朝からテレビをつけた。地震情報が知りたかったので。
そしたら朝からお茶目なないようだった。
顔出しなしで、主婦がざんげしてましたよ。
「買いだめしすぎて、今は後悔しています」と。
見るとどえらい量。未だに食べきれないそうな。
えーと。うーんと。
ちょっと冷静になってみよう。
たとえばなんか災害が起こったとしましょう。
ずっと家に立てこもるような核の冬を想定してますか?
それなら闇雲な量もわかるけど、まあ普通の人はそうは考えない。
(そういうこと考える人は買った物で困らない。じっとりそのまま溜め込むのだよ。)
というわけで災害が起こったとき、家にこもるであろう日数を想定してみたらいい。
多分それが「必要な量」だ。たいした量ではない。
長くなる場合はこもるんじゃなくて、避難が妥当。
そうなったらその備蓄はあんまり意味をなさない。
いっぱいあったら安心とかそういう理屈は通らない。
(核の冬を想定している常軌を逸した人は除く)
なぜかはわかりますよね、脳みそついてたら。
これ以上は書かないじょ。考えてね。
今回の地震のおかげで
自分ちのライフラインの復旧は市の中では後回しだってことと
どのくらい何があればだいたいどう過ごせるかがわかった。
というわけでそれらは最低限残しつつ、
もしやと思って購入していた餅やそばなどをはむはむ食べる日々。
それだって基地外みたいな量はないから困らないさね。
てかさあ、ほんと不思議なんだけど
なんでカップラーメンの大量購入に走るわけ?^^;
そんなの飽きちゃうし
第一水が貴重なときに水がないと食べられない食べ物なんて足手まといじゃん。
しかも味が一辺倒、つゆはごみになる。
レトルトカレーもある意味狂気の沙汰だと私は思う。
本気でこもるとき、あんなもん食べたら口が渇いて(以下略
あとは考えてね。
核の冬に本気で怯えて
ありとあらゆる準備をして
映像を見て本を見てハレホレヒレハレしている大人と
ながーいこと一緒にいたからこそ言う。
一般人には一般人の処し方ってもんがあるさ。
ある程度以上は必要ない。
それが普通の幸せにつながると思う。
本気な人ってーのは集団避難なんか考えないんだから(笑)
当然政府の援助だってあてにしない(笑)
炊き出しに並ぶつもりも毛頭ない(笑)
脳内がパーペキに違うんだから。ある意味貴族(笑)
そういう思考と覚悟がないなら、買いだめなんか意味ないでごわす。
普通に暮らす普通の市民でいいと私は私自身のことを思っている。はふん。