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気違い−詐欺師−オカマの三位一体。主宰するのは第2の位格。
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脆くてすぐに崩れてしまう、玩具のような諸概念。
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パスカル:
生涯において最も大切なことは職業の選択である。偶然がそれをきめる。
習慣が石工をつくり兵士をつくり屋根ふきをつくる。「あれはりっぱな屋根ふきだ」といい兵士のことを「ずいぶんばかげた人たちだ」といいまた或る人々は反対に「戦争ほどすばらしいものはない。ほかの連中はろくでなしだ」という。人々は幼いころに或る職業のほめられそれ以外の職業のすべて軽蔑されるのを聞かされきかされしてそうして選択する。なぜなら人々はおのずから徳を愛し、ばかげたものをきらう。そういうことばが我々を動かすのである。ただそのことばをじっさいにあてはめるときにやりそこなう。
同感
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心配するふりをして、気をゆるすと背後から殴りかかってくるような振る舞いをする人もいる、とわかった。しかし、彼はなぜそんなに憎悪しているのか?
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ここ数日の夢
- 巨大なカニと取っ組み合いの格闘をする夢。
- 学校の夢。小学校〜高校の校庭(???体育館???)にいる。行事があって整列したりしている。次の場面で、休日に行われる《校庭開放》(???)のための装飾に、校庭に種々の色の粉を飾り付ける作業がある。手伝おうかどうしようか迷っている。
相変わらず寝入りばなに文字や数字が形成されてはまた解けていく、ということが続いている。近ごろのもので覚えているのは「愛知県」。どういうわけか、視覚的映像としてみえる「愛知」というのを別の違った読み方で読むのだ、という観念が結びついていた。あれ、どうしてだろう、と奇妙に思うと、「愛知」の部分が溶けて、「???(忘却)」と別の漢字に変わった。それもまた揺らいで消えてゆく。
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アーサー・ペン監督(ダスティン・ホフマン主演)『小さな巨人』をみる。素晴らしいと思う。ダスティン・ホフマン = ジャック・クラブ = 「小さな巨人 Little Big Man」の容姿や仕草は、どことなくキートンを連想させる。だが滑稽さの印象は、ひどく苦い感情と結びつく。どたばためいた急展開のたびに死や幻滅が積み重ねられる。その過程で「小さな巨人」は、すべてを失う。妻たちを殺した将軍を殺すことさえできずアル中の浮浪者になる場面などは涙なくしては見ることができない。以後、これまで関わってきた人々と再会し続けるのだが、変わってしまった人々も変わらない人も、「人生は生きるに値しない」という「小さな巨人」の確信を強めさせるばかりだ。死のうとすると、また騎兵隊のラッパが聞こえてきて死に切れない。妻や仲間を殺した将軍の部隊の斥候兵になるが、将軍は、最初会ったときの勇敢な印象など微塵もない、男性ヒステリーになっている。偏狭で奇矯な言動を繰り返し、部下らからも呆れられている。「小さな巨人」が告げた真実を、自分を騙す嘘と解釈した将軍は、無謀な突撃をし、インディアンの大群と衝突して死ぬ。「小さな巨人」は負傷したところを助けられ、インディアンの「祖父」のところに戻るが、「祖父」は諦念に満ち、山の頂上に登って死ぬと告げる。2人は山に登り、「祖父」は魔法(祈り)によって死を引き寄せようとするが、死ねない。「魔法も効かないときもある」といって2人で笑い、山を降りてくる。