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夢目記


日記鯖システム管理者からのお知らせ

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  • 都合により日記鯖のURLが http://ds.wa-mo.to/ から http://ds.sen-nin-do.net/ に変更となりました。 突然で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。(2019/01/27)
  • 日記鯖の仕様変更、不具合対応等については、こちらの記事もご覧ください。

元気です。

2003/11/13 死に対する気持ち

9月に、それほど親しいわけでもなく、会ったことがあるわけでもない、MLでだけつながっていた知人が亡くなった。
前後の状況や最後のメールからみて、自殺ではないかと思っている。
ショックで、一時錯乱状態になった。

これほど薄い関係性の他者の死が、これほどまでに生々しく感じられたのはどうしてだろう。
その知人が措置入院の経験がある当事者だったから、ということもあるだろうし、置かれている立場や状況の類似もあってだろう。

自分自身の希死念慮は内側からやってくる。感情や感覚など他者には伝えがたい内感。それに対して、他者の死は、関係性(社会性)のなかにあり、それの絶対性のようなものがあるのではないだろうか。

最近、別の知人が自殺未遂した。
幸い命に別状なく、1週間ほどの入院を経て、近頃退院した。
お見舞いに行ったけれど、助かって良かった、未遂に終わってよかったというのが率直な気持ちだった。

自分自身、希薄だけど執拗な希死念慮に悩まされているのに、他者が自殺するとショックを受け、自殺未遂で助かると安堵するのはどうしてだろう。やはり、先ほどかいたような、内感と関係の絶対性の違いがそのもとにあるのではないだろうか。

率直にいって、(わたしやわたしの知人らを含む)ある種の人間には、生きていくことはむずかしい。
でも、生きていたいし、知人らにも生きていてほしいと思う。
とても凡庸だけれども、実際に知人の死や自殺未遂を経験してみてそう感じる。

また別の知人は、昨年、奄美大島の妹さんが自殺未遂して身体障がい者になった。
精神病院から飛び降り自殺を図ったのだ。
知人自身は、そのショックで統合失調症になった。
急性の状態が治まった後、知人は奄美大島に帰って妹さんの看病をしていた。
数ヶ月前、妹さんは再び自殺を図った。
家のカーテンに火をつけて焼身自殺を図った。
そして今度は亡くなった。
妹さんの看護の必要がなくなった知人は、いま東京に出てきている。
あちこちでしょっちゅう出会う。
10年来の知人だ。
悲惨な思い出を共有してきた。
この知人、また別の知人…みんな悲惨なことになったのだけど、それでも生きていてほしいし、わたし自身もいま生きているのは良かったことだと感じている。
いまは安定した状態だからそう感じるだけかもしれないけれども、悲惨さのなかに、少しでも喜びや満足を見つけられればと思っている。

2003/11/14 首相官邸前で抗議行動&性欲消失と醒めない悪夢

日付でいえば昨日になるのだけど、夜、関組長やなっちゃんらと首相官邸前で抗議のスタンディングをして帰ってきたらものすごく歓びに満ちた気持ちになった。
ささやかな行動だったのだけど、微力ではあっても無力ではない、という気持ちになれた。

明日(というか今日)はラムズフェルド迎撃だー(笑

○ 関組
http://www.sekigumi.org

妙にハイテンションな明るい話題の直後にじめじめした話で恐縮だけれど、、、
わたしは、911でショックを受けて以降、精神科に通院するようになり、不安障害と診断され、2年以上にわたって精神安定剤や抗不安剤を飲み続けている。
その影響(副作用)で性欲が減退し、今ではほとんど消失してさえいるようだ。

皮肉なことに、セックスの問題に最もこだわり、NAMでもジェンダー/セクシュアリティ(男女という制度)の問題を一貫して取り組んできたのに、性という最も人間的な部分で、「どうでもいい」というような気持ちになってしまったのだ。

Aセクシャルというわけでもない。

Aセクシャルを知らない方は、以下を参照__
http://www.asexual.jp/

純粋に不安障害の症状に加え、薬物の副作用なのだ。
薬物で性指向sexual orientationや性自認sexual identityが変異するかどうかの人体実験、とでも冗談でいえそうだが、冗談にもならない。
何を(誰を)見ても欲情せず、何ヶ月も射精しないでも平気なのが当たり前になってしまった。
セックスのことばかり考えていた中学や高校の頃から比べれば、信じられないことだ。
必ずしも良い変化だとも思えない。
どこか淋しいし、一生このままでいいとも思えない。
ただ、今は、性━━セックスよりも、むしろ生死の問題、希死念慮の問題のほうが前面に出て、より重要度を増しているために、性のことを大切にする余裕がないのだろうと思う。
反戦運動に向かうのも、それが生死にダイレクトに結びついているからだ。
911の映像のショックは今でも忘れられない。
アメリカがバグダッドを空爆開始した「衝撃と畏怖」の日のことも忘れられない。

性欲が消失した代わりに、言葉で形容できないほどの支離滅裂で苦しい悪夢に毎朝襲われ、抜け出すことができなくなった。
夢のなかでこれは夢だと分かっていても、金縛りのようになって、抜け出せないのだ。
性欲の部分が消滅した代わりに、心的エネルギーが歪んだ方向に備給された結果が、この毎朝の苦行のような時間だと思う。
勿論、睡眠薬の副作用などの可能性もある。

醒めない悪夢 から 醒めよう。
不信 猜疑 憎悪が極大化された 一年前の状況は 人為的・人工的に作り出された 実験室内の状況に等しい。
まさに あのときこそ わたしたちは モルモット だったのだ。

もう モルモット であり続ける必要は どこにもない。
醒めない悪夢 から 醒めよう。
人間に なろう。

2003/11/15 発作は突然やってくる

どうしようもない
止めることもできないし
堪えてひたすらやりすごすしかない

唐突に空虚感に襲われるその時間というのは他者には説明しがたいもの
希死念慮と離人感、漠然とした嫉妬━━若い、「生きている」人への━━などが続く
薬でこの状態を強制終了
明日は良い目覚めが待っているといいな

今日なぜいきなり発作に襲われたのか分析することはできる
理解することもできる
しかし治癒にはつながらない

こんな状態でも明日もデモに行こう
『あかね』の仕事も続けよう

毎日が続いていきますように

目がさめた
お風呂に入った
不安発作は多少軽減
またお薬を飲んで少し休むことに

恥ずかしい夢をみた

2003/11/16 日曜日はカラオケ発表会

わたしはビデオ係でお手伝い
早く寝ます

昨日今日と続けてのデモでなまっているからだが疲れた
声も嗄れそうなほど先頭で気合を入れてました
デモでほんとに戦争が止められたらいいのにね

アメリカが現に続けている戦争はほんとに恐ろしい
諸ブックレット等を読みながらデモ会場に向かうのだけど
知れば知るほど恐ろしくなる

カラオケ発表会から帰ってきました
抑鬱気味
薬を飲んで休むことに

少し眠り込んでいて、いま目が醒めた
豆乳かお茶を飲むことにしよう
薬は少し効いた感じ

明日は病院に行こうかな
やめとこうかな

どっちにせよシェイダさんの件の署名を郵送しないと
みなさんも協力してください
http://www.kt.rim.or.jp/%7Epinktri/shayda/shayda_joint_statement.html

2003/11/17 死に対する気持ち・第2回

希死念慮が消えない
ごく自然なことだと思う

実行行為にいたったことはない

「死の国の旋律」というドキュメンタリーやヴィム・ヴェンダースの『ハメット』をみた
どの場面がどうの、というようなことはいえないけれど、映像や音が希死念慮を一時的に軽減させるのは確か

後はUAの最近でたライヴ盤(2枚組、DVD)の1枚目の冒頭の2曲を繰りかえし聴いたり、ビル・エヴァンスを聴き返したりとか

ビル・エヴァンスはそれほど好きではないけれど、抑鬱気分にこれほどぴったりくる音楽もないのではないか、と感じた
晩年の『ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング』とか

最近のアーティストってUA以外知らないなあ
椎名林檎も一枚ももってないし
自分の世界の狭さを強く感じる今日この頃
なんにも知らないということに気付く
それでまた抑鬱のループに入る

山田花子の『自殺直前日記』(太田出版)いいね
漫画も読んだけれど、この本のほうがわたしは好き

漫画だと飛び降り自殺の場面があってそこだけ好き

自殺の実行行為にいたらないのは家庭環境が(以前に比べて)安定するようになったからだと思う
子どもの頃のことを思い返せば今の状況は信じられないほど改善されている
でも 希死念慮は消えない
むしろ強まっている

最初に発作を起こしたのは14歳のときだった
そのときは高校にあがれば状況が変わると思った
高校のときは卒業すれば__と思っていた

大学進学も大学院進学も本意ではなかったように思う
ほかに選択肢がないと感じていた
でも どうだったろう
そうではなかったのでは

今はわたしは完全に受動的に生きている
もう生きていたくもない と思いながら日々の生活を続けている

少し性欲が戻ってきて、回復に向かう兆しかと思ったけれど、すぐに希死念慮の波に呑み込まれてそれもまた消えてしまう
他者との関係をもつこと一般の断念へと気持ちが向かう

死にたいと思うのはごく自然なことに感じられる
それを実行しないで先延ばしばかりしているのはどういうことか

未遂に終わるのは厭だ という気持ちはある
死ぬなら一発で 確実な方法で
と思い描きながら一日一日が無駄に過ぎていく

他者との関係を断ち切りたい というか既に断ち切られているという実感
外界から切り離されているという実感
「人間」を構成するはずの労働と性というふたつの要素のいずれもにおいて躓いたという実感
それは取り返しがつかないという実感

もう生きていたくもない と思いながら生き続けるよりほか今のところは選択肢がないという実感

2003/11/18 欲望という名の電車

からだがだるかった
買い物の途中で座り込んでしまった

エリア・カザン監督の『欲望という名の電車』をみた
後半、ひたすら恐ろしかった

ブランチのような女性は実際いる
偶然知り合いになった或る人のことを思い出し、比較しながらみていた
虚栄が狂気にまでいたった壊れた色情狂

境界例的な主体性はヒステリーということか
『欲望という名の電車』でも真実が暴露されるヒステリー的な瞬間が狂気の瞬間でもあって、措置入院の運命がブランチを待ち受ける

ブランチによく似た人はひとりしか知らないが、同じような態度を持ち続ける人は何人も知っている
ある種のタイプ、鋳型ということなのか

ブランチは野卑な男によって狂気に追い込まれたともいえるし、自業自得ともいえる
このような危ない綱渡りをしている人は多い

わたしは基本的にひきこもりで世間知らずだけど、一時外に出ていたときいろいろな人と知り合った
そのなかに興味深い特徴的人物らがいた
そのなかにブランチそっくりの女性もいた

いささか苦い思い出
もう会うこともないだろう

ひさびさに「映画をみた」という実感
それ以上の分析的なことはいえないけど

明日は病院に行こう
わたしだってブランチのような狂気(自己欺瞞)を免れているかどうか、わかったものじゃない

2003/11/19 外に出ることができなかった

通院予定だったけど具合が急速悪化
外に出ることができなかった

幾つか夢をみた

抑鬱が家族にも伝染ってしまった
母親もおかしなことを言い始めた

責任がどうの とか
死 とか

わたしがヒステリー患者であるために周囲も苦労している
他人であれば距離をおいたり逃げることもできるけど
家族だとそうもいかないから申し訳ないと思う

親は68歳でわたしは28歳
このままやがて訪れる破綻を待ち続けるよりほかないのか

ここ数日ビル・エヴァンスの『アンダーカレント』を繰り返し聴いている
ジャズ史上最上の演奏のひとつだし、カヴァーがまた綺麗なの
見てみて

http://www.avis.ne.jp/~mingos/jazz222.htm
http://www1.odn.ne.jp/~cci32280/BillEvans.htm

わたしはモンクやパウエルのほうが好きなんだけど、このアルバムは繰り返し聴くうちに引き込まれるような感じがしてくる
最初聴いたときは1曲目の「マイ・ファニー・バレンタイン」のほかは退屈のような気がしたけど聴けば聴くほど素晴らしいと思えてくる
抑鬱気分にこれほどぴったりくる音楽も珍しいのでは

デビッド・クローネンバーグ監督の『デッドゾーン』をみた
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005V2MX/qid=1069247816/sr=1-9/ref=sr_1_2_9/250-8453298-5261002
感動

ブッシュのアメリカが今あるのは、スティルソンを止めるジョン・スミスのような人がいなかったからだろうか
凡庸な感想だけど

アンドリュー・デウィット/金子勝『反ブッシュイズム2──終わらない戦争』(岩波ブックレットNo.601)を先週の終わりにデモに行きがけに読んだ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000093010/ref%3Dpd%5Fsim%5Fdp%5F5/250-8453298-5261002

恐ろしいとしかいいようがない現実
現実にはジョン・スミスはいなかった
核戦争はいつのまにか起きていた(劣化ウラン弾)
 負傷者の実態も知られていない。何よりも、いまイラクの病院では、水・薬・麻酔など治療や手術に必要な物資が決定的に不足している。もし、先進国の医療機関にいたら、手足を切断せずにすんだ多くの子どもたちも、まともな医療資材が不足しているためにそうせざるをえなくなっている。しかも時には、麻酔なしに子どもたちの手足を切断しているのだ。
 アル・ジャジーラその他中東メディアにとって、当然のことだが、アラブの「同胞」たちの苦痛こそが常に関心の的であった。戦争中も、爆弾の破片が背骨に入って寝たきりになっている女の子を映し、「この子は一生歩けないのです」と伝える。全身火傷に覆われた子どもたち、手足を切断される子どもたち。その傍らで「一生この子のこの姿を見続けなければいけないのです」。「私の目をくり抜いてください」と訴える母親。これらの報道を見ているアラブの人びとの間には、ブッシュと米国に対する憎悪が心に深く刻み込まれている。それは数十年もの間、決して消えることはないだろう。(『反ブッシュイズム2』、p96-97)


体調は夜になると凌ぎやすくなってくる
日中が特につらい
抑鬱のサイクルのようなものがある

映画をみた直後が一番気分がいい
調べものなど作業ができるのは夜中だけ

日中から夕方にかけては胸や肩の痛み、頭痛などに悩まされ、濃厚な希死念慮に囚われる
それをどうにかすることはできない

映画に一種の治療効果があるのはなぜだろうか
自己憐憫の終わりなき循環に閉ざされた鬱屈をイメージの力が破るからだろうか

2時間のカウンセリングを受けたら高い金を支払わなければならないだろうけど、映画は衛星放送でみるかぎり無料
無料で対話精神療法の治療を受けているようなもの

自殺を思いとどまるよう自分で自分を説得するのも一苦労
あまり他人を巻き込みたくない
もう十分巻き込んだから

あれだけ攻撃性を全開にして狂暴さを発揮したら人はわたしのことをどう思うかしら?

中谷美紀( http://www.roomsnakatani.com/ )主演の『ケイゾク』( http://pws.prserv.net/spanglemaker/movies/keizoku/ )で一番印象深いシーンは、中谷美紀演じる主人公を陥れようとして連続殺人をした女友達が、主人公から動機を訊ねられて、
「分からないの」
と叫び、
「助けて__助けて」
と繰り返しながらビルの屋上から飛び降り自殺する場面
覚えてる人いるかしら?

http://pws.prserv.net/spanglemaker/movies/keizoku/shibata-jun8.html
公式サイトは削除されているのでストーリーはこちらで確認するしかない

「分からないの」「助けて」__これほど印象深い言葉もないと思う
わたしもなぜ自分がそれをするのか分からないから


http://www.startingweb.com/bbs.cgi?job=bbsidx&body=no&bbsid=5235
http://www.startingweb.com/bbs.cgi?job=bbsidx&bbsid=5364

わたしもなぜ自分があれほどの攻撃性を発揮して多くの人を傷つけ、ひどい目に遭わせたのか「分からない」__
飛び降り自殺した『ケイゾク』の女友達と同じように

2003/11/20 ついに一睡もできず

朝を迎えた

頭が痛いのに眠れない

苦しい

シャワーを浴びてみた

薬を抜いたのがまずかったかも

脳と心臓が破裂しそう

意識ははっきりしている

これは何か
パニックの発作にちがいない

もうすこし楽になりたい

もともと夢日記だったのに夢もない日記になっちゃったね
リアルそのもの

やはり薬に頼ることに
安定剤と抗不安剤と睡眠薬を飲んで再度入眠を試みる

駆け込むようにして掛かりつけの病院(高根台メンタルクリニック)へ
具合がひどく悪いこと、薬が効かないこと、一睡もできないこと、苦しいことを医師に必死に訴える
それで薬の処方が変わった


ニューレプチル錠5mg 1日6錠
コントミン糖衣錠25mg 1日3錠
レキソタン錠5 5mg 1日3錠
ロヒプノール錠2 2mg 1日2錠
ベゲタミン錠-A 1日1錠

うまくいくといいな

薬のお蔭で昏々と眠り続けていた
今起きたばかり
体調はかなり改善されました

お風呂に入ってまた眠ります

元気ですかー?