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夢目記


日記鯖システム管理者からのお知らせ

  • HTTPSに対応し、http://ds.sen-nin-do.nethttps://ds.sen-nin-do.net のどちらでも日記鯖にアクセスできるようになりました。 なお、当面はHTTPとHTTPSのどちらも利用可能としますが、将来的には http://ds.sen-nin-do.net へのアクセスは https://ds.sen-nin-do.net へ転送する予定です。
  • 都合により日記鯖のURLが http://ds.wa-mo.to/ から http://ds.sen-nin-do.net/ に変更となりました。 突然で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。(2019/01/27)
  • 日記鯖の仕様変更、不具合対応等については、こちらの記事もご覧ください。

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2000/10/11

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 明日は出掛けないといけないのに、こんな時間(早朝4時)になっても眠れない。オレンジジュース、効かず。

2000/10/12

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 昨日は週に1日の 外出日 (「排卵日」に非ず)ではるばる高田馬場まで行ってきたんだけれど、たいして葛藤があるわけでもないのに極度に 気疲れ して、今日は一日中寝たきり状態だった。他人(たち)と接するだけでこれほどまでに参ってしまうなんて。電車のなかでの接触さえダメージになってしまう。

 行き帰りの電車内、また帰宅後じっと横たわっているベッド上などで、「心身の 纏まり が緩過ぎるんだ」というようなことをぼんやり考えつづけていた。それで、ちょっとした衝撃で纏まりが崩れ、駄目になってしまう... 。しかし、週に1日の外出でさえこんなにダメージをになるのなら、社会人であれ学生であれ普通の生活を送っている人たちは、この5〜6倍の負荷に耐えていることになるが、スゴイことだと思う。自分には出来ない。というか、出来なかった。中学も高校も出席日数ギリギリ(3分の2くらいかな)しか行っていないし、大学も通ったり通わなかったり ― 辛うじて4年で卒業できたのではあったが ― だった。

 さすがに大学院に入ってからは、流感で40度熱が出たとき以外は休まなかったけれども。修士の2年間は結構キツかった。ついていくのも大変だったし、落としてしまった単位(パース哲学講義)もあったなあ。デカルトの授業では、ラテン語の辞書・文法書を傍らに『省察』を読んでいたが、そんなガッツはもはやない。ドイツ語の辞書もラテン語の辞書も、ギリシャ語の文法書も埃をかぶったまま... 。今みたいなときにこそやっておけばいいんだろうけれど、何か内部のバネみたいなものがばかになってしまっている感じだ。やっていることといえば、犬の世話と夢の記録だけ、というざまだ。

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 十中八九ハズレなので、神秘的な有難味がまったくない 幻視

2000/10/13

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 しばらく人様の振る舞いを注視した後 ― というのはインターネットを通じて種々の会話や議論を観察した後、ということだが ― ようやく寝ようとすると、チロチャンが騒ぎはじめ、ベランダでトイレをさせることになる。夜はぼくが起きていて、昼は母が起きているから、ほとんど足腰が立たなくなったチロチャンもしかぶらずにいられるわけだが、この 看護体制 をつづけるかぎり、まともな生活には復帰できそうもない。手がかかるのにうんざりすることもたまにあるのだが、まあ生きていて心配をかけてくれるうちが良いのだろう。

 前の日記でも書いたが、他の家庭、他の個人はこういう問題をどうクリアしているんだろう? 夜は寝て、しかぶったら朝掃除することにしているんだろうか。チロチャンの場合はぼくの部屋にいるので、あまりここで糞尿をしかぶってほしくないんだけれど。

 今朝廊下でおしっこをしかぶって大変だったのを思い出した。部屋でやられたらタマラン。しかし、しかぶらずとも、ちびちびおしっこやウンコを漏らしているようだし、あちこちから血も出ているので、もう部屋も廊下も家の中じゅうがなんともいえない臭気に包まれてしまっているんだが。祖母を引き取っていた頃のころを思い出す。前も書いたけれど、祖母はトイレまで小便を我慢できず、廊下に小便の筋を残しながら歩いていた。後になって、自分が漏らしたということは絶対認めず、母に「照ちゃん、ここのうちのトイレはなんか漏るなあ!」と文句をいうのだ。今になってみれば懐かしい笑い話でも、当時の家の中の臭気は堪え難いほどだった。祖母が九州に帰って、心のどこかでは安堵していた部分も確かにあった。その後、大学に入った年に一度帰省して数日間祖母と過ごしたが、それから祖母が亡くなるまで一度も会うことがなかった。何か後ろめたさのような感情があって、会いに行く気になれなかったのだ。

2000/10/14

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 ボケが昂じて日記さえ書き忘れてしまったぞ!

2000/10/15 両手両足を切断されたドラえもんが、脳糞トコロテン装置に掛かって、宇宙的亡命へ go!

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 眠れない。昼は起きていられないのに... 。

 10月に入ってから、なんとただの1頁も翻訳できていないではないか。好不調の波が激しいとはいっても、これではひどすぎる。

 シュレーバー症例でフロイトが リビドーの洪水 と呼んでいるものと思われるのが周期的にやってきて、それとともに持続的な努力が駄目になる。思考や意志がそこで途切れ、長い空白の時期(数日から数週間)が続く。

 この波にとらえられはじめたのは14歳頃からだが、その頃には、「昼の自分」と「夜の自分」が別物で、前者が後者を抑えつけ・隠蔽してしまうので、真実をとらえるためには徹夜しなければならない、という観念にとりつかれていたものだ。基本的には、同様の 感じ をいまも抱いているが、そういう言い方でそれをさししめさなくなっただけだ。

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 関係のない思い出話を気晴らしにかきつけることにする。

 子どもの頃よく読んだのはかの悪名高い『ムー』、当時は本当に化物がいるんだと信じ込んで恐れていた。そして実際にいろいろ気味の悪いものをみたりもした。いまからみれば、錯覚か幻覚だったのだろうと思うのだが、当時はまさに現実そのものだと思っていて、誰に話しても信じてもらえないことにいつも憤慨していたものだ。目鼻がなく厚みを欠いた変な女性、首を吊ったサラリーマン風の中年男性?、煙のような姿で「悪いことをしろ、悪いことをしろ」という を送り込んでくる謎の霊体。これらのものと9−10歳のころたて続けに遭遇していたのだが、あれはいったい何だったんだろうか。予兆?

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 両手両足を切断されたドラえもんが、脳糞トコロテン装置に掛かって、宇宙的亡命へ go! といえば、ここ6〜7年の 経験 を短い言葉に凝縮して言い表すことができる、と今日の正午ごろ考えていた。こういう思いつきはたいてい悪い前兆だが、もしかしたらそうではない場合 ― 良かれ悪しかれより活動的な方向に向かいつつあることの指標である場合 ― もあるかもしれない。

 ― 両手両足を切断されたドラえもん というのは、自分自身 をさししめしている。

 ― 脳糞トコロテン装置に掛かって というのは、ある種の 絶対的な体験 を示す。

 ― 宇宙的亡命へ go! というのは、そのような 体験 の結果として余儀なく受け入れねばならない事態である。

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 なぜ「両手両足を切断されたドラえもん」として自分自身を思い描くようになったのか、ということについては以下の諸要因が挙げられる。
  • 肥満 の代名詞としての「ドラえもん」。大学時代の友人集団にその仲間内ではあまり評判が良くなかった人がいて、彼は、 褐色のドラえもん と呼ばれていた。彼は当時(4〜5年前?)塾講師をしており、またその後 まともに 就職して社会人になった。その小集団で彼が疎外されていたのは、まさに まとも であり 社会に適応 しており、そしてそういう自分の規範的な価値観を皆に押し付けがちだとみなされていたからだ。私は、他人らから離れて過去を回想するだけの生活に入ってから、彼を「褐色のドラえもん」として罵っていた人達が仮に公正であったなら、私をも「生白い−ぶくぶくした−ドラえもん」として罵るのでなければならないはずだ、とずっと考えている。ちなみにその彼は、やはりその小集団でいささか疎外されていたヘーゲル好きの 思想家志望の青年 とともに、私の自宅に泊まりに来たことがある。
  • ドラえもんは変な袋を腹部にもっていて、そこから望む 道具 を何でも取り出せる。これがその疎外されていた彼の自分中心的な押し付けがましい傾向(と皆に思われていた資質)及び私自身の自己中心的な性格の 象徴 であるように思える。
  • ドラえもんは、一応男の子らしいのに、声は女性(大山のぶ代)である。またロボットなので実際には無性(性器をもたない)のはずである。また、奇妙に世話好きで、母性イデオロギーとの関わりもどこかで指摘されていたはずである。そこら辺も、意味ない場面で世話好きな自分の姿と重なるように思える。
 「両手両足を切断された」という限定は、以下の諸要素が重ね合わされて生じたものだろうと思う。
  • 大学在学時に初めて 乙武氏 を目撃したときの衝撃。彼は当時まだ有名人ではなく、私は、よくあるように、自分が幻覚をみたのではないか、と疑っていた。が、その後もたびたび彼を見掛け、またテレビ等でも彼がとりあげられるようになって、幻覚どころかまさに 現実 そのものだとわかったのだ。最初にみかけたときは一人だったと思うが、その後は彼はいつも多くの友人らに取り囲まれて楽しげに談笑しながら大通りの交差点を横断していたものだ。そのときから、何か辛さを訴えてくる友人知人らに対して、衝動的に「それじゃあ、両手両足を切断したらどう?」と口走るのが癖になり、現在もそれが続いている。
  • シオラレオネ内戦の報道に接したときの衝撃。とくにNHK製作のドキュメンタリの驚くべき映像が脳裏に焼き付いて離れない。
  • ある読書会で去年問題になった箇所での、porc en rondelles (輪切りにされた豚肉)という表現の連想。問題になっているのは、ある精神病の女性患者であり、彼女は実際には豚のように 輪切りにされる ことを望んでいるのだ、という解釈をあるフランス人が主張した。その当否はいまだ徹底的に議論されていないが、以後ずっと気に懸かっている。自分自身がその女性患者 である ような気がしてならず、とあるサイトではハンドルネームに rondelle (輪切り)を採用したほどだ。
  • 「一日中壁に向かって考えてばかりいると、手足が取れて達磨さんになっちゃう よ!」という母の口癖。(偽)父を罵るときの決まり文句だが、私に対しても使われる。
 つぎに 脳糞トコロテン装置 の(諸)構成要素:
  • 本家本元はもちろん、手塚治虫の『3つ目が通る』に出てくる「脳味噌トコロテン装置」。これが、「味噌も糞も一緒にする」という慣用表現と化合して、脳糞トコロテン装置 というかたちになる。またここから、「自分の頭のなかには、脳味噌ではなく(チロチャンの) が詰まっているのではないか」という強迫観念に繋がる。それが、脳が純金で出来ており、慈善のために自分の脳を削って貧しい人々に恵んでやるが、そのたびに知能が衰え、最後は痴呆になってしまう少年の寓話 ― 島田雅彦が初期の著作のどれかで書いていた ― にも結びついていく。
  • この装置に掛かって 痴呆になる ことは、実は強迫的な上昇志向から根こそぎに解放されることでもあって、よろこびの島目本 といった場所に移行する( = 逝く)ことでもある。知らないことを知らねばならない、理解しなければならない、という 駆りたて の最終的な無効化が、脳を トコロテン にすることなのだ。
  • また、極限的で絶対的な 性的悦び の体験としてもそれがあるはずだ、と想定されている。実は無いらしいが。
 最後に 宇宙的亡命へgo!
  • 「宇宙的亡命」というのは、あるアメリカの哲学者が書いた本のなかで、不可能かつ欺瞞的であるため 放棄 せねばならない態度として挙げられているものだ。「N... の舟」という考え方とともに、まったく受け入れられない考えだと思っている。現実の体験 は日々そのような人為的な制約を超えているではないか。理性、現実、現在 といった 否定的な 諸条件が、亡命の不可能性と舟への乗船を説得してやまないのだが、もちろんそんな説得にはしたがう必要がないと思う。なんていうと反科学主義的な culte みたいだが、実はまったくそのとォりなのではないか、という気がこのところしている。 culte occulte carte.

2000/10/16 「『自分』が『他人を生む』なんてどうしてできると思うのか。」

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 フロイト『夢判断(下)』(高橋義季訳、新潮文庫)より以前から気になっている幾つかの箇所を抜粋。
 しかしそれ以外には夢の中には、満足感に終るべき他の考え方への明瞭な暗示が含まれている。友人はその少し以前、待ちに待った娘を得た。彼がどんなに、昔幼くして死んだ妹のことを悲しんでいたかを私は知っている。そこで私は、君は亡くなったお妹さんに寄せた愛情をそっくりそのまま今度生れた赤ちゃんのうえに注がれるだろうと書き送った。今度のお子さんは、かの補うべからざる損失をやっとのことで君に忘れさせるだろうと書いてやった。
 それでこの系列もまた、潜在的内容の中間的思想に結びつく。この中間的思想から数々の道が正反対の諸方向に分岐しているのである。「補うべからざる(換えがたき)人間などというものはありはしない。見たまえ、どれもこれも 幽霊 じゃないか。われわれが失ってしまったものはすべて、また戻ってくるのだ」ところで夢思想の相矛盾する諸成分のあいだを結ぶ連想の紐帯は、友人の小さな娘の名が、私のいちばん古い友だちで敵だった子供の、私の同じ歳の妹、つまり私自身の小さな遊び相手だったという偶然の事情によって、より緊密なものになる。私はパウリーネという名を 満足感 をもってきいた。そしてこの一致を暗示するために、私は夢の中でひとりのヨーゼフを別のヨーゼフによって代理せしめて、フライシェルと Fl. という2つの名前の同じ頭音 F を抑圧するのは不可能であると思った。さてここからして私自身の子供たちの名前のつけ方へとひとつの連想が走ってゆく。自分の子供らの名というものは、その時代の流行によって定められるべきではなく、私たちにとって大切な人々を記念するために選ばれるべきだというのが私の意見だった。子供らの名前は子供らを 幽霊 にする。そして結局のところ、子を持つということはわれわれにとって 不滅 への唯一の道ではあるまいか。(230−231頁)

 自分が愛する人間の死の夢は、いったいに夢判断に対して困難な問題を提出する。これらの問題の解決は必ずしも満足に行われていない。その理由は、夢を見る本人の死者に対する関係を支配しているところの、ことに強く形成されている感情双価性にあるかと思われる。こういう夢では、死者が最初は生きている人間として取扱われ、それから突然死んでいることになり、さらに夢の続きではまた生きているということになるのがごく普通の構造であり、これがわれわれを混乱させる。こういうふうに生と死とが交代するのは、その夢を見る人間の(死者に対する) 無関心 を表現するものではあるまいかと私は推察するにいたった(「その人間が生きていようと死んでいようと、自分にとっては同じことだ」)。むろんこの無関心は、現実の無関心ではなく、本人によって望まれている無関心なのであって、この無関心は夢を見る本人のきわめて強烈な、しばしば正反対の感情状態を否定するのに力をかすものらしく、こうしてその 双価性 の夢表現ができあがる。死者と交渉する別の夢にはつぎのような法則が夢の方向を決定することが多い。つまり、もしその夢の中で、「死者はすでに死んでいる」という記憶を喚起されないならば、夢を見る本人は自分を死者と同一化する。すなわち彼は彼自身の死を夢みるのである。夢の中に突然現われてくる反省や驚き、「しかしこの人間はとうの昔に死んでいるのだが」は、この同一化に対するひとつの抗議であり、夢を見る本人にとっての死の意義を拒否するものである。しかし私は、夢判断はこの種の内容を持った夢の秘密をまだとうてい解明し終ってはいないという印象を抑えることができない。(155−156頁)

 ... やっとつぎのような事実をはっきりと知ることができた。つまり男性の場合は、これらの夢(歯の刺激の夢 ― 引用者)の原動力となっているのは、思春期の手淫欲望だということである。この種の夢を2つ分析してみよう。そのうちの1つは同時にまた「飛行夢」である。どちらも同一人の見た夢であって、本人は若い男で、強い同性愛の持ち主であるが、現実生活上ではこの欲望の実現は抑制されていた。
《彼はLと並んでオペラ劇場の平土間に坐って、歌劇『フィデリオ』を見物している。Lは好ましい人間で、彼は何とかしてこのLと親しくしたいと思っている。突然彼は見物席を斜めに飛んで端まで行き、口の中へ手をつっこんで、歯を2本抜く》
 彼はこの飛行を空中に「投げられた」ようだったと表現している。『フィデリオ』の上演が問題になっているのだから、

  うるわしの乙女を獲し者は ― 

というシラーの詩句が連想される。
 だがどんなにうるわしい乙女を手に入れても、それはこの男の望むところではないのである。この男の願望にはむしろ別の2つの詩句がよく調和する。

  ひとりの友の友となる
  偉大なる業 に成功せし者......
   (訳注 かりにここに「業」と訳した Wurf には「投擲」の意がある)

 ところで夢はそういう「大いなる投擲(業)」を含んでいる。しかしそれのみが願望充足ではない。その背後にはそのうえになお、「己は同性の男の友情を得ようとしてこれまでに幾度か失敗した、つまり『投げ出された』 hinausgeworfen ことがある」という苦しい反省と、今彼がいっしょに『フィデリオ』を見物しているこのLという若い男についても、同じ運命が自分のうえに繰返されるのではあるまいかという恐怖とが隠れている。そこにさらに、彼がかつてある友人から拒絶されたのちに、恋しさのあまり情欲がたかぶって続けざま2度も手淫をしたという、この元来が感受性の鋭い男にしてみれば恥ずかしい告白が結びつく。(101−103頁)

 汽車の発車に間に合わない夢は、その情緒印象からいって、これを試験の夢の同族とすることができる。よく吟味してみると、こういうふうに両者を同一種類のものとすることの誤りでないことがわかる。それは、睡眠中に感ぜられた不安の動き、つまり自分が死にはしないかという不安に対する慰めの夢なのである。「旅だち」は、その正体のもっともよく究明されている、また、もっとも頻繁な「死の象徴」のひとつである。だから汽車にのり遅れる夢は、夢見る本人をこういって慰めているのである、「心配することはない。お前は死にはしないだろう(旅だちはしないだろう)」ちょうど試験の夢がわれわれを「心配するな。お前は以前(昔の試験のとき)のおうに今度だって大丈夫だろうから」といって慰めてくれるように。これら2種類の夢の理解がとかく困難に見えるのは、不安の情緒がほかならぬ「慰めの夢」に結びついているからなのである。(100頁)
 これらの箇所はずっと以前から気になっていたのだが、今日は以前にも増して何か気懸かりになって抜粋した。最近の夢見や現実状況と関連しているんだろうと思う。

 まず、人はそれぞれが かけがえのない 存在なのかそれとも 任意に他と取り替え可能 な存在なのかという論点。10年来考えているが、いろいろな理由でここ1ヶ月程また気になりだした以下の主題と関連している。
  • 再生産(生殖、子を生す こと)
  • 籤、社会的な場所(空の項) をある個体が占めることの偶然性
  • 名前の同一性(まったく空虚で形式的な徴し)と具体的な個体性との関係
  • 死、とくに自殺。当人と周囲の人々 (誰かを 惜しむ というとき、その人の を惜しんでいるのだろうか。何らかの価値ある属性を惜しむのか、その人がいたということそのものを無条件で惜しむのか。 ― この想念はフロイトの上記訳書228頁の以下の記述を連想させる:『この友人の葬式のとき、ひとりの若い男がこの場に不似合いなように思われるある言葉を洩らした、「あの弔辞を読んだ人は、まるで故人がいなければ、この世の中が成り立ってゆかないとでもいうような調子でしたね」』)
 再生産 については、今週の水曜に東京まである用事で出かけたとき、数人で集まった場で雑談に流れ、ある女性の院生が、子どもの頃に親から 虐待 された体験を語りはじめ、「もし子どもができたら自分も同じことをしそうな気がするので、絶対子どもはつくらない」といっていたことを連想する。また、1ヶ月前に、このまま少子化の傾向が極限まで進み、労働力商品 が再生産されないようになればどうなるだろう、と空想していたことを思い出す。また、もし自分が子どもをつくらないならば ― それはほぼ確実なことだが ― 自分が 最終消費者 (最終解脱者に非ず)になるはずだ、ということをずっと考えていることに結びついてゆく。それは、自分は他人に対して責任をもつことができないし、もつつもりがないのだから、他人を 生む べきではない ― 有資格者 しかそういう大それた行為をしてはならないはずであり、自分にはその資格がない、また欲しいとも思わない − という想念に繋がる。このことを考え詰めるたびに、自分は 暫定的に 無罪であるはずだという安堵の感情、および底の知れない不安感が涌いてくる。

 その女性の院生は、「どうしてみんな、他人を『生む』なんていうスゴイことを自分ができると思うのかわからない」といっていたが、それにはまったく同感。自分自身だけでも持て余しているのに、さらに 誰か他人 に責任をもたねばならないことになるとしたら、堪えられないだろう。想像するだけで恐ろしい。だが逆に、チロチャンおよび父母が死んだ後の生活を考えるのも恐ろしい。 最終消費者 になろうとするなら、父祖や友人など「大切な人たち」を甦らせ、そのことを通じて将来的には自分を「不滅」にする、という願望を完全に諦めねばならない。自分で終わり だ、というぞっとする考えになれなければならない。「子を持つということはわれわれにとって 不滅 への唯一の道」だとすれば、子を持つことを 断念 することは「不滅」を断念して脆さを受け入れる道だろう。

 次に「大いなる投擲」について。『「己は同性の男の友情を得ようとしてこれまでに幾度か失敗した、つまり『投げ出された』 hinausgeworfen ことがある」という苦しい反省と、今彼がいっしょに『フィデリオ』を見物しているこのLという若い男についても、同じ運命が自分のうえに繰返されるのではあるまいかという恐怖』というのは、ほとんど自分のことのようによくわかる。友だちになる とか 友だちをつくる ということを極めて易々とやってのけるようにみえる人々もいるのに、自分にとってはどういうわけかほとんど不可能事だ、とつねづね感じている。他人らとの 自然な共感 が欠けている、という感じだ。「子どもをつくる」という場合と平行的なのかもしれない、と今考えた。多くの人々にとっては、それをするということは自明なこと、自然なことなのに、それをまったくの不可能事としか考えられない人々もいる。

 最後に、汽車に乗り損ねる夢。この型の夢をここ半年ほどの間に数度みていたのだが、それが「試験の夢」とほぼ等しい価値をもつものだと規定されていたことに、長いあいだ思い当たらないでいた。ただ自分の主観的な印象としては、「試験の夢」も「汽車に乗り損ねる夢」も何らかの慰藉だとは感じられない。

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 そういえば数年前、三浦俊彦の『この部屋に友だちはいますか?』とかいう題名の小説を読んだ記憶が。

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 ヘーゲル『精神哲学(上)』(船山信一訳、岩波文庫)294−298頁:
 上述の場合に起こったように、人々は 一般に 、ときどき精神錯乱におちいっている人々に対して加えることが必要になるあらゆる峻厳さにもかかわらず、常に精神錯乱におちいっている人々は彼らのまだ全く破壊されたわけではない理性性のために、慎重な取り扱いに値いするということを考慮しなければならない。これらの不幸な人々に対して適用されるべき強力はこのために決して同時に 正しい 刑罰という道徳的意義をもっているような強力以外のどんな強力であってもならない。狂人たちはなお正しく且つ善であるものに関する感情をもっている。彼らは例えば人々が他人を害すべきではないということを知っている。それ故に狂人たちがおかした悪(劣悪)は、彼らに話してきかされ彼らの 責任に帰せ られ彼らにおいて 罰せ られることができ、人々は彼らに対して課せられた刑罰の正しさを彼らに理解させることができる。このことによって人々は狂人たちのいっそうよい自己をのばしてやり、且つこのことが起こることによって狂人たちは 自分自身の 人倫的な力に対する信頼を獲得するのである。この点に達すると、狂人たちは善良な人々との交際によって完全に快癒することができるようになる。それに反して、精神錯乱におちいっている人々の道徳的自己感情は、きびしい取り扱い・高慢な取り扱い・軽蔑的な取り扱いによって容易にたいへん強く傷つけられるので、彼らは最高の憤怒や狂騒病におちいるほどである。人々はまた精神錯乱におちいっている人々、 ― とくに宗教的愚者 ― の不条理を強化するに役立つかもしれないような何か或るものを、彼らに近づけるような不用意をおかしてはならない。人々は反対に、精神錯乱におちいっている人々に他の想念をいだかせ、且つ彼らにその想念に夢中になって彼らの幻想を忘れさせるように努力しなければならない。固定した表象(固定観念)をこのように流動化するということはとくに、人々が狂人を強制して精神的に且つとくに身体的に働かせるということによって達成される。狂人は 労働 によって自分の病的な主観性のなかから引き出され、現実的なものへ駆り立てられる。スコットランドで或る小作人が狂人を治療することで有名になったという場合は、ここから現われたのである。ただしその小作人の処置はもっぱら、6人の狂人を1つのスキにつなぎ、そして最高度につかれるまで労働させた ということのなかに 存立していた。 ― さしあたり 肉体 に対して働きかける手段のうちではとくに ブランコ が、精神錯乱におちいっている人々、ことに狂騒病者の場合に薬になるものとして明示された。狂気におちいっている人はブランコの上でゆられることによってめまいがし、且つそのことによって彼の固定した表象(固定観念)が動揺する。 ― しかし、精神錯乱におちいっている人の 表象(観念) に対する 突然の 且つ強烈な働きかけによってもまた、彼らの回復のためにたいへん多くのことがなされることができる。もとより、愚者たちが人々は愚者たちを彼らの(愚者たちの)固定した表象(固定観念)から遠ざけることに向かって努力しているということに気がつく場合に、愚者たちはたいへん不信になる。けれども同時に愚者たちは愚鈍であり容易におどろかされる。人々はそれ故に、愚者たちの不条理に同調するような外観をよそおい、そして次に突然に精神錯乱におちいっている人が自分の(精神錯乱におちいっている人の)想像上の害悪からの解放がそこにあるとみとめる或ることをなすということによって、愚者たちを治療することが珍しくない。こうして周知のように、4頭の馬が引いているほし草車を肉体のなかにもっているように信じていた或るイギリス人は、自分(医者)もその車およびそれらの馬を感ずるという断言によって精神錯乱におちいっている人の信頼を獲得した或る医者によってこの妄想から解放された。そして次にこの医者はそのイギリス人に向かって、自分は想像上胃のなかに存在するあの事物を小さくする或る手段をもちあわせていると説ききかせた。そして最後にこの医者は、自分の(医者の)指図にしたがって、精神錯乱におちいっている人が吐き出したように思っていたほし草車が階下で出発しようとしていたときに、精神病者に或る吐剤を与え、且つ彼に窓の外へ吐き出させた。 ― 精神錯乱を治療するように働きかけるもう1つの様式は、人々が愚者たちを動かして、彼らを苦しめていた 特有の 愚行を直接に反駁することになるような行為を成就させるということのなかに存立している。こうして例えば、ガラスの足をもっているように想像していた或る人は、偽装の追いはぎによって治療された。なぜかといえば彼はこの追いはぎにあった際に自分の足が逃げるのにたいへん有効であるということを見いだしたからである。自分を死んだものと思いこみ、動かなくなり、何物をも食おうと欲しなかった他の人は、人々が外見は彼の愚行に同調しつつ、彼を棺のなかに入れ、且つ墓のなかに入れる という やり方によって、自分の悟性を再び獲得した。この墓のなかには第2の棺があり、そしてこの第2の棺のなかには他の人間がいた。この人間は始めは死んだふりをしていたが、しかしやがてあの精神錯乱におちいっていた人といっしょにただ2人だけで捨てておかれた後に起き上がり、精神錯乱におちいっていた人に向かって自分は今や死における仲間をもっていることに関して自分がもっている満足を表現した。この人間は最後に立ち上がり、現存していたたべものをたべ、且つそのことについておどろいている精神錯乱におちいっている人に向かって、自分はすでに永く死んでおり、それ故に死者がどうすべきかを知っているといった。精神錯乱におちいっている人はこの断言をきいて安心し、同様に飲食し、そして治療された。愚行は時にはまた表象に対して 直接に 働きかける 言葉 ― 機知 ― によっても治療されることができる。こうして例えば、自分が聖霊であると思いこんでいる愚者は、他の愚者が彼に向かって、そうだ私が聖霊であるのにいったい君はどうして聖霊であることができるのかといったことによって、快癒した。同様に興味ある一例になるものは或る時計師である。その時計師は、自分は無実の罪で断頭台の上に登らせられた、このことに関して後悔を感じている裁判官は自分に(時計師に)自分の頭を再び与えるように命令した、しかし自分には不幸な混同によって見知らない頭・はるかに悪い頭・ほとんど役に立たない頭がのせられた、と想像したというのである。この愚者はかつて、聖ディオニシウス(Dionysius Areopagita. 1世紀頃のギリシァの人、パウロの説教に動かされて改宗した)は切りおとされた自分の頭に接吻したという物語りを弁護した。そのときその愚者に向かってもう一人の愚者が、君は大馬鹿者だ、聖ディオニシウスはいったい何でもて接吻したというのか、ひょっとしたら自分の踵ででも接吻したのか、と反駁した。 ― この問いは精神錯乱におちいっているあの時計師をビックリさせたので、彼(時計師)は自分の幻想から完全に快癒したほどである。けれどもこのような機知が愚行を完全に否定するのは、ただこの病気がすでに強さを失ってしまっている ような 場合においてだけである。
 面白い!

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 中央公論社『世界の名著53 ベルクソン』に収められている『道徳と宗教の2つの源泉』(森口美都男訳)より。同書366−371頁:

 しかしここでこの挿話は終わりにして、要点をまとめておこう。これまでに考察してきたもろもろの信念の起源には、知性に由来すると見られる意気沮喪に対して自然がとる防禦反応が見いだされた。この反応は、元気を殺ぐ知性表象を抑える力のある心像や観念を、あるいはそういう知性表象が現実の力となるのを妨げうる心像や観念を、ほかならぬ知性自身の内部に生じさせる。そこにさまざまな存在が産み出されるが、それらは、完全な人格を備えている必要はない。それらは意図を持っているか、あるいはそこまでも行かず、ただ意図と一体をなしているというだけでたくさんである。だから信念 croyance の意味しているのは、その本質から言えば安心 confiance にほかならず、最初の起源は恐怖ではなくて、恐怖に対する保障なのである。他方また、当初そうした信念の対象となるものは、必ずしも一個の生きた主体 personne ではなく、そこには部分的な擬人的性格があれば充分である。人間が未来というものに対して巧まずにとる態度を考察するとき、際立ってくるのは以上の2点であって、人間が未来に心を向けるのは、まさに彼が知性的であるためだが、同時にこの未来に対して不安を覚えるのは、純粋知性の与える表象だけにとり縋っている場合の予見できぬ要素のためである。だがまた、この2点は問題がもはや未来にではなく、現在にかかわる場合にも認められることであって、それはわれわれ人間が、自分の力を圧倒し去るような力によって翻弄される場合である。大異変、地震、洪水、龍巻などがこれに数えられる。宗教の起源を、こうした場合の自然がわれわれの心のうちに掻き立てる恐怖に求める説は、すでに早く古代にもあった。「世ニアリテ、神々ヲハジメテ産ミシモノハ怖レナリ」。この理説を無下に斥けるならば、それは行き過ぎであろう。宗教の起源を説明しようとする場合、自然(力)を前にした人間の情動がかなり重い位置を占めていることは否定できない。しかし重ねて言うが、宗教とは、怖れの一種というよりはむしろ恐れに反対する反応であり、またそれはただちに神々を信じることなのでもない。ここで、この点を二重に験証する労をとってみるのも無益ではあるまい。この験証は、これまでのわれわれの分析を裏書きしてくれるだけでなく、この作業によってまた幾分人格の性格 personnalité を分け持っていながら、しかもまだ生きた人格 personne ではないと先に言っておいた存在も、もっと精細に把握されえよう。神話の神々も、この種の存在から引き出されえよう。すなわち、この種の存在の内容を増してやれば、神話の神々が得られよう。だが逆に、この同じ存在の内容を減じてゆけば、原始人が事物の根底においていると見られる非人格的な力も同様に引き出されてこよう。そこでわれわれは、いつもの方法で進むことにする。すなわち、われわれ自身の意識から、あとで得られたものを除き去り、それを本源の単純さへ連れ戻したうえで、自然の襲撃に対して、意識はどう反応するかを自問してみよう。だが、なにしろ激烈な現象が突然に起こるのだから、ここでは自己観察はなかなか容易でない。それに、この観察が充分に行われうる機会にしてからがめったにない。しかも過去のある種類の印象は ― われわれ自身のとどめているその記憶は混乱しており、いかにも表面的な、漠たるものでしかなくても ― 、これを心理学の巨匠が行なった自己観察で補えば、たぶんもっと明確となり、寄り区っきりと浮き上がらせうるであろう。ウィリアム・ジェイムズは、1906年4月、サンフランシスコを破壊し去ったあの大地震のとき、偶然カリフォルニアに居合わせた。ほとんど翻訳不可能な文章だが、強いて訳してみると、彼は目下の問題について次のように書いている。

 スタンフォード大学へ向けてハーヴァードを発ったのは(昨年の)12月だったが、いちばんお終いだか、お終い近くだかにお別れを言ってくれたのが、カリフォルニア出の旧友B...君で、彼はこう言った、 ― 「かの地にご滞在中、たぶんちょっぴり地震をお見舞いするかもしれません。そうしたら、あのカリフォルニア名物ともお近づきになられましょう」
 さて4月18日の午前5時ごろ、私はスタンフォード大学構内のちっぽけな平家で、目は覚めたまま、まだベッドに居たが、急にベッドがガタガタ揺れ出すのを感じた。そのときの最初の私の心持は、この震動の意味なら解っている、という何やら楽しい心持で、「おやおや。懐かしいB...君の親友、あの地震じゃないか。やっぱりおいでなすったな」と思った。ついで揺れがだんだんひどくなってきたとき、「それにしても、地震にしてはずいぶん達者な奴だな」と私は思った。
 あとになってリック測候所が発表したところでは、地震の継続時間は48秒以内、それですっかり収まったということだった。私自身の感じでもまずそんなところだったが、もっと長く感じたと言う人もあった。とにかく私の場合には、感覚も情動もすっかり地震に呑み込まれていたその数瞬間というもの、なにも考える余裕はなく、事態の考察にしろ、どうこうしようという意志にしろ、もとより起こりようがなかった。
 私の情動は全く愉快と感嘆だけだった。 ― 愉快というのは、「地の震え」という抽象観念ないしは言葉の組合せが、 じか に感覚できる現実へ翻訳されて具体的に確認される対象となったとき、その観念や単語に血が通い出したその生気の強さを前にした愉快だった。また、感嘆というのは、あのちっぽけな脆い木造家屋がこれほどの激震にも持ち堪えているのを目にした感嘆だった。恐怖は かけら ほどもなかった。ただただ非常な歓びと、「ようこそご入来」という心持があるだけだった。
 私は、「揺れろ、もっともっと強く揺れろ 」と叫び出さんばかりだった。
 あとで考える余裕ができたとき、私は振り返ってみて、自分の意識がこの現象を迎えたその迎え方には、全く特有な面のあることに気がついた。その迎え方には、ひとりでに起こってきたもの、避けることも抵抗することもできぬものと言ってよい面があった。
 まず私は、地震を何か常住な個体性を備えた存在へと人格化していた。それはかねて友人B...君から聞いていた、 あの 地震だった。それまでの数ヶ月というもの、つつましく控えて我慢していたのが、その輝かしい4月の朝まだき、突如として私の部屋に闖入し、それだけにいっそう元気に、勝ち誇って目にものを見せた地震だった。そのうえ、この地震はまっすぐ 私目あてに やってきた。それは私の背後から室内へ忍び込み、いったん部屋へはいってしまうと私をすっかり一人占めにしてしまい、これでお解りでしょう、と言わぬばかりに正体を現わした。どのような人間の行動を見ても、これほどの活気、熱意がむき出しに見られたことはない。またどのような人間の活動も、その背後に活動の根源、起源たる生きて働く主体の存在を、これほどまでもきっぱり示したものはかつてなかった。
 この点について私は他の人たちにもただしてみたが、この側面に関するかぎり、人々の体験は皆一致していた。「あいつには何か意図が感じられた」、「ひどい奴だった」、「奴は壊しちまう気だったんだ」、「目に もの を見せるつもりだったんだ」等々。私に対しては、あいつはただただ「地震」というこの 名称 の意味を残る隈なくはっきりさせたがっていた。だがこの「あいつ」とはいったい何ものであろう。ある人たちにとっては、思うに曖昧な魔物めいた力だったろう。だが私にとっては個体性を備えた存在だった。つまりB...君の あの 地震だったのである。
 私に地震の印象を話してくれた人々のなかには、いよいよ世の終わりだ、最後の審判の始まりだ、と思った人もあった。それはサンフランシスコのあるホテルに宿泊中のあるご婦人だったが、地震という観念は、彼女が街路へ飛び出して、だれかがそう説明してくれるまでついぞ思い浮かばなあkったという。彼女の語ったところでは、この婦人は事態を神学流に受け取ったため恐怖感はなく、あの震動に対してしごく平静でいられたということだった。
 いわゆる「科学」にとっては、地震とは、地殻の歪みが破裂の限界点に達して地層の平衡状態が変わる場合、そこに生じてくるありとあらゆる鳴動、動揺、激動の 総称 名詞にすぎない。そうしたさまざまなものの 集まり が地震なのである。だが私にとっては、地震は、あの騒ぎを惹き起こした 原因 だったのであって、地震をなにか生きて働く主体として知覚することは抵抗を許さなかった。この知覚は、いっさいのものを有無を言わさず圧倒する劇的な説得力ともいうべきものだった。
 そこで、この種の大異変についての往時の神話的解釈がどれほど不可避的なものだったか、また科学教育によってわれわれに植えつけられた後代の習慣がどんなに不自然なもので、自然に起こってくるわれわれの知覚に逆らうものかということが、今の私には以前よりもよく解る。地震をなにか超自然的な警告、あるいは制裁とは異なる何ものかとして感じることは、教育を受けていなかった人々には頭からできぬ相談だったのだ。


 この文章を読んでまず注意を惹かれることは、ジェイムズがその地震を、一個の「個体性を備えた存在」として語っている点であろう。彼は、地震が、「自分にとっては、常住な、個体性を備えた存在へと人格化されていた」と明瞭に述べている。しかし彼は、地震もそれの特殊な現われだが、ほかにも種々の行動をとりうる完全な一個の人格 ― 神であれデモンであれ ― がそこにいた、とまでは言っていない。むしろ反対に、彼の語っている存在は、常住のものとみられたその現象自体である。この現象の発現は、そもままそれの本質を出してしまっており、地震だということがただちにこの存在の唯一の働きである。そこにも魂(アニマ)と言えるものが全然ないわけではない。だがそれは、そのものの意図によって作用が活気 animation を帯びたという意味のものでしかない。「人間のどのような活動も、その背後に控えた生きた主体 agent vivant の存在をこれほどまではっきり示していたことはかつてなかった Animus and intent were never present in any human action.」とジェイムズは言っている。ここで彼の言いたいのは、ちょうど生きた主体のなす行為が ― その背後に控えた ― 主体に属しているように、意図とその「活気づけ animation」とが地震に属していたということである。だがこの場合、生きた主体とはいっても、それは地震自体なのであって、ほかにも働きがあったわけでもなければ、またなにか固有な性質をほかにも持っていたわけでもないということ、したがってまた、それの本質はただちにその働きとぴったり1つだったということ ― こうした点を、彼の叙述全体が証明している。この種の存在では、その在ることはその現われることと全く1つであり、それはある特定の働きと区別されていない。またそのものも意図もこの働きそのものに内在しており、意図とはいっても、単にその目論見や狙い signification が意識的なものとされているにすぎない。この種類の存在こそ、まさしく前にわれわれが人格性の原基(要素) élément と呼んでおいたものにほかならない。
 ところで、われわれが注意を惹かれずにはいられぬ点がもう1つある。サンフランシスコの地震はまさに大異変だった。ところが、この危険にいきなり直面したジェイムズに対して、この地震は、どこか人なつっこい様子をして現われてき、そのためにジェイムズは親しみをもって応対している。「おやおや。これは懐しい地震じゃないか」。この地震に出喰わした他の人たちが受けた印象も似たり寄ったりのものだった。地震は「ひどい奴」だった、地震には魂胆があった。 ― 「奴は壊しちまう気だったんだ」。われわれは、どうでもこうでも絶交というまでにはなっていない悪友について、こうした言い方をする。われわれを動けなくする恐怖とは、心を持たぬ、巨大な、盲目的な力によって自分が今にも押し潰される、と思うような場合に生じてくる恐怖である。それこそまさしく、純粋知性に対して物質界が呈している様相にほかならぬ。ジェイムズが終わりの数行で触れている地震の科学的な見方は、それが危険の実相をはっきり描いて見せながら、しかもこの危険を避ける手段を与えぬものである以上、これにもまして危険な見方はあるまい。重大な、また急激な危局に際して、防禦反応なるものが起こってくるのは、まさにこうした科学の見方に対抗してなのであり、より一般的に言えば、この種の見方によって鋭く研がれた知性的表象に対抗してなのである。われわれが捲き込まれる大異変は、その部分部分は全く力学的なものだが、それらが集まって一個の出来事へ組成されると、それがだれかに似てくるのである。それはいかにも悪い奴かもしれぬが、なんと言っても、われわれといわば同じ世界の一員である。それは全く気心の知れぬ相手 étranger ではない。それとの間には、ある種の付き合いが可能である。恐怖感を追っ払うため、というよりはむしろ、恐怖感が起こってくるのを防ぐためだけならば、これで充分である。一般的に言えば、他の感情とも違わず恐怖感にも効用はある。動物が恐怖を感じえねば、逃げることもできず、身を守ることもできない。そうした動物は、たちまち生存競争の敗者となろう。だから、恐怖という感情が存在している理由はよく解る。また、恐怖が危険の大きさに比例しているわけも理解できよう。だが、この感情は、引きとめ、思いとどまらせ、首こうべを回めぐらせる感情である。つまりその本質から言って制止的なものである。そこで、危険が極度のものとなり、恐怖が頂点に達してわれわれを金縛りにしていまうほどのものとなると、自然の防禦反応が起こってくる。そしてこれが、ひとしく自然な恐怖の情動に対抗するわけである。たしかに、われわれの感受力は変わりえまい。それは依然としてもとのままであろう。だが知性は、本能の圧力を受けると、いわば感受力のために状況を変えてしまう。知性は、安堵感をとり戻してくれる心像を呼び起こすのである。知性はその出来事に、一つのもの、個体という性格を与え、出来事は、この性格によって、意地の悪い、あるいはおそらく悪意を持った存在ではあっても、ともかく自分たちに近い存在、付き合えぬことはない、多少とも人間味のある存在となる。
 ここから考えるべきことの覚書:
  • ドゥルーズの「出来事」概念との対比。ドゥルーズにとって出来事は「非人称(人格)的」かつ「前個体的」なものである。とはいえ、ジェイムズやベルクソンが言及している科学的観点、純粋に機械論的な観点からの事象理解に還元されうるものではまったくない。ドゥルーズのいう「出来事」は非人称的かつ前個体的であっても、singularité (特異なもの;単独なもの;独特なもの;風変わりなもの)としてである。地震というひとつの出来事が、ジェイムズおよび周囲の人々にそれぞれ個性的に多様に経験されえたように。いわば地震という出来事がそれを体験した各人に 分有 され、多様な流儀で 把握 されうる、というのがドゥルーズ流の出来事の見方なのである。それは、出来事は「個体的」か「前個体的」かという単に言葉のレヴェルの相違を超えて、ジェイムズを読むベルクソンのこの議論と深く響き合うものではないだろうか。
  • 「地震」のような自然災害のみならず、病気、特に精神病の 発作 などにも上述のことがいえるのではあるまいか。また、フロイトがどこかで言及している「魔呼び」とも対比すること : 頭痛持ちのある老婦人が、「今日は頭痛が来ないわねえ」と言う。するとしばらうして、いつもの偏頭痛がやってくる。彼女は、頭痛がやってきそうだということを内心感じとっていながら、自分自身を励ますように無意識のうちにそれと反対のことを口に出して言ったのだ、というような挿話。
  • 訳者の森口さんは「首を回らせる」と書いて「くびをめぐらせる」と読ませているが、文字通りクビがマワるのだったら百倍面白い。『エクソシスト』みたいで、こりゃ確かに恐怖。
 スキャナを使うのがなんとなく厭で手打ちにしたら、指が疲れてしまった!

死刑
 つねづね思うんだが、気分がどん底だったりそれなりの窮境にあるひとのところに電話してきて、どうみてもまるでアサッテな悩みを延々と相談してくるヤツは、両手両足を切断の刑に処しても良いのではなかろうか。さっき知人から電話が掛かり、「フランスに留学したとき、クリーニング店に入って『漂白剤』っていう単語が思い浮かばなかったらどうしよう... 」とかいう悩み事を90分も聞くハメに。「そんなん知るか!」とか言って切れば済む話だけど、それができない性格なので、「そういう特殊な単語とかは、事前に和仏辞典で調べてカードでも作っとけば?」と真面目に応対してしまったりとか。

2000/10/17 さびしい夢

{!!)
一度寝床についたけれども、胸の奥のあたりにいつものクルシサ
(身体的なものか心的なものかは不明)を感じ、どうしようもなく
苛々して起きあがってしまう。

「死にそうな感じ」だけでは絶対死なない、とデス見沢先生
どこかでいっていたけれども、まさに至言。私なんかそういう
「感じ」を11年も抱えこんでいて、いまだ一向に自然死する
気配はまるでない。どうでもいいが、「自然死」と「自死」だと
「然」があるかないかだけなのに、ずいぶん違った印象だ。
「事故死」はあっても「自己死」がなく、「自分史」があっても
「自分死」がないのはなぜ??

{!!)
そういえば島田雅彦に『自由死刑』という小説があって、今年の3月
頃に読んだのだが結構面白かった。自殺志願者はぜひ一度読むといい
と思う。読んだからといって、とりたてて生きたくも死にたくも
ならないが、2時間は気晴らしできる。この長篇のラスト辺りは、
『アルマジロ王』という短篇集にはいっていた「ミイラになるまで」
とカブっている。

その頃、大学院をやめたショックでぽかんとしていて、哲学書の「て」
の字もみたくなくなり、日本の同時代の小説を何冊か読んでいた。
島田雅彦は『浮く女沈む男』、『内乱の予感』も読んだ。どっちも
かなりキました。

{!!)
おとといの日記についての連想追加

両手両足を切断されたドラえもん
  • 「手も足も出ない」という慣用表現
  • 乱歩の『芋虫』
  • 『ジョニーは戦争に行った』
  • 山上たつひこの『光る風』
  • 某宗教家の「頭を取れ」発言
「頭を取れ」については、去年一年中、「アタマ」を「あ、タマ」と
区切って読むフレーズが頭のなかで無限回響きわたって困っていた
のを思い出す。

アタマを取る、タマを取る、ペニスを取る、両手両足を切断する ― 
これらの選択肢のなかからどれでも自由に選んで良いとすれば、どれが
一番幸せなんだろう? と当時から現在にいたるまで考えている。

そういえばアメリカのホームページを検索していたら、nohand とか
いうハンドルネームのものすごいオッサンのインタビュー(英語)に
出くわしたことがあったな。自傷っていってもリスカどころぢゃなく、
自分の手を切りとってしまった男、それが nohand だ。

直リンはしないけれど、興味ある人は英語圏の検索エンジンで『BME』
で検索してみてください。(って読んでいる人がほとんど誰もいない
というのにいったい誰に呼びかけているというのか、不明。)

{!!)
友だちとの再会の夢

場面1

 放課後?の学校?の美術室(ないし技術室?)にいる。

 松田君(高校時代の同級生)が通りかかる。(どこに通りかかるのか、室内でか或いは別の場面 ― 屋外、大学構内でか ― は不明。)ぼくは彼を呼びとめて話し込む。やはり高校の同級生の三浦君のことを話題にしている。

(松田君、三浦君、ぼくはある県立高校に通っていたとき高校1年のクラスで仲のいい3人組だった。事情で年長であり、頭も良く、しゃきしゃきしている三浦君が中心で、松田君はどちらかといえば地味な感じだった。)

 ぼくは現在の自分はもう三浦君には相手にされないだろう、という自虐的なことを松田君に話す。すると彼は、「でも三浦君もあれから(高校卒業後?)一度修道院に行ったほどの人だし... (そんなに無下に人を見捨てることはしないだろう、という意味?)」と慰めてくれる。また「.......」と、ぼくが知らないキリスト教関係?の書籍の名前を列挙してぼくを説得?しようとする。それを聞きながら、夢のなかで内心松田君に対して済まない気持ちになる。以前(同級生だった当時)彼のことをいささか軽んじていたのは間違っていた、彼は知的にも人間的にも自分よりも遥かにすぐれた人だったのだ、と思う。「引き止めて悪かったけれども... 」と彼にいい、彼は儀礼的な挨拶を述べてその場を去る。

(三浦君も松田君も実際には修道院にもキリスト教にも関係はない。理系の大学に進んだはずである。)

 三浦君のほうは実際には夢には出てこなかったような気がするが、一番奥のロッカーの蔭に誰かが寝ているという設定になっているらしく、それが三浦君だったかもしれない。

 教室内は索漠・雑然としているが、自分がいる辺りの床には本が3冊散らばっている。1冊はクリーム色?の箱入りの本(日本教文社刊のフロイト著作集?)、2冊は白いカヴァーの本(みすず書房刊の『生きられる時間』上下?)だ。廊下のほうに ― 姿はみえないが ― 守衛らしき人が点検にくる気配がして、帰らねばならないと思う。一番廊下ぎわのロッカーの上に鍵が置いてあるのだが、奥で寝ている人(三浦君?)がいるから鍵は置いていかないとと思う。本も置いていくつもりだったが、置きっぱなしにして盗まれるといけないと思い直し、重いけれども持って帰ろう、と思う。

場面2

 どうも自分は大学におり何かパソコンで調べものをしているようだ。中学と高校のときの友人連中が皆でぼくに会いに来るが、ぼくは作業に熱中していたため、出ていって挨拶をしただけで、またすぐに引っ込んでしまう。(作業中の仲間 ― といってもよそよそしい感じで見覚えがない ― のひとりが「友だちがきたよ」と教えてくれ、「ありがとうございます」と礼を述べた場面があったような気がする。)

 最初に中学のときの友だちがきて、次に高校の友だちがきたということになっていたらしい。しかし、そういうぞんざいな対応しかしなかったため、作業を終えて?皆と話をしようと出てきたときには友だちの大半は帰ってしまうか大学構内の別の場所に行ってしまったようだ。中学のときの友だちと高校のときの友だちを引き合わせようと思っていたのに残念だ、と思う。




この夢について

 大学に入って以後よくみるようになった「友だちに見捨てられる夢」系列に属する夢だろう。高校のころの文芸部の友だち(ゴンチャンやマサルくんなど)はよく夢に出てくるが、松田君や三浦君が出てきたのは珍しい。彼らに関する負い目の感情や苦痛な思い出が3つほど直ちに想起されてくる。
  • 大学に行ってから一度電車のなかで松田君に再会したかもしれないのだが、ぼくはボケっとしていてそれを見落としたかもしれない。そのことについて、松田君は無視されたという感情を抱き、悲しい思いをしたかもしれない、と以後ずっと気に病んでいる。
  • 高校の頃、どういう理由でかは忘れたが、激しい悲哀の感情に駆られて三浦君に電話を掛け、家に遊びに行っていいかと聞いたとき、丁寧な口調でではあるがはっきりと断られた。そのとき、たぶんその理由は自分が....であることを打ち明けたからだ、彼は実際にはぼくをもう友人として見てくれていないのだ、と考えてなお抑鬱に沈んだのを思い出す。
  • 高校の頃、ドゥルーズ=ガタリの『リゾーム』 ― これだけ早い時期に邦訳・出版されていた ― を学校に持っていって休み時間中に読んでいたら、三浦君がそれをみて文中に「肛門」というフレーズがあったのを「やらしいなあ!」と(冗談で)からかってきたことがある。
 しばらく忘れていたのだが、これらの出来事は長い間胸のなかの重苦しさの原因としてあった。これらの思い出そのものが「重い」のだ。気分も体調も「重く」する。忘れれば「軽く」なるはずだが、なかなかそれができない。

{!!)
 「頭をとる」についての追加連想
  • 一年ほどまえ読んだとある精神病理学の本で報告されていたある分裂病患者の症例。その男性は、自分の性器が自分ではない他になって悪さをしている、と感じて亀頭部分を切断してしまい、そのまま外科から精神科に回され入院した。文字通り「(亀)頭を取」ったわけだ。
  • 「タマを取る」というとき、暴力団関係では相手の 生命 を奪う意味になり、MtF の文脈では 睾丸摘出 の意味になる。ここから、 (睾丸)というのは の意味ではないかという昨年来の強迫観念に繋がっていく。
  • 魔物は「魂を抜き取る」。抜き取られた人は抜け殻、腑抜け になる。
  • また河童は子どもから、幻想的な臓器、尻子玉 を抜き取る。
  • 以前読んだある漫画 ― 題名は失念 ― では、怪物が人々を捕まえては生きたまま頭蓋の上半分を切って を露出させ、それを吸い取り、そのひとたちの 記憶 や技能をも我が物にする。
  • 『デビルマン』に出てきたある怪物は、人々を食っては彼らを半ば生き・半ば死んだかたちで自己の体内に取り込み、それらの人々の数十の顔面が甲羅に浮き上がっている。デビルマンがその怪物を攻撃すると、怪物は甲羅を盾にして攻撃を受けとめる。まだ自己意識がある顔面が砕かれ、目玉が飛び散り、取り込まれている人々は恐怖の悲鳴をあげる。そのなかに、デビルマンと親しい幼女の顔があり、自分は死んでもいいからこの怪物を倒してほしいと懇願する。デビルマンは涙を流しながらその幼女の顔の部分を拳で貫きとおす。幼女は涙を流して息絶える。デビルマンは、手負いの怪物の甲羅を引き剥がそうとする。まだ半ば生きている人々は死にたくないためやめてくれと口々に懇願しはじめる。怪物も「甲羅を剥がすと、こいつら全員死ぬんだぞ!」と脅迫してくる。デビルマンは、「だが、きさまも 死ぬんだろ!」と言い放ち、甲羅を剥がしてしまう。甲羅に浮き上がった人々の顔は、そのままデスマスクとなる。
 ところでテレ東でヒッチコックの『疑惑の影』をやっているので、幾つかの場面だけ横目でみている。荒唐無稽でも、何か 切迫感、現実感 のある映画だと思う。気持ちの悪さではヒッチコックのなかでもかなり上位にランクするのでは。
 英語を聴き取る力があるわけではないが、音声切替で英語できいてみる(筋はほとんど覚えているから)。ジョゼフ・コットンの声の吹き替えの人があまりにもとのイメージと違って、興ざめな感じだし。

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抑鬱が昂じたときいつもそうなのだが、風邪で発熱
してきたようだ。精神的な苦痛を身体的な苦痛に
転嫁 = 委託するという自然の狡知(?)。

とはいえ明日は用事が重なって出掛けないといけ
ないので、熱が高くなるとまずいのだが、からだが
冷えてお腹を下したりもしたので風呂に入らない
わけにもいかず... 困ったものだ。

2000/10/18

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 偶然つけたテレビで、『キートンの探偵学入門』をみる。掛け値なしに面白い。このところ集中力が2時間持続しなくて困っているのだが、これは45分程度の長さで、しかも飽きさせない。

 映画がうまれたときから映画のイメージと夢のイメージの類似が盛んに議論されていたそうだが、この映画での夢・映画・現実の割り振りは非常に興味ぶかい。ロイド喜劇なら、活劇が端的に 現実 として演じられただろうところが、2重に屈折して表わされているように感じた。そもそも主人公バスター自身、映写技師/探偵という2重存在である。現実で探偵として振る舞おうとしての見事な失敗を、映写の仕事中の居眠りがみせてくれた夢が償う。しかもその夢は、映画の画面のなかに自分が入り活躍するという夢だ。バスターは映写されている現実映画の画面中に入り込み、しかもそれが夢なのだから、筋書の荒唐無稽や矛盾などをまったく問題にせずに活劇を展開することができるし、分量的にも内容的にもこの映画の主要部分を占めている映画内映画=夢は、実際の夢のようなイメージ ― とりとめがなく進行するけれども漠とした快感を約束してくれるといった ― と似ている。

 数年前ヴィデオ屋で借りてきてキートンを数本みたときには、ひどく退屈したものだが、いまみるとこんなに面白いのはなぜだろう。いまは無声の喜劇がしっくりくる態勢にあるのだ、ということだろうか。それにしても、拾い物をしたという感じだ。

2000/10/19

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 アーサー・ペン監督(ジャック・ニコルソン、マーロン・ブランド主演)『ミズーリ・ブレーク』をみる。「悪い冗談(ないし悪夢)のような」西部劇という印象。マーロン・ブランドの 倒錯者 ぶり(窃視;報酬よりも自分なりの歪んだ 義務感 ― というか殺しの情熱 ― を優先すること;唯一愛した女である 祖母 に捧げる歌;動物たちとの関係;香水;嘘・見せ掛けへの好み;罠に嵌めるような饒舌ぶり等々)や牧場主 = 父 = 神の偏執狂ぶりは「お約束」じみて、何か厭らしい漫画で読んだことがあるような既視感をひきおこす。

2000/10/20

{!!)
 今朝の夢見

 「管理マン」さんと「管直人」の名前がごっちゃになり、「管理マント」とかいう名前が変な当て字で書かれている。どういう文脈かわからないが、私は、不当な誤解を晴らそうとする。

   ******

 あまり意味がなかったサイト、掲示板を幾つか削除した。

{!!)
 web デザイナーのWさん(直接の面識はなく、何ヶ月も前にその人のサイトの掲示板で何度かやりとりしただけの間柄)が夢にでてくる。かなり性的・情愛的な印象が濃い夢だったような気がする。

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 最近の夢見について、 夢文字 の文法書(?)、フロイト『夢判断(下)』(高橋義孝訳、新潮文庫)から関連箇所を参照してみる。
 ところがしかし夢の話し手が、夢を話すにあたって、「それは庭か部屋かどっちかでした」などと「 ― か ― か」を使いたがるような場合は、夢思想の中にそういう二者択一があると考えるべきではなく、それは単なる並列、つまり「庭 部屋」と見るべきである。この「 ― か ― か」があれば、われわれは多くの場合ある夢要素がさらにそれ以上に分解可能だと解釈するのである。こういう場合の分析法則はこうである、「外見上の二者択一(ないし多者択一)の各項は互いに同格に見らるべきで、繋辞『と』によって結ばるべきである」(15−16頁)

 では夢の中に登場する諸人物中のどの人物を私は私の「私」とすべきか、これに迷う場合、私は通例つぎの法則にしたがっている、「夢の中で、眠っている私が感じとるある情動の下に屈するところの人物は、その背後に私の『私』を隠している」(24頁)

 私はさきに、夢は否定・対立の関係、「否」を表現する手段をもたないといったが、しかし必ずしもそうではない。(中略)夢思想中の諸対立の他の一半、すなわちたとえば「逆に」とか「反対に」とかいう範疇に入るような対立関係は、つぎに説明するような、まことに奇妙な、ほとんど洒落たとでもいいたいようなやり方で夢の中に表現される。「逆」はそのままでは夢の中に入りこめない。「逆」は、すでに形成されている夢内容の、別のいろいろの理由からして自明な部分が ― いわばあとから ―  逆にされる ことによって、夢材料中における自己の存在を語り告げる。(中略)すべてこれらの「逆」の夢においては、そのうえさらに、軽蔑的ないい方(「ひとに逆の面・欠点を見せる」)への関係が含まれているように思われる(中略) 。さらに注目すべきは、抑圧された同性愛的衝動に発するところの夢においてこそまさにかかる逆転手段が頻繁に用いられるということである。(27−28頁)

 夢でわれわれは頻繁にからだが自由にならず、そのために不安恐怖を覚えるようなことがあるが、あれにはいったいどういう意味があるのであろうか。その場をたち去ろうとするが、そこから動くことができない。何かしようとするが、あとからあとから邪魔が入ってそれが仕遂げられない。汽車は動きだそうとしているが、それに追いつくことができない。受けた侮辱に応えてやろうとして、手をあげようとするが、手がいうことをきかないなどというのがそれである。(中略)
 ... 夢の中の「何々することができない」は、 反対の表明、 ひとつの「否」なのであり、したがって「夢は『否』ということを表現しえない」というさきの主張は訂正されなければならないのである。
 からだが動かせないということを、ただ単に状況としてのみならず、知覚として含んでいる別の夢では、この同じ「反対」・「否」が動きを阻まれている感じによって、反対意志に対決する一意志としてより力強く表現されている。したがって、動きを阻まれているという感じはひとつの「意志の葛藤」を示すのである。まさに睡眠中の運動の麻痺こそ、夢を見ているあいだの心的過程の基本的諸条件のひとつであるということが、のちに判明するであろう。ところで運動的軌道に転移された衝動は意志にほかならず、われわれは間違いなく睡眠中にこの衝動を阻まれたものとして感ずるから、 意欲 と、その意欲を食いとめる一個の「否」とを表現するには、この全過程に勝る格好なものはないというわけである。私がさきに不安恐怖について説明しておいたことから、意志抑制の感じが不安恐怖にきわめて近いものであり、夢の中ではとかくこの不安感・恐怖感と結合しがちだということは容易に理解されるであろう。不安や恐怖は、無意識から発して、前意識によって抑制される一個のリビドー的衝動である。だから夢の中で抑制の感じが不安の感じと結びついていたならば、そこで問題になっているのは、かつてはリビドーを発動させることのできたひとつの意欲、ひとつの性的衝動だとして差支えあるまい。(39−42頁)

 ... だからこう考えていい、「夢の中の夢」は現実の表現・実際の記憶を含み、そのあとに続く(いわば地の)夢は逆に、単にその人間によって願望されたことの表現を含んでいる。そこで、ある内容が「夢の中の夢」に含まれているということは、そういうふうに夢そのものの中で「これは夢だ」といわれていることは本来起ってもらいたくないことだったのだという願望を意味するのである。換言すると、ある一事件が夢の作業そのものによってひとつの夢にされるなら、このことはこの一事件の現実性の明々白々たる証明、その一事件のもっとも強い肯定を意味する。夢の作業は「夢を見る」ということそれ自体を拒否の一形式として利用し、それによって「夢は一個の願望充足である」という見解を証明するのである。(43頁)
 幾つかの項目を「現実感の喪失」として纏まることができるのではないか。私がみた試験の夢の最後の場面での答案を書こうとして動かない腕、夢の中の夢(の中の夢... )、意味や順序の逆転(機知的な?) ― これらはいずれも夢の文法における例外規定、「否」ないし「否定の否定としての強い肯定」にかかわっているのではないか。

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