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夢目記


日記鯖システム管理者からのお知らせ

  • HTTPSに対応し、http://ds.sen-nin-do.nethttps://ds.sen-nin-do.net のどちらでも日記鯖にアクセスできるようになりました。 なお、当面はHTTPとHTTPSのどちらも利用可能としますが、将来的には http://ds.sen-nin-do.net へのアクセスは https://ds.sen-nin-do.net へ転送する予定です。
  • 都合により日記鯖のURLが http://ds.wa-mo.to/ から http://ds.sen-nin-do.net/ に変更となりました。 突然で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。(2019/01/27)
  • 日記鯖の仕様変更、不具合対応等については、こちらの記事もご覧ください。

元気です。

2006/01/10 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ

http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/realitas/200312c.html#20031222
……負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ……敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ再生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ(吉田満『戦艦大和ノ最期』一九五二年)
虚妄の(脳内)「勝利」よりも、意味のある「敗北」を選ぶ。

http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/realitas/200312c.html#20031221
 箱の中に閉じてゆくのではなく、箱を巨大化させるのでもなく、またその存在を否定してしまうのでもなく、その外へ出るのだ。茫漠と広がる混沌の中に人間の居場所を定めるために必要であった空間の区切りとしての箱は、いまや記憶で充満している。おぞましいと同時に懐かしい記憶の箱。ガラスの羊たちは、そこから元気に外へ出てゆく。
 最後に指摘しなければならないのは、箱の外へ出ることは、どこか夢の世界へ逃れることではないという点である。この点に関しての記述は後に譲らねばならない。(矢崎由布「ヨーゼフ・ボイス論序説−大きな箱としての<ブロック・ボイス>」『京都美学美術史学』)
「おぞましいと同時に懐かしい記憶の箱。ガラスの羊たちは、そこから元気に外へ出てゆく。」「最後に指摘しなければならないのは、箱の外へ出ることは、どこか夢の世界へ逃れることではないという点である。」私もまた、箱の外に出なければならない。

NAMやQにおいて問われていたのは、「共同体」の問いではなかったか、ということ。
(NAMでは「アソシエーション」の交換、Qでは「信頼原理」云々。)
「イモケン学派」という名前に全て集約される。

「コミュニケーションの爆発」(ブランショ)としてのNAMやQ。
倉数茂や王寺賢太のNAM評価(=「出会い系」)。

早稲田のサークルスペースにあった「自治」「自由」。
何ものにも管理されない異質なもの同士の出会いの場の創出/再建。
一時期のイモケン自体がそうではなかったか。

山城むつみ、柄谷行人、鎌田哲哉、福井哲也等による否定的評価・侮蔑。(「資本主義のマージナルな領域」、「窮屈な共同体」、「瘴気」を発している、不気味な「ムラ」等々)
蛭田葵自身の(柄谷行人の態度変更を反復しての)態度変更(Qアパートの閉鎖)。

孤立した根無し草のばらばらな個体が、一時的で儚い共同性=絆をLETSを通じて築いていた。
経済=産業連関の内包を看板に掲げていたQだったが、その実態は、先ず個々人の精神的空虚を埋める絆の創出(倫理的=精神的機能)としてあったのではなかったか。
私も含めた「Q患者」とは、Qがもたらした出会いやある種の「共同体」に固執した人たちのことではなかったか。

鈴木さんへの手紙。
鈴木さん、皆さん

ちょっと苦言を呈したい。

今回、トップページや中間カテゴリーのページ、また一覧のページに新しいファイル
を追加し、掲示板でお知らせするという作業は私がしましたが、本来なら、テキスト
を掲載した鈴木さん自身にやってほしいです。

鈴木さん、関本さん、私でパスワードを共有しているのですが、いつでも私が更新を
するのなら、何のための共同編集でしょうか。私が体調が良くないこともありますが、
実務をやってほしいと思い、メールを書きました。

また、たとえばリンク集の構成に不満なら、組み直したもの(代案)を提示してほし
い。単に不満や批判を述べられるだけでは、私は困ってしまいます。鈴木さんも(そ
れに、関本さんも)共同編集者なのだという気持を持っていただきたいです。

それと、鈴木さんに対する(暗黙の)批判を夢目記に書きました。明示的な批判をす
るには、鈴木さんが私に出した幾つもの私信の公開・引用の許可をいただきたい、と
思います。

http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/realitas/

「負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ」とはそもそもが、lets_think MLの全面公開や
「その後の意見」に触れての暗黙の感想だったのです。私は、Qの人たちに、経済的
にのみならず倫理的にも負けた、と思い、NAMそのものが「敗レテ目覚メル」必要が
あると感じたのです。

「敗レテ目覚メル」とは、Qを潰すためにNAM(会員)が採用した手法の陰湿さと非倫
理性をあからさまに・公然と認めることであり、自らの敗北の自覚を通じて、却って
未来を切り開く道です。

事実において負けているのに、「大勝利」を連呼し続けることは、かつての学生運動
のセクトにも似た滑稽な振る舞いです。私は、早稲田の新学館闘争で革マル派がその
ように振る舞うのに接し、弾圧された地下連代表として道化て見せた経験があります。
地下から来たモンスター(魑魅魍魎)です、と集会で自己紹介して、笑いを取ったり
していた。

それはともかくとして、私は「敗北」を認めることに何ら困難を感じません。また一
からやり直せば(再建すれば)いいし、NAMが失敗だったと分かれば非NAM的な運動な
り実践なりをやればいいだけだからです。

かつての鈴木さんの2003年の私の「行動」(負け犬の最後の闘争)への支持は、倫理
的というより、美学的なものだったと思います。美学であるが故に、私が敗北を認め
ることを醜悪な愚行として批評=裁定するのではないか。

ともあれ、それが意味のあるものならば、サイトにおいて、或いは掲示板において、
公開的な討論をしましょう。


イモケン学派の擁護と(自己)批判。

1)蛭田葵が強硬に主張し、私たち(関本洋司、田口卓臣、攝津正など蛭田葵の周りに集ってきた若い──といっても二十代後半から三十代の──NAM会員=Q会員たち)がそれを実践した、LETS-Qの受取比率をどんどん高めて、Qを生活に根ざしたものにする、という路線は正しかったか。

2)そのような性急なQ普及=Q実践は、実態としては、自己犠牲的なヴォランティアを過剰にすることにしかならないが、それは誰からも強制されていないし命令されたことでもないのに、自分で自分を追い込んで、例えばQ代表団などに不満を抱く結果になる。

3)それは結果として、蛭田葵を中心とする「窮屈な共同体」(柄谷行人『Qは終わった』)に自分たちを閉じ込める結果になっただけである。しかし、それのみがQの使用法であったか。それがQの正しい使用法であったか。もっと漸次的な、過大な負担や自己犠牲を伴わないQの実践もあったはずだ。

4)Qは空虚なNAMの中に、実質的な共同体を創出した。それがイモケンであった。しかし、それは、「窮屈な共同体」(柄谷行人)、「ムラ」(福井哲也)であった。だとすれば、私たちはどうすればいいのか。「窮屈な共同体」を揚棄し、開かれた共同体=アソシエーションを創出するには、どんなツールが必要なのか(それはQも含まれるのか、否か)、どんな実践や習慣が必要なのか。

元気ですかー?