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母が深夜に目を醒まし(相変わらず眠れない)ぼくにみたばかりの悪夢を話してくれた。
母が死んだはずの夢。
あちこち体じゅうが痛く、「死んだほうがいいなあ、年取って苦しむよりも死んだほうがいいかも」と考える。
ボーンと体が飛びあがったような感じがする。
入院しているようで、お臍から注射を打って麻酔をし痛みをとる、これが最後の手段で、これで自然に死ぬまで痛みが無いから、と医者から言われる。直後に、痛みが無くなる。
これで自然に死ぬんだなあと思う。
映画みたいな高い台(戸板のような)にまっすぐ寝かされていて、指を組んでいる。それで自然に死ぬはずなのだが、頭の神経だけはしっかり起きている。
いろんな人が「ご愁傷さま」とでも言うように群がってくる。皆は自分(母)が死んだと思っているが、実は死んではいない。誰かわからないけど来てくれた過去の知り合いに向かって、心の中で「ああ来てくれたな、ありがとありがと」と感謝している。
広い野原のなかで、あっちに5人、こっちに7人と、高い戸板に乗せられた自分(母)の周りに群がってきているのだが、そしたらバスが来る。
バスが来たら、お父さんが「バスに乗ろう」と言う。自分(母)は「もう死んでるし、立たれん、起きられん」と返事する。お父さんは、「痛みがなくなったんやったら、起きれるはずやから起きたら。それでバス乗ろう」という。それで起き上がったら、ほんとにどこも痛くないし、歩けるから驚く。
「バスに乗ってどこに行くん?」と訊くとお父さんは「どこでもいいんや」と答える。「どこでもいいって、どういうこと?」と訊くと、「どっか北のほうに行ってる」という返事。「どこがいいか?」とお父さんが訊いてきて、「新潟かどっかの山のなかかな」と返事する。
バスは、山の奥のほうの新聞屋に行く。お父さんは自分(母)の耳元でごちゃごちゃ指図し、「とにかく、辿り着いたところでいっぱいいろいろ話して、そこで粘ってみるしかないな」と言う。「何いってるの?」と訊き返したら、「もう年を取ってるからもういろいろできないから、新聞屋でどっか募集してるところないか。住み込みで行って、そこで二人でやればいいよ」という返事。自分(母)は「人が具合が悪くて死んでいて、せっかく痛みがなく死んでいける注射をしてもらったのに、それを無理矢理起こしてバスに乗せて、働き口を探せだなんて、鬼だ」と思うが、笑顔を作って新聞屋の人に「どこか、住み込みで募集してるところありませんか?」とたずねる。新聞屋のおじさんの返事は、「住み込みで募集しているところは、ないねえ」とのこと。
おじさんはおじさんといっても普通のおじさんじゃなく、興行師みたいにちょっと派手な世話役みたいなタイプである。「あ、思い出した思い出した、ひとつどこかのプロダクションで、なんとかの役を一人募集していてまだ決まってない。もう募集はだいぶいっぱい行ってるだろうね」とおじさんが言う。父がまた耳元で、「よし、行ってみろ」と指図する。
それでそこからまたバスに乗って、そこのプロダクションの募集現場みたいなところに行くのだけれど、そこで自分(母)と同じような病人に出会って、なんかどっかに入院してたら急にお腹の中が爆発したみたいにボーンとなって自分が飛びあがるような音がして、意識が朦朧としていたんだけれど、目が醒めたら痛みがなかった、という話を聞く。
「すぐに死ぬんじゃないんだー」と自分(母)は相槌を打つ。すぐ死ぬんじゃなくて覚悟を決めて最後の手段をもうしたんだから、穏やかに静かに平和な時が来るまですぐに死なないで生きてるんだろうなー、まだ生きてるんでしょうかねー私たちは、という会話をする。ボーンボーン、というお腹が爆発するような音がして、それは無意識に感じてたんだけれど・・・。
お父さんがまた会話する二人の間に入ってきて、何か仕事をさせようとするが、穏やかな気持ちになっていて腹が立たない。
「入院したり療養したりとかそういう費用はないから、あちこちの痛みが止まったら自然に死ねばいいからそれで」と言ったら、「じゃあわかりました」と医者がお臍に注射を打ち、ボン!と爆発するような感じがして・・・