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私は子供の時から口達者で、口で負ける事はまずなかった。
もっとも、負かしてやろう。なんて思って戦った事はたぶん一度もないのだけれどw
口達者な挙句、曲がった事が大嫌いだった。
そして自分が正しければ言い方などどうでもいいと思っていた。
正しいことを言っているのに受け入れられない。それが謎だった。
そして、相手の間違いを責めたいのではなく、「自分の気持ちを理解して欲しい」だけなのに、
その事で傷つき、悲しい事を訴えたいだけなのに、言えば言うほど相手が頑なになった。
「お前は人を追い詰める。」そう言われた事がある。
逃げ場を作らず、塞ぐんだそうだ。
凄いショックだった。 だって私は「何でそんな事言うの?悲しいよ」って伝えたいだけだったのに。
「ごめんね」の一言が欲しかっただけなのに。
今ならそのまんま伝えりゃいいじゃん。って思うんだけどねw
傷ついた事に夢中になっていて、相手に理解や反省、「ごめんね。」を言えるようにしてあげる…と言うと語弊があるけどw
相手の気持ちに思い至らなかった。
たいていの人はどれだけ自分が悪くても、正面から指摘されたら、なかなか素直に認められない。
言い訳を始める。
それがいい訳だと指摘する。
その繰り返しをする事で最終的に相手は「じゃあどうしたらいいって言うのさ!!」になる。
何人もの人が、謝ってもいないし非を認めてすらいないのに、
「謝ってもダメならこれ以上どうしろって言うんだ!」と言ったねw
いぁぁ…あんた一度も謝ってないけど(,,-∀-)
もちろん、そんな開き直りいいと思わないよ。今だって。
けど、「心の中で悪いと思ってるんだな。」ってそれを認めてあげられるようになったよ。許せるようになった。
そしてそれが言えるよう、逃げ道を塞がない話し方をしようと出来るようになった…と思うw
追い詰めるのが目的ではないから。理解しあい付き合っていきたいから。
物凄くどうでもいい人にはそんな話最初からしないけどw
誰かとそんな話になる時、私はいつも
「追い詰めていないか」を頭において話すようになった。
まぁ…それでも話し方も感情の出し方も下手だからいつも自分にダメ出ししまくりなんだけどww
・さて、続き続き。
あの会社はとにかく最悪だった。だけど財産となるような出逢いがあった。
どっかで書いた泣かせちゃった友達だ(ぁ
その子は、奇妙な私に興味津々だった(´゚ω゚):;*.':;ブッ
人が大好きで、私みたいな閉じこもった奴を見ると突きたくなるらしいw
彼女にもその数年前にとても苦しいことがあったりして心を開かない時期があったらしいけれど
私に出会った時は彼女は自分を出すし、友達にとても親身で、人との付き合いにとても精力的な子だった。
もちろん最初は「なんだこいつ?」だったw
見た目が派手でねぇw 確かにめちゃめちゃ遊んでいたしw
でも人当たりも良くて、そして言動は真面目なんですよ。
ちなみに私は見た目は真面目だけど普通に?遊んでました。
お互い、帰りに誰か迎えに着たりしてね、窓から覗いてあの車は誰だなんて言ってたっけw
その子が毎日、帰りにお茶して行こうって誘うんですよ。
人に好かれる事は嬉しい。仲良くなれれば嬉しい。
職場と言うのは協調性が大事で、ベッタリしたいなんて思わないけれど、
いわゆる同期みたいなものにも憧れていたしね。
でも普通は、誘われたら、今度は誘い返す。とかあるじゃないですか。
それが人との関係で必要なバランス。 欲がある時ももちろんだしね。
私は一度も本当に一度も誘った事がないw
そんな事出来る人間じゃなかった。
でも毎日彼女は私を誘うんです。用がない限り。
私は断るのが苦手だから、断った事は用がある時と、あとは理由があって数回。
後に言ってましたね、「誘っても嬉しそうじゃないし、誘ってこない。だけど誘うとついて来る。面白かった」って(,,-∀-)
その子に私
「社会適応能力がないね」って言われた事があるんです。
物凄く何気なく言ったらしく、後で蒸し返すと謝ってくるんだけどw
刺さりましたねぇ。あまりにも事実過ぎて言い返すことも出来ず、腹もたたなかった。
私はあの子に職場でたくさん助けてもらった。
私のわからない、当たり前の社会適応方法もたくさん教えてくれた。
わかるけど今は黙っとけ。とか、我慢しろとかもよく言われましたねw
後でどれだけ自分に言ってもいいからって。
ガンガン前に出て盾になるタイプじゃないです。
でも時には先回りして、時には後ろから、私の足らない部分を補おうとしてくれました。
私がどれだけ切れても、一緒になって切れるようなことはなかった。
むかつくぐらい(ぁ
あそこで耐えられたのは彼女のおかげです。
人の有り難味を教えられましたね。
当時付き合っていたのは、例の学生時代毎日迎えに来ていた彼氏w
働くようになってさすがにそれは時間的に無理なのでなくなったけど、まあ普通に会ってましたよ。
だけど仕事の愚痴とか言わなかったなぁ。
我侭は言いたい放題だったし、好き放題にしていたけれど。あ…結構思いやりだって掛けてましたよ?w
絶対にいなくならない、いるのが当たり前の安心感があったけど、
心を許す、自分を理解してもらいたいみたいな…相手を求めメル気持ちがあんまりなかったな。
よーするに私の中に本当の愛はなかったんだと思う(´゚ω゚):;*.':;ブッ
でもいなくならない安心感が私の力になっていたよ。
そして私はその彼氏に足らない部分を補うように色んな人と遊んでた。もちろん例の友達以上の男の子とも会ってた。たまーにね。
そういうものでバランスとってたんだね。(客観的(´゚ω゚):;*.':;ブッ
家族…私はもう、家にはほとんど寝に帰るだけになっていた。
母は酔ってはいても毎日丁寧に食事を作り、帰らぬ父にも胃が痛いと聞けばお粥と煮魚を作って待ってるような女だった。
どうせ帰らないからと好物を全部食べようとすると必ず母は
「パパが好きなんだから残しておいて。」といった。
母は帰るかわからぬ父の〝ため〟に食事を作り続けていた。
その頃には、離婚しなかったのも、憎い憎いと言っている事も、所詮、誰のためでもなく母のためだったと気がついたよ。
父も母も親である前に男と女だった。そんな事はまぁ当たり前なんだけどねw
真に受けて心を痛め続けていて損したわー。
父の事など人の男と思うようになった。
人として、男女としての彼らしか見ないようになった。
結果はもちろん、「嫌い」
それでも親なのに…って思う嫌いより良かったね。客観的だから。
けれど「受け入れられたい。」は、続いていたし、食べない食事を作る母が気の毒で、私は帰れる時は早く帰り、どけだけ遅くても母の作った夕飯は食べていた。
姉はこの頃もう結婚していた。
彼女の結婚は当時から「大丈夫か?」と言うものだった。
家をね、出たかったんですよ。
そして他の場所で自分の欲しい温かい家庭、居場所を作りたかった。
彼女は私より家庭に固執していた。
男に期待し、依存していた。そしてあんな奴らとは違う凄いものが欲しくて、
結婚後、夢を実現させるように自分にも夫にも家の雰囲気も全て、自分の中の完璧を求めた。
まぁ…私も彼女と大差ないのだけれどw
その姉は、結婚して私から離れたかと言うとむしろ逆だった。
離れたからこそ、縛ろうとした。依存した。
私の休みにてぐすね引いて待ってるんすよ。
今度は何時休み?来週はこれるよね?何処何処行くから一緒に行こうって。
海や山みたいないつもと違う場所に彼氏と出かけようとすると、自分たち夫婦も参加しようとした。
私、彼女嫌いじゃなかったけれど、一緒に出かけたりしても必ず嫌な事があった。
彼女のペース、感覚が私とはまるで違っていたし、それに合わせる事を強要したから。
だから結構な苦痛だった。
でもやっぱりここでも私は断ることはまずなかった。
だって断ると拗ねるんだぜ?w 下手したら逆切れよ?w
それでも毎日のように友達とお茶して、休みに彼氏と会ったり姉のところに行き、さらに他の友達や男とも遊び、飲みに行き、ドライブに行き、資格取得の勉強をし、会社でなじられ。母の食事は食べ。
精力的だね、まったく。若いねーーw
今日出かけたら今日中に帰れ!と大学の時に言われてね、
「高校の時は高校生だから。」
大学生になったら「未成年だから」
成人したら「学生だから」
社会人になったら…「子供だから」だって(,,-∀-)
思いやらないけど、干渉はするんだw
まぁ、もうね、一度帰って夜中に出たり、言われるのが嫌だから家に入らないで車に乗り込んでそのまま出かけたりしてたけどw
そうそう、母は娘の恋愛に嫉妬する人だった。自分の男が自分に冷たいからw
だからその手の事で明るい会話をしたことがない。
男から電話がかかってきたりしたらもー…名前メモって、嫌な態度で出て、後でねちねちと絡んできた。
今はいいよね、携帯あっからw
父も母もいやらしい発想しかできない人たちだった。
人を好きになるとか好かれる歓びに思い至らない人たちだった。
姉なんて、父に「妊娠しないように」言われてショック受けてましたよ。まだ恋愛はしても処女の頃にw
母は人の生理をチェックしてアドレス帳を調べるような人だった。
だから働き始めても相変わらず外泊禁止だった。
やること一緒なのに(*´・д・)(・д・`*)ネー(ぇ
まぁ朝帰りだって何度かしたけど無断は一回だけじゃないかな。
外泊は95パー本当に友達とだったしね。飲み歩いたり騒いだりのほうが楽しかったしね。
うるさいんだもん。ねちねちと。
体が大事でも、事故が心配でもなく、ただただ嫉妬で。
しかもね、彼らは職業差別や学歴差別などが激しかった。
父は選民意識の強い人で、平気で障害のある人を差別用語で差別したり、人を馬鹿にするのが得意だった。
色んな事を俺様のものさしで計り、とても世界の狭い人だった。
母に至っては、自分だって田舎の農家出身の中卒なのに、自分の子供だって1人道を外れたりしていたのに。夫は高給取りでも家にロクに入れないのに。
他人の子供の学校や素行を醜くさげすんだ。人の夫の職業を馬鹿にした。
私はそういうあの人たちを軽蔑した。嫌いだ。
会社は相変わらずだった。
私がその仕事で使うある資格を取った時も周りの反応は冷ややかだった。
同僚は妬み、上司は嫌そうだった。本当に嫌そうだった。笑ってしまうぐらい。
私は自分のスキルアップのため、そして、やはりここでも認めてもらいたくて取れば何かが変わるかもと思ったんだ。
相変わらず私は幼稚だったね。
上司の望むものは出来る私。ではなくて、従う私だったんだから、そんな事で変わるわけないじゃんw
家庭から少しだけ逃れた分、職場が私のストレスになっていた。
そして数年が経ち、私の中でも上司との確執がもう限界だという頃、私は足掛け7年近く付き合っていた男と別れた。
続きを書くと切れ目が悪そうなのでここまでw