ID: PASSWORD:

夢目記


日記鯖システム管理者からのお知らせ

  • HTTPSに対応し、http://ds.sen-nin-do.nethttps://ds.sen-nin-do.net のどちらでも日記鯖にアクセスできるようになりました。 なお、当面はHTTPとHTTPSのどちらも利用可能としますが、将来的には http://ds.sen-nin-do.net へのアクセスは https://ds.sen-nin-do.net へ転送する予定です。
  • 都合により日記鯖のURLが http://ds.wa-mo.to/ から http://ds.sen-nin-do.net/ に変更となりました。 突然で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。(2019/01/27)
  • 日記鯖の仕様変更、不具合対応等については、こちらの記事もご覧ください。

元気です。

2005/12/21 宴のあと

今日バイト中閑な時間にぼんやり考えていたのだが、NAMという出来事は経験してみてその終わり方の不愉快さ、居心地の悪さばかり印象に残っている。NAMは柄谷行人崇拝にも、単なる「出会い」の場にも矮小化出来ない、一つの出来事であらねばならなかった。それは如何にささやかなものといっても、「革命運動」だったのだ。「革命運動」だった筈のものが何ら成果を生み出せないまま閉塞し、硬直化して崩壊してしまったという不可解さは、何年経っても忘れることが出来ない。

NAMの多数を批評空間読者が構成していたかもしれないにせよ、NAMは実践的にのみならず理論的にも貧弱であった。デリダ等を軽蔑出来るような実質的内容は無かったと思う。われわれは再び、「不可能性」へと突き戻されたと感じる。その不可能性とは革命の不可能性、運動の不可能性である。われわれはもはや自由であるが、何も出来ない、或いは何かしようとしても無為に引き戻されてしまうのだ。

幻の第4の交換「アソシエーション」を語った時点で、交換の形而上学であるNAMの原理は、あからさまな宗教的色彩を帯びてくる。第4の交換が「在る」事は「信」によってしか保証されない。世俗的であろうとしてか、西部忠が第4の交換「アソシエーション」を否定したのは「学問」としては正当なのかもしれないが、革命運動の動機をも同時に消去してしまう身振りであったと思う。NAMの実践=運動の最中に改訂されたNAMの原理第二版は、第4の交換「アソシエーション」をあからさまにmulti-LETSの中に見る身振りにおいて、一線を踏み越えており、明らかに危険に身を晒していた。柄谷行人のみならずNAMの会員らも、共にその危機に身を晒したはずである。そしてQ紛争においては、破綻と崩壊を共にしたのである。柄谷行人は突如夢から醒めた人のように「幻想」と彼が呼ぶものを破壊し始め、それを「祭り」だと享楽する人々(柄谷行人自身の息子など)がそれに追従した。

そう、NAMの崩壊に立ち会っての不愉快さは、「享楽」の裏面なのだ。精神分析家であれば、このあたりの感情のエコノミーを明晰に言い表すことが出来るのかもしれない。NAMにおいて禁欲(抑圧)されていたものが、「祭り」において噴出した、或いはNAMのMLの中で禁欲(抑圧)されていたものが、2ちゃんねるのNAMスレッドのなかで噴出したのだ。このあたりの禁欲と享楽の弁証法について、誰かがあからさまに語る必要があるのかもしれない。

われわれの経験は、明らかに矮小なものであった。NAMの中心に居た人たちは、「Qは始まらなかった」ように「NAMは始まらなかった」のだと恥ずべき言い訳を述べ立て、NAMの運動の経験の括弧入れを主張し実践し始め、過去の経緯(記憶)を消去し始めた(カントのいう、「統整的理念」という言葉がまるで成果がなかった事の言い訳に盛んに援用された)。そうすることでかれら自身の責任を忘れ去ろうとしたのだ。NAMにコミットする事、それは全く安全であるとともに著しく危険な行為であった。NAMは「何もしない」(ドゥルーズのいう意味でのヴァーチャリティである)、その何もしないNAMを、柄谷行人はナチに喩えていた(そして自らをハイデッガーになぞらえていた)のは後から思えば意味深長であった。矢崎由布さんという方が亡くなったが、それ以外には暴力や死の経験はなかった。だから或る元Q管理運営委員が当時の事を回顧して述べていたような「左翼の内ゲバ」ともまた違ったのだが、しかし不愉快な事、幾ら言葉を尽くして説明してもその不快さが消えはせず強まるばかりであるのはどうしてなのか、よく分からない。



夕食中も、ずっと考え事をしていた。

柳原弁護士が言うように、
或る現象を眺める時、その現象の能動的、積極的な場面というよりは、むしろ
病理的、混乱的な場面にこそ、その現象の本質が露呈されます。これは、恐慌
に資本主義の本質を見ようとしたマルクスを持ち出すまでもなく、紛争を商売
としている私のような者にとってのコモン・センスです。紛争とは、まさにそ
の紛争当事者にとってのリトマス試験紙です。
という主張が正しいとすれば(私はそれを疑っているが)、Qに関して云々する以前に、NAMに関してそれを言うべきではないのか、という強迫観念が頭を離れない。

NAMで二年間正常に続けられたMLの遣り取りではなく、「病理的、混乱的な場面」、柄谷行人の息子らによる「祭り」の享楽や2ちゃんねるのNAMスレッドのような端的に汚らわしいものや悪にこそ、NAMの真実がある、と見るべきではないのか、と思い至って大いに意気阻喪した。NAMの本質は、「何もしない」享楽する傍観者であったのか。

2005/12/24 生きたい人は生き、死にたい人は死ぬ。それでいいではないか。

「20世紀が限りない延命を目指した世紀だったのに対し、21世紀の課題はそれへの反省であり、具体的にいって、たとえば安楽死施設、さらには自殺(幇助)施設の合法化であると思う。
生きたい人は生き、死にたい人は死ぬ。それでいいではないか。」

浅田彰の「鎌田哲哉の公開書簡にふれて(2002年)」。
転載元は2ちゃんねるの鎌田哲哉スレッド
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1108109880/
の821-825です。

(以下、転載)
子どもの頃、『ツァラトゥストラはこう言った』でニーチェが侮蔑を込めて描いている「最後の人間(末人)」の像に触れて、「これはまさに自分のことだ」と思ったのを覚えている。もはや想像と破壊の ドラマは終わり、すべてが平準化された中にあって、「最後の人間」たちは退屈な幸福を生きるだろう。
あらゆる情報を記録したテープがリミックスを加えて反復されるのを瞬きして眺めながら、(後の章に出てくる「小人」のように)「およそすべては円環をなして回帰する」などと小賢しく呟いてみせもするだろう・・・。
『早稲田文学』11月号に出た鎌田哲哉の私に宛てた公開書簡は、そのような「最後の人間」であることに居直る私に対し、「安直なニヒリズムを捨て、人間としてまともに生きよ」と呼びかけるものである と言ってよい。
その書簡は石川啄木の日記にならってローマ字で綴られている。 「僕は啄木のようにまともに生きる、あなたもまともに生きるべきだ」ということだろう。
その純粋な熱意は(ありがた迷惑とはいえ)ありがたいと思うし、そこに書かれた私への批判も(いくつかの点で異論があるとはいえ)おおむね受け入れる。
だが、残念ながら、私はその呼びかけに動かされることがなかった。
ひとつだけ、私の言葉に対する誤解と思われる部分に触れておこう。鎌田哲哉が部分的に引用している通り、西部すすむに「浅田さんがほとんど 書かなくなったのは世界や人類を馬鹿にしてのことですか」と問われて、私は「いや単純に怠惰ゆえにです。しいていえば、矮小な範囲で物事が明晰に見えてしまう小利口かつ小器用な人間なので、おおいなる盲目をもてず、したがってどうしても書きたいという欲望ももてない。要するに、本当の才能がないということですね。書くことに選ばれる人間と、選ばれない人間がいるんで、僕は選ばれなかっただけですよ。と、今言ったことすべてが逃げ口上にすぎないということも、明晰に認識していますけど」と答えている (『批評空間』Ⅱ-16)。
これは、私が本格的なものを書く力がないということ(私の「弱さ」)を、私が明晰に意識しているという意味ではない。書こうとする努力もせずに自分には書けないのだと前もって居直ってしまうことが逃げ口上にすぎないということを、明晰に意識しているという意味だ。
その意味で、私の立場に論理的な問題はないと思う。
では、倫理的な問題としてはどうか。
そのような早すぎる断念は卑怯な逃避として否定されるべきか。
むろん、私は、自分自身がそうできないだけにいっそう、断念を拒否してなんとか努力しようとする人(鎌田哲哉を含めて)を眩しく見上げ、可能なら助力しようとしてきたが、断念したい人に対して断念するなと言う気はさらさなないし、自分に対してそう言われたくもない。
努力したい人は努力し、断念したい人は断念する。
それでいいではないか。
ここで飛躍を厭わずフランシス・フクヤマが『人間の終り』で論じるバイオテクノロジーの問題ともからめて言えば、20世紀が限りない延命を目指した世紀だったのに対し、21世紀の課題はそれへの反省であり、具体的にいって、たとえば安楽死施設、さらには自殺(幇助)施設の合法化であると思う。
生きたい人は生き、死にたい人は死ぬ。それでいいではないか。
ニーチェは「最後の人間」について「少量の毒をときどき飲む。それで気持ちのいい夢が見られる。そして最後には多くの毒を。それによって気持ちよく死んでいく」と書いている。
かれの侮蔑にもかかわらず、私はそれも悪くない選択肢だと思わずにはいられないのだ。
もちろん、私はいますぐ死にたいというのではない。大江健三郎の『憂い顔の童子』で「母親が生きている間は自殺できない」という主人公の強迫観念が主題化されていたが、これはすでに父を喪った私にも大変よくわかる。
幸い、私はきわめて凡庸な常識人なので、倫理と言うより礼節の問題として。母より先に自殺するつもりはない。
そうやって生き延びている間は、「最後の人間」を気取って暇つぶしをしながら「i-modeかなにかでくだらないお喋りを続けること」があってもいいのではないか。
また生きて努力しようとする人々にささやかながら助力することがあってもいいのではないか。
だが、鎌田哲哉が、そのようなおせっかいは生の意思を死の病毒で汚染するだけだというのなら、私はそれを断念し、彼の後姿にむけて静かに幸運を祈るばかりである。


元気ですかー?