりロボトミーが精神病への治療としてかなり広汎に
実施されていた。有名なところでいえば、詩人アレン・ギンズ
バーグの母親もロボトミー手術を受けている。また、ベイトソ
ンの著書にも、ロボトミーを受けさせられる患者が示した最後
の抵抗(ユーモア)が記されている。全国「精神病」者集団で
精力的に活動している山本眞理が長野英子名義で出した『精神
医療』(現代書館)にもロボトミーを受けさせられる患者の最
後の訴えが生々しく描写されている。
ロボトミーほど野蛮ではないにせよ、現在でも電気ショック
(電気痙攣)療法は難治性のうつ病などに対して実施されてい
る。現在では全身麻酔の上施術するのが常識となっているが、
かつては無麻酔であり、且つ懲罰的に用いられる場合があった
。電気療法の是非については現在でも論争が続いている。例え
ば、先日破産した精神障害者の親の会ぜんかれんが出している
通信に、神田橋條治が電気療法に肯定的な発言をしたのに対し
、ばびっち佐野が抗議し、謝罪・訂正文が掲載されるという出
来事があった。(神田橋條治の新刊は、抗議文も収録している
とのことである。)電気療法が全身麻酔の上で行われるならば
、少なくとも苦痛はないにせよ、記憶障害が残るケースが多々
あるというのもまた事実である。電気療法の是非に関して、当
事者や専門家を含めた討論が行われることが望ましい。
全国「精神病」者集団は、犯罪を犯した当事者の救援や、予
防拘禁=まだ犯罪を犯していないのに再犯の惧れがあるからと
の理由で拘禁することへの反対・抗議活動を主に行っている。
そして当事者団体であり、精神病者、神経症者、人格障害等と
レッテルを貼られたことがある人や自分で自分を病者だと自認
する人で組織が構成されている。代表は置かず、メンバーの民
主的な討論で意思決定を行っている。
精神病、神経症、人格障害(この範疇には問題があるが)と
診断されて精神科の治療を受ける人の数は1990年代以降、激増
している。それは精神科への偏見が弱まった、敷居が低くなっ
たという肯定的な変化からもきているだろうが、社会そのもの
の構造的変化も大きく作用していると思われる。自ら命を絶っ
た有名な精神病者には南条あや、山田花子、二階堂奥歯などが
いるが、こうした人達、特に南条あやは、かつてのサブカルチ
ャーのエートスの中で自己形成し、結果的に死を選んだといえ
る。それは彼女の遺した日記などを読むとよく分かる。
或る人は、かつてのサブカルチャーのブームが残したのは、
結局は膨大な数のメンヘラー(精神科に通院している人を指す
、2ちゃんねる由来と言われている表現)だったと述べている
。サブカルチャーと或る特定の人間類型の生成の相関関係につ
いては慎重に見定めなければならないが、服薬への抵抗感が減
り、何か悩み事があれば抗不安剤・抗うつ剤を飲めばいいとい
った或る意味プラグマティックな態度が主流になってきている
というのはいえると思う。そんな中で、薬物の副作用も考慮し
、十全な自己決定をもって薬物と付き合わねばならないという
のは当然のことだろう。肯定的な意見もあれば否定的な意見も
あるが、薬物と自殺との相関関係も報じられたことがある。そ
れが実証されるかどうかは別にして、薬と自分の心身との相性
をよく吟味しつつ医者なり薬と付き合うというのは絶対に必要
なことであろう。
精神科の薬も日々進化し、かつてのような副作用が強かった
り依存度の強い薬ではなくなってきていると言われるが、よく
知られているように、覚醒剤とほとんど変わらないリタリンと
いう危険な薬も出回っている。また、ハルシオンのような普通
の睡眠薬であっても、健忘を起こすこともある。
適切な服薬により、症状の悪化や再発を防ぐことができる、
というのは事実だろうし、自らの健康にプラスの選択をすべき
であることも言うまでもないだろう。だが、精神科領域は、自
らの脳なり心という最も内奥のもの、最も重要なものを巡る政
治の場でもあるのだ。サバイバルのために薬を飲むとしても、
薬に依存したり、薬のせいで破滅したりしないようにする必要
がある。
私は暫定的に「こころ系」と呼ぶが、近年増大しつつある膨
大な数の精神医療ユーザーには、精神病者なり精神障害者とし
てのアイデンティティがない人が多い。そして、そういう人達
に無理にアイデンティティ獲得を強要することはできないであ
ろう。このことは、木村敏も指摘した、精神病の軽症化傾向な
どとも関係している。かつてのような「典型的」な精神病者(
例えば、人格が荒廃し一生を静かに病院で過ごすというような
)は少なくなってきているのだ。だが、だからといって自立支
援法のような悪法の精神を肯定するようなことは、決してあっ
てはならない。精神障害は、かなりの部分社会環境の問題でも
あるのだから、社会が責任をもってケアすべきなのは当然だ。
ハンディキャップを負って生きるのは、日本社会はまだまだ厳
しい社会である。そういう条件のもとで、医療としても経済的
にも当事者を支援し助けるような制度が必要である。また、個
々の病者自身の力=潜勢力を最大限発揮していく方向も必要で
あろう。つまり、それが養生(神田橋條治)ということである
。養生は、ほとんどスピノザ〜ニーチェ流の倫理、「良い」「
悪い」の倫理(自分の体に合ったものが良いものであり、不適
合なのが悪いものである、という、良し悪しをアレルギーのモ
デルで考える考え)と言える。われわれは、自己の本性=自然
に従って十全に力を発揮して生きるべきなのである。それは端
的にいって、自己の創造性や生きる力を最大限高める、表現す
る、ということである。
私は、「こころ系」の時代である現代、全国「精神病」者集
団のような相互扶助的で闘争的なグループの役割はますます重
要になると考えている。心ないし脳の病いなり機能失調がこれ
だけ広汎にある以上、サバイバルのために当事者同士何を為し
得るか話し合える場が必要なのは当然だ。が、例えば共謀罪法
案などは、そうしたピアサポートの場すら犯罪化するものであ
り(例えば、ピアカウンセリングの場で、「あの医者、気に入
らないな。殴ってやろうか?」と誰かが言い、別の人が「そう
だ、それがいい」などと応答すると、それだけで「共謀」が成
立してしまう)、絶対に許されるものではない。また、われわ
れは自己の生存権を勝ち取らなければならない。具体的にいえ
ば精神障害者年金や生活保護、さらに最終的には、ベーシック
・インカム(基本所得)を勝ち取らねばならないのだ。経験が
ある人には分かってもらえるだろうが、現在の制度の下で精神
障害者年金を取得するのは、実際に生活が困窮していても、か
なり難しいことである。国の基準は、統合失調症を一級、躁鬱
病を二級と定めている。だから、人格障害や神経症では、多く
の場合年金は取れないのである。が、軽症であるとしても、生
活や就労に支障をきたしているという現実もあるのだ。軽症例
にまで年金を出すと、国家財政が破綻するという言い方をする
人がよくいるが、それは事実なのか? むしろ、軍事費など不
要なものを削減し、所得税の累進課税や法人税率アップなどで
、福祉のための財源を捻出すべきだろう。そうしたことは拒否
しつつ金がない、予算が破綻する、などと言うのは結局現状追
認でしかない。われわれは、そうした反動的な意見に負けずに
、断固要求を貫徹する必要がある。われわれは、精神障害者で
ある以前に、先ず人間であり、生きているのであって、生の無
条件肯定こそ最初になければならないのだ。
全国「精神病」者集団のウェブサイト(私設)
http://www.geocities.jp/bshudan/
長野英子のページ
http://nagano.dee.cc/
Wikipedia内の項目「精神外科」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%9C%E3%83%88%E3%83%9F%E3%83%B
南条あやの保護室
http://www.nanjouaya.com/hogoshitsu
二階堂奥歯 八本脚の蝶
http://homepage2.nifty.com/waterways/oquba/index.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■メールマガジンの登録・解除
以下からお願いいたします。
http://www.mag2.com/m/0000201547.html
◎まるごと☆リンダちゃんのバックナンバー
⇒
http://blog.mag2.com/m/log/0000201547/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
まるごと☆リンダちゃん
編集:リンダちゃん(攝津正)
tadashi_settsu@yahoo.co.jp
http://www.geocities.jp/tadashi_settsu/
http://d.hatena.ne.jp/femmelets/
http://geion.free100.tv/
http://cafelets.free100.tv/