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授業にうかがったら社長さん(生徒の父親)がおり、急遽予定を変更してはがきの差し出し印刷とかいうのを教える。教えるとかいっても年賀状すら出さない私には一度も経験がない事項で、しどろもどろになりながらどうにか印刷までこぎつけた。やれやれ。明日からは墓石のパンフレットづくりをやることになり、帰宅後ずっと画像の操作の練習をしていた。なんとさもしい先生!
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禁欲生活がつづきすぎて、腹部が腐敗してきたような気がする。腐敗 = 妊娠?
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チロチャンは相変わらず寝たきりでオムツ犬。生活に変化がほしい・・・。でも、悪い方向への変化しか思いつかない。
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休みだった昨日は、一日中起きあがれなかった。お金をもらって安堵したようだ。目が醒めると、解雇されるのではという不安に襲われた。コネなしにつぎの仕事がとれるだろうか。
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夕食中、TBSのドキュメンタリで巨人を解雇された橋本投手の姿をみる。今年は金の力で優勝した巨人だが、前回の優勝のときはちがっていたと思う。なにしろ奇妙きわまりない外国人、グラッデンとコトーがいたし、「勝利の方程式」も橋本−石毛だった。石毛が出てくると敵側の応援席から拍手が巻き起こって・・・でもそういう晩にかぎって見事に抑えたりしていたものだ。あの年の姿が、野球をふくめ競技一般にくわしくない私にも印象にのこっていて、その後活躍の話をきかないなあ、と思っていたら、故障していたのだそうだ。肘の手術。2軍でさえ登板機会がなく、バッティングピッチャーさえやる日々。ほとんど確実な解雇通告を、ずっと待ちつづけている・・・。なんかいいものを見たなあ、と柄にもなく感じた。
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用事で東京まで行ってきた。睡眠不足のせいか行きの電車内では(悪)夢とも入眠時幻覚ともつかぬ光景が見えて思わず「あー」とか声をあげそうになってしまう(その前に目が醒めたせいで恥を掻かずに済んだ)。帰りの電車内では、本を読んでいる最中、突然、変な感じがしてきた。脆くてすぐ崩れてしまう「感じ」でうまくいえないが、非現実感というか、数秒、別の世界、別の人生に拉致し去られたという印象だ。体験してない情景の「想起」(???)。
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電車内で読んでいたのは『土井健郎選集1 精神病理の力学』(岩波書店)だがこのくだりに驚く:
彼に対しては途中約1年余りの中断を入れて3年以上もかなり強力に精神療法が試みられたが、一向に効果が現れなかった。そこでたまたま、自分の腰や乳房が女のようにふくれるように感じ、人にもそう見えるらしいという異常感覚と関係思考を訴えたことを機会として、試みに電撃療法を3、4回施行した。彼はこの治療に非常な恐怖を示し、そればかりでなく治療医に対してもこれまでにない恐怖感を抱くようになった。このことはしかし、今まで治療状況において「べたべた」「へなへな」という言葉で形容されるような煮えきらない態度を示してきた彼に、治療医に対する自らの関係を反省させる効果があったと信ぜられる。たとえば彼はそのころ次のごとく述べている。「先生とは距離をおかねばならない、遠ざかりたいという気持が出ています。」「先生に何もかも話すと自分が壊れてしまいます。」彼はこのころからとみに「自分を大事にせねばならぬ」ということを口にするようになった。(94−95頁)
そりゃ誰だってそう思うだろう。シュレーバーの時代には電気ショックはなかったので、彼は「女性神経」の感受と繁殖に専念し得たのだ。
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精神病患者の社会復帰について:
大体、社会的偏見が生まれるにはそれなりの理由がある。そしてもちろん偏見を啓蒙するための努力は必要だが、しかし偏見がまったくないという時代が到来することは期待できない。それであるから、治療者としてはむしろ患者を偏見から守ることに精力を注がなくてはならない。
私はそうすることこそ患者を真に再起させるための正しいやり方であると考えている。そこで私は正気づいた患者には大体次のように言うのを常としている。「あなたは自分が病気をしたことを、余程のことがない限り、口外する必要はないし、また口外してはいけない。なぜならあなたが体験したことはあなたの人生の大事な秘密としてしまっておかねばならぬものであるからだ。それはほとんど宝だといってもよい。宝をやすやすと見せびらかす人はいないだろう。もっともあなたの秘密を尊重し本当にわかってくれると思う人に出会ったら、言ってもよいが。」(210−211頁)
こんな感想をもつこと自体正気づいていない証拠かもしれないが、「あなたの人生の大事な秘密」「宝」という語は、体験的には、魂(睾丸)ないし糞柱を強く連想させる。自分にとってはこの上なく貴重でも、他人に差し上げる(贈与する)と無価値どころか厭わしいものに変わってしまうものだから。
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電車の中では上記の「秘密」の箇所を読みながら石澤誠一氏が無意識の窃盗といっている事項を想起していた。
精神分析はまさにその無・知という視点から、他人の無意識を盗む機制のあり方を ― それが政治であれ宗教であれ恋愛であれ ― すべて同一化のダイナミズムの中に曝け出してしまう。たとえば政治史の上で精神分析を抹殺しようとしたのは、ヒトラー政権やスターリニズムといったパラノイア機制であった事実は銘記しておかねばならない。パラノイアたちが最も恐れたのは、まさにそのパラノイア的機制を支える無意識のメカニズムを仮借なく暴露するディスクールを持する精神分析の側面であった。ヒトラーやスターリンの例において露わにされた問題点は、(国家的規模においてすら)主体が他の主体からひとり経済的要因のみにはとどまらぬレヴェルで搾取される事態にあった。これは主体と他の主体との相互関係においてもまったく同一の事態となる。主体が他の主体に搾取されるにとどまらず、主体が他の主体を自らの内にむしろ積極的に摂取しようとする事実、総じてこうした主体間相互主観性 (intersubjectivité) における「主体の真実」 (la vérité du sujet) の問題をマルクス主義は説明できない。主体の自己分裂を契機とするこうした疎外は、マルクスのレヴェルの説明ではいつまでもその総体の把握がなされぬままにとどまる。(石澤誠一『翻訳としての人間』平凡社、34−35頁)
なぜこのくだりを思い出したのかよくわからないが、数週間前の読書会である人が「信仰という貨幣」という表現をしたのがずっと脳の奥のほうに引っ掛かっていて、それと同期したらしい。「信仰という貨幣」は、また別の或る魂の窃盗者が「オモチャのお金」といっているものとほぼ同じであるようだ。主観的には「魂の贈与」としてある奉仕は、他の視点からすれば「無意識の窃盗」なのではないだろうか、と思うのだ。綺麗なもの(魂の贈与)が悪臭を放つ汚物(無意識の窃盗)に一瞬のうちに変貌してしまう過程がある。それについて長らく考えているのだが・・・。
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(???その後、子どもの頃読んで以来強くイメージ喚起され影響を受けている中公新書『宦官』の説明によれば「宝」(パオ)とは宦官の切除された男根を腐敗しないよう燻製状にしたものだったことに思い至る。「糞柱」という連想は、煙で燻されて黒い柱様になった男根のイメージだったのではないか?。埋葬のとき「宝」と一緒でないと次の生で動物にさせられるという言い伝えがあり、宦官らは「宝」を非常に大事にした。なくしたり盗まれたりしたら、高額を支払って他人の「宝」を買う場合もあった。この挿話は「可動式性器」という語を連想させる。???)
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今日は幻覚・妄想が止まない。非意志的に生じる(喩えていえば寝入ってはいけない状況なのに居眠りし掛けてはっと目覚める感じだろうか)「別世界への旅」が数秒間から十数秒に延長したり。睡眠不足がいけないのか、風邪で発熱する前兆なのか。
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幻覚・妄想状の情景1:ケンシロウがマッチョどもの秘孔を北斗神拳で突きまくり、ポーズを決める;「
私は既に、死んでいる」;数秒後に「あべし」とかお約束のフレーズを口にしつつ頭がぱっくり割れて脳味噌が出る。
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情景2:大学時代サークルで一緒だったEさんが、文芸科の講師のヒデにオルグされて『MAN』とかいう団体に入る;私はEさんに「もとは男だったけれど性転換したって言い張るっていうのはどう?。戸籍の件は、大日本帝国海軍のせいにして」と忠告する。
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(不定の回数繰り返される)意味不明なフレーズ:
たったひとりで集団自殺。
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情景3:『MAN』の集会か行事でばったりOさんに会う;Oさんは大学時代一緒に雑誌を作っていた先輩で、当時アナーキストの学生団体の指導者だった;私は彼のご機嫌を取って気の違ったような長広舌を続ける;ときどき痙攣的な「踊り」を交えて;Oさんはたまに笑ってくれる;私はそれを横目で確認しつつ、さらに奇矯な話題・身振りに移ってゆく。
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現実:閉店間際を狙い地元スーパー2軒を襲撃して半額の烙印を押された食料を買い漁る・・・はずだったが今日は不漁。納豆やフリカケ、見るからにまずそうな魚の切り身、スルメイカ、ラーメン等を買う。義父の合成酒を含め総額1300円程度。